案山子のあぶく

Open App
4/28/2025, 10:58:04 PM

◎夜が明けた。
#70

ひとには役割がある。
賢者、愚者、英雄、悪人、善人、簒奪者、天才、凡人、奇才、支配者、従僕etc

世界が役割を与え、それに従って生きる。
役割を全うすればそれを受け継ぐものが
現れ、同じ道を辿る。

そんな概念を絶対的なルールとする
この世では居場所を追われる役割もある。

彼らは世界に抗うだろう。
友と同じ朝を迎えるために。
信念を貫き通すために。
自分と同じ役割に生まれたものに
道を示すために。

もしも彼らの祈りが実を結んだならば、
それは新たな世界の誕生となり、
古い世界の機構の追放といえるだろう。

さあ、今日も夜が明けた。
役割を押し付けるための革命の炎は
今も”追われるべきもの”の心に
燻っている。

4/20/2025, 11:55:42 AM

◎星明かり
#69

月が慌てて、走って行ってしまった。
こんな時には私たちの出番。

月のようには輝けないけれど、
人々に方角を教えることはできましょう。

生き物たちの導となって、
人間たちに時を教えて、
夜の世界を回しましょう。

”────”

……大丈夫、月には黙っておきましょう。
数多の罪とあなたの涙。
秘密も悔いも哀しみも全て。

私たちは太陽系に属さぬ中立の傍観者。
善悪、生死、真実と理想。
陰も陽も見届けましょう。

4/20/2025, 8:50:01 AM

◎影絵
#68

闇溜まりと闇溜まりを繋いで重ねて
依代をかたどる。
高く掲げて地に落とせば、
影の中から、貴方によく似た"魔"が
姿を現すだろう。

硯から汲み取り、
和紙に零した墨のように現世を侵し
果ては貴方へ牙を剥く者を受け入れて
進みなさい。

誰よりも真を理解する従者は
愛をもって貴方の時を止めるのだから。

4/16/2025, 12:15:55 PM

◎遠くの声
#67

民衆が喝采する。
旅人がその熱気に呑まれる。
勇者は音と熱の渦中に静かに佇んでいる。

全てが瞬きの間に移り変わるだろう。

喝采は怒声にすり変わる。
善政は圧政になり、熱気は冷める。
勇者を振り向く者はいない。

行く末はわかっている。
平和は続かず、再び魔は蘇る。

次も、次も、その次も──────

勇者は立ち上がり、消費され、
忘れ去られる。

いつしか民も王も無くなる。
残るのはそこにあった記憶だけ。

廻って廻って 夢の跡。

勇者と呼ばれた者は、皆、悟るのだ。
全ては無に還るのだと。

故に喜びの宴も儚く、
人々の声も遠くに感じて、
ただ無情に眺め、次第にまぶたを閉じる。

勇者の継承者を憐れみながら
その意識は微睡みに沈んでいく。

4/14/2025, 12:24:37 PM

◎ひとひら
#66

一枚のビラを握りしめて、
廃墟も同然の劇場を見上げる。

”今宵、貴方を歪に捻れた美しき世界へと
ご招待いたしましょう”

そんな怪しい文言が真っ赤な字で
書かれた真っ黒な紙を拾ったのは明朝。
奇妙なほどに人気のない道だった。
興味が湧いて、指定された手順に沿って
来たのだが、道中では猫にすら出会わな
かった。

「誰もいないのか?」

錠が壊れた扉を押し退けて薄暗いホールを覗き込む。
久しく誰も出入りしていないのか、動いた空気に埃が舞い上がる。
埃っぽい空気が満ちた空間に思わず顔を
しかめると、笑い声が耳をくすぐって横を通り抜けていった。

「──なんだ、今の」

かぶりを振ってなんとか中に一歩
踏み出した。
奥へ奥へと進むうちに不気味さはどんどん増していく。
ぞわぞわと背中が粟立つ感覚に、
されど高揚しながら観客席の中央までやってきた。

座席の埃を払って腰掛けると、舞台袖から男がひとり現れた。

「ん〜〜ん、ん、ん。ようこそいらっしゃいました、お客様ァ」

男の目線があちらこちらに向かって、
最後に此方へと定まった。
男はニタリと笑って会釈し、どこか蛇に
似た薄気味悪い雰囲気を纏って歩み寄り、こちらの手をとった。
近くに寄られてわかったが、この男、
かなりの長身である。

「こんなに幼い子が来るとはねェ。拙は予想だにしていなかった」

品定めをするように見つめられて、
居心地が悪い。
睨め付けてやると男はわざとらしく
大袈裟に飛び退いた。

「や、やや、すみませんン。久々のお客様があまりに可愛らしくて、つい」
「俺、男なんだけど」
「"可愛い"に性別が関係あるのです?」

どこか俗世離れしたような言動で、
男は燕尾服の内側に手を差し込んだ。

「このナイフをお持ちになって。失くしてはいけませんよ、これはァ通行手形なのです」

クスクスと笑うその声は先ほど聞いた
笑い声と同じもの。
生きとし生けるものを嘲笑う声だ。
徐々に血の気が失せていく。
恐ろしくて仕方がないのに、自身の意思に反して体は動かない。

「怖がらないで。すぐに楽になりますからね」

捻れたナイフの周辺の空間が歪む。
その先にきらきらと輝く何かが見えた。

「原初の混沌です。さぁ、帰りましょう」

かつて神も大地も海も人も無かった、
無の時代。
そんな次元に通じる穴は、寂れた劇場を
介してひとひらの夢の中にある。

Next