◎輝き
#47
しゃらしゃらチカチカと眩いばかりの宝物を背負った巨大なヤシガニ──タマトアはご機嫌に歌いながら体を揺らした。
すると、光に釣られた魚が自ら彼の口目掛けて飛び込んできた。
それを咀嚼し呑み込むと満足そうに笑ってステップを刻む。
「ほんっとタダ飯は最高だぜ♪」
甲羅の中心部には人間からすれば大きい、彼からすれば小さな釣り針がちょこんとすえられている。
彼の機嫌をいつになく良くしているのはまさにその魔法の釣り針だ。
タマトアにとっては他の宝物のなによりも輝いて見える特別なものだ。
それをちらりと一瞥して更に気をよくしたタマトアは自身の鋏を頭上に掲げ、海の更に向こうを見透かすように目を細めた。
「マウイ、お前の自慢の釣り針は俺のコレクションになっちまったぜ♪まさかお前がくたばってるわけがねぇよなあ?ほら♪取りに来い、来い、来い♪」
地を這うような歌声と笑い声はどんどん大きくなっていく。
日夜縄張り争いを仕掛けてくるライバルたちも小物たちもタマトアの機嫌を損ねることを恐れて今は大人しくしている。
しばらくの間ラロタイにはタマトアの声が響き渡ったという。
───────────────────
モアナと伝説の海より タマトア
[駄弁&蛇足]
タマトアってマウイにけっこう重めの歪んだ感情向けてる気がするんですよね。
モアナ2を観てからモアナ沼にズブズブ浸かっていたところにこのお題がきたものだから思わず書いてしまったわけです。
(布教もどき)
◎隠された手紙
#46
随分と昔。
私は家の裏の山中で知り合った少年とよく遊んでいた。木の実を採取し、動物と戯れる日々を謳歌していた。
しかし時が経つにつれ、勉強や習い事で次第に会う機会が減っていった。
そして何時しか直接会えない代わりに、いつも待ち合わせていた大木の枝に紙を括り合い、文のやり取りを始めた。
『さいきん、子熊が産まれたよ。昨日はりっぱな鮭を捕まえてぼくに分けてくれたよ』
『今日はマツタケがたくさんとれたから、君にもあげるね。でも、慣れないうちはくれぐれも君だけでとってはいけないよ』
『まんじゅしゃげが咲き始めたね。たくさん咲いてる原っぱがあるから、いつか一緒に行きたいな』
『昨日の甘栗ありがとう。あんなに頬が落ちそうになったのは初めてだった。そろそろ雪がふりはじめるから、返事は雪どけのあとにちょうだい』
そんな風に何年も何年も文を送りあった。
少年の墨は特別なのか雨に濡れた後も滲むことなく文字を象っていた。
私が祝言を挙げ跡取りができてもずっと文を送りあった。
旦那様も文末に言葉を添えたり、文を一緒に楽しみにしていた。
若くして旦那様が亡くなって、悲嘆にくれている間も文は交換された。
一緒に悲しみ、乗り越えてくれた。
姿を見なくなって久しい頃になって淡い想いが胸に宿ったのを感じた。
往年、
老いて死も身近に感じ始めたこの頃。
引き出しの奥にしまい込んだ一通の文が頭をよぎる。
床を動けなくなってからも息子が代筆し読み上げてくれて文通は続いていた。
ずっと、誰にも、息子にも見せていなかった一通が夢にも出てくる。
恋慕を込めた詩を綴ったもの。
それは今も変わらぬ心の結露。
「母上。手紙の君から一言だけのお返事が──」
息子の穏やかな目が見開かられた。
その手元からは紙が滑り落ちる。
そこには昔と変わらない達筆な字で短く記されていた。
『おかえり』
妻子に支えられながら遺された息子は泣き笑う。
「行ってらっしゃいませ。母上」
桜吹雪を乗せ祝福の風が村を吹き抜けていく。
山神と見染められた娘による恵みは末代まで続いたとか──。
◎帽子かぶって
#45
私には隠し事があると目元を隠す癖があるらしい。
全くの無意識なので自覚は未だに無いが、長い付き合いの親友が教えてくれた。
帽子をかぶってるときは特に顕著にその癖が現れるのだとか。
「──……あ。何か隠してるだろ?」
「いや、何も?」
「えー?本当に?」
ついっとこちらを指差して笑う。
「目、隠れているよ?」
こんな風に気付かれてしまう。
でも、全部話してしまう必要も義理も無い訳で。
「内緒」
「君はいつもそう言う。なんだよ、最期くらいは良いじゃないか」
「つまらない事だよ」
親友の膨らんだ頬を撫でて返す。
それでも、
「もう隠さなくても良いだろう?墓場はすぐそこだ」
なんて親友が穏やかに言うものだから。
喉の奥が切なく震えて、思わず口から言葉が漏れ出た。
「─────。」
親友は驚いた表情をして。
そして満足気に笑った。
「そうか、ありがとう。……私も、君を─────。」
最後は途切れ途切れではあったが、何を言っていたかは分かっている。
「あぁ、もっと早くに言っていれば。何か変わっていたのだろうか」
もう物言わぬ親友の表情はとても幸福に満ち満ちている。
長いようでとても短かった月日の奔流に思いを馳せながら、私は帽子を深く被り空から落ちる雫を受け止めた。
◎あなたへの贈り物
#44
───これはとある者たちの
ちょっとした日常である
小型の物を胸に抱いて訪れるひとを待つ。
彼はこちらに気付いたようで片手を振って駆け寄ってきた。
「おはよう。はい、プレゼント」
私が手に持つ物を見て笑顔になる彼は両腕を開いて、早く欲しいと催促した。
「はいはい。そう急かさないで」
私は緩慢な動きでソレを構え、
・ ・ ・ ・ ・ ・
盛大にぶっぱなした。
2発、3発とリロードを繰り返して手持ちの弾を全て撃ち込むと、暫く何も聞こえなくなる。
やりすぎたかと心配していると硝煙の向こう側から彼の大きくて白く長い手が伸びてきた。
「啞rぃガ騰ォねle」
頭を撫でる優しい手つきがくすぐったい。
「ほんと、ヘンなヒトね。鉛玉ブチ込まれて喜ぶなんて。普通、無いわよ。それに貴方から頼んでくるんだもの」
彼の身体に空いた穴が元に戻るのを見届けて私は首を振った。
「満足いただけたかしら?」
「m颶@ァ:■■■※゚鬮ヌ餵gr」
「言語化できないほど良かったのね」
呆れ半分、嬉しさ半分で笑うと彼も楽しそうに顔を歪めた。
そしておもむろに背中側からもう一対の腕を伸ばすと、大きな花束を差し出した。
「ダis烏kだァよ」
「……あら。どこでそんな言葉を覚えたの?」
頬がじわじわと熱くなり始めているのを自覚してしまう。
顔を背けて隠したいが、彼の無邪気でまっすぐな瞳はそれを許さない。
私は観念してその素敵な贈り物を両手で受け取った。
───────────────────
人間の娘と人外のプレゼント交換
◎新年
#43
新たな年を迎えるにあたって、
それまでの十二支は、新たな十二支を選出する。
1年間【辰】を背負った龍一族の青年は、次の【巳】を見出す為に蛇一族を訪れた。
"十二支としてその1年を背負う者は一族の誉れである"
そんなふうに言い聞かせられて育った蛇の若者たちは期待を込めて龍を見つめた。
先頭の数匹は"特別な目"を持つ十二支候補だ。
遠くまで見通す目。
視界に映る者を分析する目。
過去を見通す目。などなど
「……」
無言のまま、龍はとある蛇の前に進み出た。
その蛇はお世辞にも立派とは言えない風体だった。
体は細く、やつれ、鱗もくすんでいる。
床を見つめていて、近づいてきた龍に気付く素振りも無い。
「君。」
「──は、……私でしょうか」
「そう、君。」
十二支の龍が、何故みすぼらしい蛇に声を掛けるのかと困惑しながらも2人の静かな問答を若者たちは息を飲んで見守る。
長く伸びて口元に掛かったたてがみの間から覗く紅い瞳は蛇を見つめて息を吐いた。
「良い目だね。」
「……お褒めの言葉、ありがとうございます」
「その目は何を見通せるの。」
「……は。お粗末ながら、人間たちの営みを覗き見る程度でございます」
淡々と答えながらもずっとその瞳は床に向けられている。
「ふむ。君なら上手くやれるだろうね。」
「──え」
「君が此度の十二支だ。」
龍は混乱する蛇たちを尻目に、目の前の蛇にだけ聞こえるように囁いた。
「私たち十二支は人間を見守り、神々に伝えることが役目。君は真面目そうだし、それに本当は十二支は特別な目が要る訳では無いんだよ。必要な力は神々が授けてくれるからね。」
これは秘密事項だからねと、龍は微笑んだ。