わたあめ。

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『やっばい、遅刻するぅうう!!』

朝。
全力疾走で人の間をかき分けて通学路を進む。

普段も時間遅めだが、今日はいつもよりも遅く起きてしまったので、始業チャイムに間に合うかどうか本当にギリギリだ。

『ていうか、今日重い……』

リュックの中には、この前まで行われていた定期考査の勉強のために持ち帰った教科書等がわんさか入っている。走る度にリュックが上下して重たい。

しかし、それで走る速度を落としてしまえば完全に遅刻する。歩くことなど許されないので、走り続けるしか無かった。


そのまま走り続けていると、ゆっくりこちらに向かって歩いてくるおばあさんが目に入る。


『(さすがに怪我はさせられないな。)』


おばあさんに近づくと同時に、少し速度を落とす。

『すみませ、……え?』

おばあさんとすれ違った瞬間、時間が止まった気がした。
いや、正確に言えば止まったのではなくゆっくりになったのかもしれない。
今まで聞こえていた喧騒や、車の音が遠く聞こえる。

事故でぶつかる前とか転ぶ前はスローモーションのように、ゆっくりに見えるとよく言われるが、まるでそんな感じ。

走っているはずなのに、一歩が長く感じた。


「___。」

おばあさんは一言。なんと言ったか聞き取れなかったが、何か言ったのは確かだった。

前に出していた足が地面に着くと、遠くなっていた音が聞こえるようになり、時間も戻った。

振り返るとおばあさんの姿は無い。

少し寒気のようなものを感じたが我に返り、今が登校中で時間ギリギリだということも思い出す。

急いで学校へ向かった。



『あーあ……散々だった……。』

時刻は15時過ぎ、学校が終わり帰宅時間である。
朝とは逆にとぼとぼと、家路についていた。

結局、朝は間に合わず教室に着く頃には担任がホームルームを始めていた。
こっそり入り席に着いたが、担任にあとから呼び出され説教を食らってしまった。


『確かに遅刻は行けないけど、チョップしなくたっていいじゃんねぇ……』

担任にチョップされたであろう脳天を擦りながら、愚痴をこぼす。
本気を出していないとはいえ、空手部顧問でもある担任のチョップは痛かった。

『今日は絶対早く寝よう。』

そう独り言を言いながら角を曲がると、足が止まる。


『え?』


目の前には人影がひとつ。
背格好は見覚えがある。

朝、すれ違ったおばあさんだった。

一瞬戸惑ったが、同じ地域に住んでいればこうしてまた会う事も珍しくは無いだろう、と自分を言い聞かせる。

しかし、おばあさんの他に人気はなく、どこか不気味な雰囲気が漂っていた。

ゆっくり歩き出し、再びおばあさんの横をすれ違う。


「やっぱり見えるんだね。」

すれ違いざまにそう言われた。

瞬間、声の方を見るとおばあさんがニタリと笑いながら立っていた。


(朝の時はいなかったのに……)


あまりの恐怖に、体が固まる。

こうして固まっている間におばあさんがのそりのそりと近づいてくる。

(早く……早く逃げ…)

おばあさんがピタリと止まった。

おばあさんの漆黒の瞳と目が合い、心拍数が上がる。

そして不意に足元を見た時、私の心臓は止まった。


おばあさんの足は、透けて無くなっていた。


『あ……あああ……』

「かわいい顔をしているねぇ……」


おばあさんの顔がにやぁとさらに歪んでいく。

私の恐怖は最高潮に達した。


『やだぁあああああああ』


気づけば叫んでおばあさんを突き飛ばし、ダッシュで逃げ帰っていた。
体を無理やり動かし、無我夢中で走った。

家に帰ったあとは、部屋から出てこれずベッドの中でガタガタ震えて過ごした。



そこから数日経ったある日。
学校からの帰り道。

以前の通学路は使えなくて、違う道を使っていた。

すると喪服着た人が数人、近くの家から出てくる。

どうやら葬式をしていたようで、皆、涙を目にうかべながら話している。


「あんなに元気だったのに……」
「交通事故だったからなぁ」
「とても優しかったのになぁ。」

それぞれに話している言葉を聞きながら、空いてる扉から遺影が見えたので、こっそり盗み見る。


遺影にはこの前いたおばあさんの顔が映っていた。


写真を見て思い出した事がある。

小学生の頃、よく掃除しているそのおばあちゃんと話していた。
たまにお菓子もくれて、とても優しかったのを覚えている。

成長するにつれて、時間を変えたのもあってすっかり会わなくなったせいか、すっかり忘れていた。

考えてみたら襲うというより、懐かしむような、そんな口ぶりだった気がする。
もしかしたら、最後に挨拶に来てくれたのかもしれない。


少し切なく思い、遺影にむけて手を合わせるしか出来なかった。


#すれ違い

10/21/2023, 7:46:30 AM