◎魔法
#52
ある旅人は街から街へ渡り歩き、
国から国へ渡る。
行く先々で手品を見せて投げ銭を請い、
その金で次の場所へ行く。
ひとところには留まらず、
誰とも深い縁を結ばずに流れ、揺蕩う。
今回も一人で
さっさと出ていくはずだった。
「すごい!魔法みたい!」
練習中に聞こえた、みすぼらしい子どもの喜ぶ声がどうも心を惹いた。
普段なら金の無い者は相手にもしないのに気付けば多種多様な手品を見せてあげていた。
「……なぁ、少年。私とどこかで会ったことがあるかな」
「んー?無いよ?」
きょとんとした表情をする少年からは
やはり既視感が拭えない。
「両親はご健在かな?」
「ずっと独りだよ」
「家はあるかい?友達は、いるかい?」
「家は無いけど、友達ならいるよ。ほら、ネズミのジャックだよ」
『ちゅー』
天涯孤独というやつらしいその子は
それでも幸せそうだった。
「少年、私と来ないか」
思わず放ったその言葉に自分でも驚いた。
少年はもっと驚いた。
「魔法使いさんと、一緒に?いいの?」
「魔法使いでは無いんだけれどね」
笑顔満開の少年を眺めながら、
この先の路銀稼ぎはもっと頑張る必要がありそうだ、と道連れを得た旅人は覚悟を決めた。
◎君と見た虹
#51
①
『新月の夜に虹が見えることがあるんだ』
唐突にそんな話を切り出してきた隣人の言葉を、嘘だね。と一蹴したことがあった。
「満月のときじゃないと。それに稀にしか見えないよ」
新月のときになんて無理がある。
『本当なんだけどな』
悲しそうに笑っていたのを今でも覚えている。
『いつか、君にも見せたいよ』
その言葉がずっと記憶の片隅で繰り返されている。
七色の橋が綺羅綺羅と輝く星々の輝きを受けて空に架かる、というのは無理があるだろう。
でも隣人の表情が嘘を言っているようには見えなくて、今でも新月の夜は空を見上げて探している。
隣人だけが知る月虹はどんなものだろう。
───────────────────
②
「虹の下には宝物が埋まってるんだって」
「違うよ、死体が埋まってるんだよ」
「宝物だよ!」
「死体だよ!」
「じゃあ、確かめてやろう」
「そうしよう」
「「本当に虹の下に着いちゃった……」」
さて、何が埋まってるのでしょうか。
そもそも、虹は蜃気楼のようなもの。
追いつけた"それ"は本当に虹なのでしょうか。
◎ひそかな想い
#50
いいか?
今から俺たちは密かに行動しなければならない。つまり、隠密行動だ。
おい、そこ。ワクワクするんじゃない!
"隠密"なんだ。わかるな?
NO!違う!ニンジャじゃない!
あー……ん゛ん゛っ
この手紙を見ろ。
小さなハートのシールが貼ってある。
そうだ。ラブレターだ。
これを!
俺たちは相手に気付かれる前に、
処分する。
処分するんだ。いいか、処分だ。
絶対に、送り届けるんじゃないぞ。
雇い人はこれを今は渡す気は無いんだ。
いつかその時は訪れるだろうが……。
ともかく!
彼女はまだ心の準備期間にいるんだ。
俺たちはそれを尊重しなければならない。
さあ、持ち場にかかれ。
仕事の時間だ。
あぁ、待て待て待て。
コードネーム"ブレーメン"!
おい、"ブレーメン"!
あーもう!"ブレーメン"!
お前の出番は今回はないんだ。
大人しくしててくれ。何もするな。
アンタは隠密に一番むいてないんだから。
ハイ、戻って戻って。
………………
……はぁ。
………………
あーーー、こんな職場もう嫌だぁ!!!
手紙なんて
さっさと手渡して勝手に結ばれてろ!!
お似合い奥手カップルめ!!!
───────────────────
海外作品の吹き替えの
マシンガントーク&ツッコミを
思い浮かべながら読んでみてくだちい。
◎あなたは誰
#49
誰といわれましても、
ちょいと前にリセットされちまった身でしてネ。
姿は前とかなり変わってるしー……。
あぁ、今はこういうもンですヨ。
ハイ、名刺をどうゾ。
え?なんの話だって?
どういうことかって?
やだなぁ、お忘れかい?
あー……そう。
キオク、今世は持って来れなかったのネ。
なぁに、アンタとワタクシの輪廻の話サ。
……ふぅむ。
こうも他人ヅラされるのはつまらんネ。
あ、そーだ。
いっちょリセット、キメとくかい?
次には思い出すかもしれないネ!
あ、やめとく?
ん〜そうなのネ。
まァいつでも会いにおいで。
今世のアンタの事も
まだまだ知り足りないシ。
ばいばーい。
◎手紙の行方
#48
先日、黒山羊さんにお手紙を書いた。
それはプレゼントの袋の中に入れて郵便局に預けた。もう届いて、開封されただろうか。
少し、見えにくい位置に入れてしまったかもしれない。
気付かれていないかもしれない。
いっそ、黒山羊さんに読まれることなく何処かに消えてしまえばいい。
今になってそんなふうに思ってしまう。
どうしよう。どうしよう。どうしよう──
ヴヴヴッ
唐突に机の上の携帯が震えた。
恐る恐る画面を覗き込む。
黒山羊さんからお返事着いた。