案山子のあぶく

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◎Sunrise
#72

地下牢に囚われてどれだけの時が経っただろう。
毎日行われる身体検査で朝がきたことを知るばかりで、それが幾度繰り返されたのかなど、最早知ろうとするる気力も興味もない。

「立て1109」
「はいよぉ……」

くぐもった声が徐々に近づいてくる。
隣の房までやってきたのは代わり映えのない地味な顔つきの看守。
淡々とこなされる作業は機械的で面白味がない。

「次、8073」
「はい」

ここでは誰もが番号で呼ばれる。
隣人の男は長い間ここに居るらしく、自身の名前はとうに忘れてしまったと語っていた。

看守は服を剥ぎ取ると触診して次の房へと進む。容赦も遠慮もないので、人間ではないのではと疑っている。

投げ捨てられた囚人服を着て床に寝転がる。
囚人は穀潰しだ。
ただ、食って寝るだけの日々。
刺激も何も無い。

耐え難い苦痛だ。
屈辱だ。
人生は驚きとスリルで構成されて然るべきだというのに。
こんなにつまらない場所で我が人生はすり減らされていくのか。

たったひとつの爆弾を持って街に繰り出し、極限のスリルを堪能していただけなのに。
テロを企てた?
ご冗談!
スリルを求めていただけだ。

あの警官はテロ犯に果敢に立ち向かった英雄として称えられたのだろう。
腹立たしい限りだ。
私から娯楽を奪った罪は重い。

……ふむ。
良いことを思いついた。

起き上がり、爪を噛む。
脳内には完璧で素晴らしい計画が描き出されていく。


───数日後

監獄とその周囲一帯を巻き込んだ大爆発が新聞の一面を飾った。

監獄内部から大規模な爆発をしたことから、生存者はゼロ。
遺体も跡形もなく吹き飛んでいることが
報道された。

ガス漏れの事故として処理された後日、
新聞の隅に小さな事件が載った。

『英雄警官、自殺試みる』

かの英雄が某日未明、自宅でひどく心を乱した状態で発見された。薬によって鎮静させるも、再び自殺を試みた。
その後心的外傷後ストレス障害・PTSDと診断され、特別精神病棟に隔離されたという。
「彼は支離滅裂に叫んでいた。"やつが来る"と。誰のことかは分からない」関係者はそう語り、それ以降口を閉ざしたままである。

5/22/2025, 9:43:12 AM