案山子のあぶく

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◎隠された手紙
#46

随分と昔。
私は家の裏の山中で知り合った少年とよく遊んでいた。木の実を採取し、動物と戯れる日々を謳歌していた。

しかし時が経つにつれ、勉強や習い事で次第に会う機会が減っていった。
そして何時しか直接会えない代わりに、いつも待ち合わせていた大木の枝に紙を括り合い、文のやり取りを始めた。

『さいきん、子熊が産まれたよ。昨日はりっぱな鮭を捕まえてぼくに分けてくれたよ』

『今日はマツタケがたくさんとれたから、君にもあげるね。でも、慣れないうちはくれぐれも君だけでとってはいけないよ』

『まんじゅしゃげが咲き始めたね。たくさん咲いてる原っぱがあるから、いつか一緒に行きたいな』

『昨日の甘栗ありがとう。あんなに頬が落ちそうになったのは初めてだった。そろそろ雪がふりはじめるから、返事は雪どけのあとにちょうだい』

そんな風に何年も何年も文を送りあった。
少年の墨は特別なのか雨に濡れた後も滲むことなく文字を象っていた。

私が祝言を挙げ跡取りができてもずっと文を送りあった。
旦那様も文末に言葉を添えたり、文を一緒に楽しみにしていた。

若くして旦那様が亡くなって、悲嘆にくれている間も文は交換された。
一緒に悲しみ、乗り越えてくれた。
姿を見なくなって久しい頃になって淡い想いが胸に宿ったのを感じた。

往年、
老いて死も身近に感じ始めたこの頃。
引き出しの奥にしまい込んだ一通の文が頭をよぎる。

床を動けなくなってからも息子が代筆し読み上げてくれて文通は続いていた。
ずっと、誰にも、息子にも見せていなかった一通が夢にも出てくる。

恋慕を込めた詩を綴ったもの。
それは今も変わらぬ心の結露。

「母上。手紙の君から一言だけのお返事が──」

息子の穏やかな目が見開かられた。
その手元からは紙が滑り落ちる。
そこには昔と変わらない達筆な字で短く記されていた。

『おかえり』

妻子に支えられながら遺された息子は泣き笑う。

「行ってらっしゃいませ。母上」

桜吹雪を乗せ祝福の風が村を吹き抜けていく。
山神と見染められた娘による恵みは末代まで続いたとか──。

2/2/2025, 11:28:55 AM