わたあめ。

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「カラオケ……行かない?」

昼時、大学の講義が終わった俺は、唐突に声をかけられた。
声の方を見ると、ふわふわに髪を巻いた女の子が顔を真っ赤にさせながら、立っている。

『……あぁ、いいよ。』

俺はその子の肩を抱き、門の方へと足を進める。


“カラオケ行かない?” は、俺をデートに誘う暗黙の合言葉。基本用事が被ってなければ誘いに乗るし、年齢も問わない。同級生はもちろん、年下年上なんでもござれ。

俺の事を愛してくれるのであれば、俺も愛を返そう。

「好き」も「愛してる」もいくらでも囁く。
その代わり、束縛は厳禁。

俺は皆から平等に愛したいし、皆を平等に愛したいからね。


友人からなぜそんなことをするのか、という聞かれたことがある。
その時はこう答えた。

『だって、誰か一人だけを大事にすれば誰かが苦しむ。それは自分の可能性もあるし。でも同じだけ愛せば、嫉妬しないでしょ?』

「でも他の人とデートしてる時点で……」

『だから束縛厳禁なんだよ。俺とはあくまでその場限りの関係。ホストとかと一緒。』

「あのなぁ……」


友人にはだいぶ呆れられていたけどこれでいい。

人間の面倒臭いのは嫌だけど、誰にも愛されず誰も愛さない人生だなんてつまらない。

特別なんていらないから、俺の事をある程度愛して?俺も同じだけ愛するから。

つまり、あの “カラオケいかない?” は、俺にとっては “今から愛させて” という愛言葉なのだ。


「あの……」

彼女の声でハッと我に返る。
気づけば、ホテルの前まで来ていた。

いけない、俺とした事が。
考え事をして疎かにするのは彼女に失礼だな。

ニコリと彼女の方を見る。

『ごめんね。何か言った?』

「あの……行くの、カラオケじゃないんですか……?」

キョトンとしてしまう。

いや、まぁ確かに誘い文句はカラオケだけれども。
でも実際カラオケに行ったのなんて、一回もない。
ホテルでそれなりの事をするのがほとんど。

今回の子もてっきりそうだと思ったんだが……


『え、あぁ……カラオケがいい?じゃあ、そっちに』

「……やっぱり、そういう事しないとダメですか?」

彼女が消え入りそうな声で聞いてくる。

正直愛してくれればなんでもいいが、そういう事以外での愛し方愛され方が分からない。

困った……なんて返せばいいのか……。
頭を悩ませ、沈黙が続く。

「……やっぱりいいです。すみませんでした。」

彼女が素早くぺこりとお辞儀すると、その勢いのまま走り去っていく。

『え、あ、あの!!ちょっと!!』

引き留めようとした手がそのまま止まる。
なんて引き止めたらいいのか、そんなの俺には分からなかったからだ。


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日向 優。大学二年生。
女なら誘えば年齢関係なくデートしてもらえると、大学内ではもっぱらの噂だった。

友人の中にも遊んでもらった子がいて、色々話は聞いていた。でも、私はそんな彼が本当の彼には見えなかった。


時は遡り、数ヶ月前。満開の桜散り始めた頃。
私は入学したてで、サークルをどうするかと頭を悩ませていたその時だった。

サァッ

『きゃっ!?』

風が吹き、桜が舞う。
思わずつぶってしまった目を開けると、桜の木のそばに人影がポツンと一つ。

そこには男の人が桜を眺めて立っていた。
風で髪はなびいて、周りを桜が舞っていて、一枚の絵のようだった。

そして桜を見ているはずなのに、どこか虚ろなその目は違う何かを見ているようにも思えた。

『綺麗……』

思わず漏れた声に気づかれ、男性がこちらを向く。

『あっ、ご、ごめんなさい……あの、』

「いや、大丈夫。邪魔だったよね。」

そういうと、男の人は静かに去ってしまった。
すれ違う瞬間、ふわりと甘い香りがした気がする。

それが彼との出会いだった。


そして今、念願の彼と話せたのに、私は今全力疾走で彼から逃げてしまっている。

「はぁっはぁっ……。」

体力に限界が来たので、止まって呼吸を整える。
振り返っても彼の姿は無い。
どうやら追っては来なかったようだ。

友人たちに桜の木での話をして、彼の名前と噂を一緒に聞いた。何度話を聞いても信じることができず、ならば直接と思って、実際に噂の検証をした。

結果は噂通りに肩を抱かれ、ホテルまで連れて行かれそうになった。
噂でしか聞いた事なかったのが実際に経験してしまったせいで、確実に現実を突きつけられてしまった。

勝手に理想を押し付けたのは私、彼は全く悪くは無い。


もし話せたら、とてもあなたは綺麗だと、そう伝えたかった。

でも話してみると、あの桜の木の時のような儚さはありつつも、綺麗さとは違うドロドロとした何かを感じた。


噂を実行するにあたって、友人から誘い文句を教えてもらった。
彼女はこれは彼とデートする合言葉、彼を愛するための言葉なんだと教えてくれた。

でも実際は、
ただ彼の本性を知っただけ。
私の理想を壊しただけ。

『こんなの……愛言葉なんかじゃないよ……』

ポツリと呟く。
その声は誰にも届かなかった。


#愛言葉

10/27/2023, 9:05:28 AM