わたあめ。

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『……手、……離、しなよ……』

無言で私の手を掴む相手に、そう語りかけると苦しそうな声が返ってくる。

「離し、た、ら……落ちちゃう、じゃんッ」


声が震えている。きっと普段使わない力を使っているから、辛いだろうに。

私はさっき屋上から飛び降り、体のほとんどが宙に浮いている状態。下に足場はなく、コンクリートが見えるだけ。

飛び降りた瞬間、彼女が急いで私の手を掴んできて今に至る。


『でも、重いでしょ?それに長くもたないんじゃない?』

「だって……そしたら、松原さん、死んじゃう……」

消え入りそうな声で彼女は言う。
でも、彼女からウゥと唸り声が聞こえるし、上の方にあった腕も徐々に下に降りてきている。彼女の腕力も限界に近い。


『もうさ、そういうのいいから。私が消えても、何ともないでしょ?』

「そんな事ないよ……みんな悲しむよ?」

ホロホロと彼女の涙が落ちてくる。
そんな涙の訴えも私の心には、全く響かなかった。


『嘘、だね。みんな私の事嫌いだよ。消えて欲しいって思ってる。』

「思ってな」

『思ってるんだよ!!じゃなきゃこうなってない!!』


私は大声を上げた。
彼女は驚いた顔をして、口をギュッと結んで喋らなくなった。きっと思い当たる節があったのだろう。

それでも彼女は怯むことなく私の手を握る。


『もう、疲れたんだよ……いい加減、楽にさせて……』

自分の頬に涙が伝った。
泣き顔を見られなくて、目をつぶり下を向く。
でもきっと声で泣いたとバレたかもしれない。

これ以上泣かないように、歯を食いしばるが涙がポロポロと出続ける。

その間、彼女は無言だった。


すぐ後に先生が来て、私は救助された。


救助されてお互い緊張の糸が切れたからか、その場で倒れてしまった。

そのまま保健室に連れていかれたが、腕を掴んでいた痣以外特に目立った外傷はなかったらしい。

そして私は眠っている間、夢を見ていた。


放課後。
帰ってる途中に忘れ物に気づき、教室に走って戻った。
すると、教室の中から女子数人の声がする。
最近嫌がらせをされていたので、面倒事になっては嫌だと思い、帰ろうとした時だった。


「松原のやつさ〜、最近反応無くてつまんなくね。」


リーダー格であろう女子の声。
どうやら私の話をしているようだった。
咄嗟に歩き出そうとした足がピタリと止まる。

そして、ドアに聞き耳を立てた。


「わかる〜何しても無反応っていうか〜」

「でも学校は来るんだよね。さっさと不登校になればいいのに。」

ギャハハと笑う声が聞こえる。


そう。
反応したり、嫌になって学校を休んでしまえばあちらの思うツボなのだ。

先生に言っても取り合って貰えず、むしろ悪化する。
だったら、無反応で学校に来続けた方が、相手に効果的だと思っているから、どんな事をされてもスルーを貫き通してきた。

無言で聞き続けていると、リーダー格の女子が口を開いた。


「いっその事階段から突き落とすか。」


その言葉を聞いた瞬間、鳥肌が立った。

「え、怪我はさすがにまずいんじゃ……」

「上手くやれば、あいつが転んだ事にできるでしょ。」

ニタニタと笑う声と、同意するが少し不安そうにしている声が聞こえてくる。

私はその声を聴きながら冷や汗をかいていた。

今まで物を隠されたり陰口程度だったが、さすがに突き飛ばされて怪我まで負えばスルーはできない。
いや、怪我で済めばいいが……

最悪の結果を想像し、顔が青くなっていく。


私は相手に気づかれぬように、その場から離れた。

彼女たちが考えている事に対する恐怖。
何も出来ない自分に対しての悔しさ。
誰にも助けを求められない自分の弱さ。
色々なものを渦巻かせながら、家に帰る。

そこから私は考えた。

なぜ彼女がそこまで私を憎むのか。
考えても考えても分からなかった。
だが、そんな彼女の理不尽に対抗する方法を最悪の形で思いついた。

私が先に命を絶ってしまえば、怯える必要は無いと。

そう思うと気持ちは楽になった。

それが私が飛び降りをした、理由だった。



目が覚めると、白い天井。
オレンジ色の光が窓から差し込んでいる。もう夕方……放課後なのかもしれない。
見渡すとすぐそばに彼女がいた。

『……あんた……なんで。』

「私も保健室にずっと居たから。あの後教室に戻る気になれなくて。」

彼女はそう言いながら苦笑いをした。
まぁ、クラスメイトの飛び降りを食い止めたわけだから、それなりにメンタルにも来ただろう。

何を話したらいいのか分からず、無言でいると彼女が口を開いた。

「楽に……なれないよ。」

ボソリと言われたが、はっきりと聞こえた。

『なにが?』

「飛び降りても、楽にはなれなかったと思う。」

聞き返すと、今度は目を合わせて答えてきた。
そんな彼女の目は何かを宿したかのように綺麗で、まっすぐだった。

その瞳に吸い込まれそうになり、息を飲んだ。


「きっと、苦しんだんじゃないかな……」

彼女に声は切なそうにしぼんでいき、俯いてしまった。


苦しんだ?そんなの……。

「私は松原さんに苦しんでほしくな」

『そんなの!!わかってて行動したに決まってるじゃない!!』

かけている布団をぎゅっと握って声に力が入る。

『苦しいよ!!辛いよ!!でも今の方がよっぽど苦しい!!だったら、ここから居なくなった方が……楽だと思ったから飛び降りたの!!』

先程よりも大きな声を出して荒らげる。
私もそんなつもりないのに止まらなかった。

彼女はそんな私の言葉を静かに聞いていた。

『私なんて誰にも必要とされてないんだから!!居なくなったって誰も悲しまないんだから!!むしろ邪魔なんだもん!!』

彼女がピクリと動いた気がした。
私は構わず続ける。

『どうせ殺されるなら!!自分から!!飛び降りて死んだほうが』

「そんな悲しいこと言わないで……」

『悲しい……?随分と綺麗な言葉だね。そんな言葉で私の決意を踏みにじらないで!!中途半端に助けようとすんなよ!!!!』

ハァハァと、一気に言ったせいか息が上がる。
彼女はそのまま俯いた状態で、無言を貫いている。


沈黙の時間が流れる。


その沈黙を破ったのは彼女だった。


「あの人たちね。多分今、停学処分食らってると思う。」

『え?』

急に言われて素っ頓狂な声で反応してしまう。

あの人たちとはきっと話の流れ的に、私をいじめていたリーダー格の女子とその取り巻きだろう。


「今まで何も出来なくてごめん。でも、もう大丈夫だから。」

彼女が手を握る。
すごく温かくて、気持ちが良かった。

「証拠を集めたり、先生に抗議してたら遅くなっちゃった。決定的なもの出したから、きっと今は職員会議してると思う。担任も立場危ういんじゃないかな。」

『ちょ、ちょっと待って。』

今までと打って変わってスラスラ話す彼女を制する。


『なんで……そこまで……』


ただの一クラスメイト。
彼女は学級委員でもなんでもない。
それなのに、ここまでする理由が分からなかった。

彼女はニコリと答える。

「初めて声掛けてくれたのが、松原さんだったから。ほら、ハンカチ落としたよって。」

『え?』

たったそれだけの事で?

彼女は途切れ途切れに続ける。


「あー……うん、まぁ……松原さんと仲良くしたかったから……かな?」

照れくさそうにはにかんだ彼女はとても可愛らしかった。

今まで張りつめていたものが、一気に無くなったようなそんな感覚だった。

『ふっ、なによそれ。』

彼女の言葉がおかしかったのか、笑みがこぼれた。

でも、悪い気はしなかった。

その様子を見て、彼女も一緒に笑っているように見えた。


『あんた、名前は?』

「あ、私はね、」

ゆっくりと、私の世界が動き出した。

#友達

10/26/2023, 7:23:42 AM