目が覚めると、雲ひとつない青い空が広がっていた。
『こ……こは……?』
どうやら私は仰向けで寝っ転がっていたようだ。
背中や頭がフカフカする。
起き上がると、下は草原だった。
鳥の声、暖かい日差し、そよそよと吹く風。
ものすごく心地がいい。
周りを見ても人はいない、でも不安はなかった。
どこか安心する。そんな場所な気がした。
「やぁ。」
声がが聞こえた方を振り返る。
すると一人の男性が立っていた。
男性の顔には見覚えがある。
キリッとした瞳、優しい笑顔。
私の好きだった人……数十年間愛し……、
数年前に亡くした、夫だ。
ほろりと涙がこぼれた。
ずっと会いたかった、話したかった。
我慢をしていたのだ。
急いで夫のところに駆け寄り、その勢いのまま抱きついた。
夫は私を抱きしめ、優しく頭を撫でる。
久しぶりの夫の腕の中。
温もりを感じさらに目から涙がこぼれてきた。
「よく頑張ったね。お疲れ様。」
心地よい低い声が私を安心させてくれる。
嬉しくて、くすぐったくて、抱きしめる力が自然と強くなった。
そしてふと顔を上げると、少し違和感を覚えた。
夫の顔にシワがない。髪も白く染まっていないし、手もしわくちゃじゃなかった。
目線を落とし、自分の手も見る。
手がつやつやだ。
自分の映る鏡もないので、ほっぺや顔をぺたペたと触る。しわくちゃじゃない。ピチピチのお肌。
夫はキョトンとしていて、フッと吹き出した。
「どうしたの?」
『あ、いや……なんでも。』
考えてみれば、夫も私の声もクリアになっている。
年老いてもう少しガラガラしていた気がする。
もしかして若返っている?
そんな結論に至った時、ふと疑問が最初に戻る。
『そういえば、ここはどこなの?』
夫にそう尋ねる。少し驚いた顔をされたが、また笑って答えてくれた。
「君は、ここに来る前のことを覚えてるかい?もし思い出せるなら、わかるんじゃないかな。」
少し寂しそうな笑顔で言われた。
ここに来る前……と首をひねりながら思い出す。
あ、と記憶が蘇り、夫の寂しそうな笑顔の理由がわかった気がした。
私は病院にいた。
夫に先立たれ、数年が経過し、一人で細々と暮らしていたが、家事の途中で倒れてしまい、そのまま入院していた。
娘夫婦がよくお見舞いに来てくれて、お医者様と話し込んでいたが、娘の様子を見るとどうやら私はもう長くはないらしい。
不思議と怖くはなくて、もう寿命なのだろうと諦めがついていたんだ。
それでも、お医者様たちの懸命な治療と娘夫婦のお見舞い、そして同じ病室の人とも仲良くなって、しばらくは元気に過ごせた。
本当に周りに恵まれたのだと思う。
そんなある夜、急に呼吸が苦しくなった。
隣で寝ていた人がナースコールを押してくれたのか、すぐに看護師さんとお医者様が来てくれたが、私の意識はそこで途絶えた。
そして今に至る。
『そっか……私は……』
「……よく頑張ったと思う。」
夫は私の頭を優しく撫でる。
直接伝えずに、自分で考えて悟らせる。
昔から変わらない夫の優しさ。
言うのが怖いだけだよ、と前に言っていた時笑っていたが、私はその優しさに何度も救われ支えられた。
撫でてもらっていた手を掴んで、私の頬に寄せる。
『もう、一緒にいられるのね。』
そう言って微笑むと、夫は驚いた顔を見せた。
「怖く……ないの?」
『もちろん、あなたと一緒ならどこだっていいわ。』
か細い声に、自信満々で答える。
夫はそのまま私に口付け、私はそれを受け入れた。
あたたかい時間が流れる。
それはとても心地よくて穏やかで、幸せな時間だ。
#どこまでも続く青い空
10/24/2023, 3:27:09 AM