わたあめ。

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プァーー!!

電車が汽笛を鳴らしてやってくる。
小さな頃から乗っていた電車。

でも、もうこの電車に乗るのも最後だ。

大きめの肩掛けカバンを背負い直し、キャリーバッグに手をかける。

今まで住んでいた地元から、新天地で新しい生活を始めるのだ。
不安は勿論あるが、これも自分の夢を叶えるための第一歩と思えば、不安よりも楽しみという感情の方が勝った。

いつか洋菓子店を開くのが私の夢。
高校を無事卒業した私は、製菓学校に通いパティシエールを目指す。
そのため、学校のある所へ上京するのだ。

「忘れ物は無い?」

母は心配そうに声をかけてくる。
それを吹き飛ばすように私はニッコリと返す。

『大丈夫!!何度も確認したし!!』

母は私の笑顔を見るとフッと笑い、つられて微笑んだ。

「ならいいわ。いつでも、帰ってきていいからね。」

『うん!!パティシエールになって帰ってくるから!!』

ニシシッと自信満々にVサインを決めながら言う。


ガラッ

電車の扉が開いたので、乗り込む。

中は空いていて、大荷物でも余裕を持って座れそうで安心した。


「体に気をつけてね。」

『ありがとう。お母さんも無理しちゃダメだよ。』

生まれてから一緒にいた母との別れ。
またいつでも会えるとはいえ、毎日顔を合わせていた家族と離れる事に寂しさを感じた。

少し涙ぐむが、悟られまいとすぐに目元を拭う。


『じゃあ、行ってきます。』

「えぇ、行ってらっ」

「まてぇええええええええええ!!」


母の声を遮るように、誰かが大声をあげる。
そしてドタドタと走る音も聞こえてくる。
ホームに急いで入ってきているようだ。

声の主が姿を現し、私と目が合う。


『………てっちゃん?』

「い、いたぁあああ!!」

ドタドタと走って近づいてくる。

てっちゃんは隣の家に住んでいて、幼稚園から高校まで一緒だった幼なじみ。
よく喧嘩をしていて、昨日も些細なことで言い争いをしたっきり話していなかった。

てっちゃんがすぐそばに来て止まり、呼吸を整えながら手を膝につく。

「おめぇ……居なく、なるって……どういう、事だよ……」

息切れしながら言うてっちゃんの言葉に、母と私はキョトンとした。


「あんた、てっちゃんにお別れしてなかったの?」

母が不思議そうな顔で覗いてくる。
そんな母の視線から逃げるように、目を逸らす。

『いや、その……また喧嘩しちゃったからぁ……』

だんだん小さくなる言い訳を聞くと母は、「またこの子達は……」と、ため息をついて呆れていた。


「お前、ずっといたのに、なんで……」

てっちゃんの声が小さくなる。

そういえば夢の話、てっちゃんにした事なかったかもしれないな。
そう思い、きちんとてっちゃんの目を見て話す。

『私、パティシエールになって洋菓子店を開くのが夢なの。それを叶えに行くんだよ。』

てっちゃんはそれを聞いて、目を開く。
きっと今まで喧嘩ばかりして騒いでしかいなかったから、こんな真面目なこと話したこと無かったかもしれない。だから、まさかこんな夢を持っているなんて思わなかったのだろう。


『だから、もう喧嘩することもないと思う。ふはっ。清々するね。』

しんみりした空気が嫌でニコッと笑ってみせる。


てっちゃんはどこか寂しそうな顔をして俯いたと思ったら、急に顔をガバッとあげた。


「なら、応援する。お前の夢……応援すっから。」


真面目な顔で言うてっちゃん。
彼のそんな顔を見るのは初めてだった。

でもそれが、夢を認めて貰えたようで嬉しかった。


『ん、ありがとう!!』

「……お、おう。」

てっちゃんの顔が少し赤く見えた。
そっぽを向いてしまったので分からなかったが、走りすぎて暑くなったのだろうか。


ジリリリリリリ

発射ベルが鳴り、扉が閉まる。

母はただ手を振っている。
てっちゃんはなにかモジモジしていて、よく分からないがとりあえず二人に手を振った。

電車が動き出し始め、席に座って窓をふと見てると、

てっちゃんが走ってこっちに向かって何か言っている。

「は、ちょ、まって!!」


急いで窓を少し開けると、てっちゃんの大声が聞こえてくる。


「お!!れ!!お前と同じとこ!!行くから!!」

『は!?』

「一番そばで!!店もお前も!!支えられるように!!なるから!!」

『な、何言って……』


そして彼は思いっきり息を吸う。

「お前の隣に!!生涯立てる!!かっこいい男になって迎えに行くから!!待ってろぉおおおお!!」

そう叫ぶと丁度電車はホームを出て、見慣れた景色へと変わった。

私はもう顔真っ赤で、火が出るんじゃないかってくらい熱くなっていた。

『な、何言ってんだあいつは……』

心臓がドキドキとする。
これは上京することへの緊張なのか、それとも彼の発言のせいなのかは正直私には分からなかった。


後日母から手紙で、あの日電車が去って見えなくなった後でも、彼は私に対する思いを叫んでいたことを知った。
翌日、声が枯れてほとんど喋れなかったらしいけども、私は知ったこっちゃない。


#声が枯れるまで

10/22/2023, 7:23:05 AM