たやは

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11/2/2025, 9:33:03 PM

秘密の標本


コンコン。

「あの〜。私たち、こちらで奥さまからモデルをお願いされたものですが〜。」

「はい。伺っております。今開けます」

大きな門が開き、中から白髪頭の初老の女性が出てきてた。この家のお手伝いさんだ。

先日、私と友達の幸子は学校の帰り道でこちらの奥さまに声をかけられた。奥さまは大きな外国の車を私たちの横に停め、窓を開けて声をかけてくださったのだ。

「あなたたち。可愛らしいわね。良かったらモデルをやってくださらない。」

「え?」
「私たちですか?」

「あ、あー。急にごめんなさい。驚かせてしまったわね。私は丘の上の屋敷に住んでいる山下といいます。」

「丘の上のお屋敷…」
「男爵さまのお屋敷よね。」

「そうそう。それでね。私は絵描きでもあるのよ。良かったらそのモデルをお二人にお願いしたいの。少しだけれどお給金も出すわ。」

優しい笑顔で男爵家の奥さまは私たちをモデルにと誘われた。

「お給金も出るんですか。」
「ちょっと幸子。失礼よ。すみません。奥さま。」

「いいえ。親御さんにも相談してからのほうがいいでしょう。その気になったら、いつでも屋敷の方へ行らしてね。」

車はゆっくりと私たちから離れていった。私たちがモデルとか信じられないけど、男爵家の奥さまのお誘いを断ることはできない。男爵さまは、町で1番偉いひとかた。お母さんたちに相談して行くと決めないとたらない。

「女学校の生徒さんだったわね。本当に可愛らしくて、あの子の標本にはピッタリだわね。」

「奥さま…。もうお終いになさったはずです。この前で終ったはずです。」

「黙りなさい。あの子が寂しがっているのよ。大事なあの子の友達を増やしてあげたいのよ」


数日後、丘の上のお屋敷に招かれた私たちは、お屋敷の中の大きな部屋に通され、奥さまを待った。

「まあ。いらっしゃい。可愛らしいモデルさんたち。お待ちしていたわ」

それから学校が終わると毎日、お屋敷へ通っている。奥さまがもう少しで絵が完成すると仰っていたある日、いつものようにお手伝いさんが紅茶を出してくださったのだが、紅茶のカップとソーサーの間に紙切れが挟まっているのに気づいた。驚いてお手伝いさんを見ると人さし指を立て唇に当ていた。

私たちは静かに紙切れを開く。

『もうここには来ないように。絵が完成したら、あなたたちは、ご子息の秘密の標本にされてしまいます。絵に閉じ込められてしまいます。』

『え!?」
「なにこれ…」

「この国で何百年も前から若いお嬢さんたちが何人も行方不明になっています。皆さん。ご子息の標本になってしまったのです。信じられないでしょう。信じなくても構いません。今日は体調がすぐれないと言ってお二人ともお帰りなさい。」

「帰ろう幸子。怖いよ。」
「え…。そうだね。」

お手伝いさんに案内され裏口を出た私たちは、奥さまにお会いすることなくお屋敷をあとにした。そう言えばいつから裏口を使うようになったのだろう。初めの日は玄関から入ったが次の日からはもう裏口を使っていた。考えると怖い。

あれから2週間が過ぎたが幸子はずっと学校を休んだままだ。心配になり幸子の家に行くと警察の車が停まっていた。

「やあ。君は幸子さんのお友達かな。警察です。幸子さんがいなくなってしまってね。君は心当たりはないかな?』

警察の方に聞かれ迷ったが、丘の上のお屋敷の話しをした。でも、誰も信じてくれない。きっと幸子は絵の中に閉じ込められてしまったのだ。どうして幸子はお屋敷へいったのだろう。
警察は私よりも、男爵家を信じているのだ。嘘のような話しだし、このままだと私が疑われるかもしれない。もう男爵家の話しはしてはいけない。誰にも。
私には幸子が無事に帰ってくるのを祈るしかできなかった。

「1人は誰かの悪知恵で逃してしまったわね。まあいいわ。もう1人は、こうしてあの子標本になったのだから。こんなに可愛らいお友達ができて良かたわね。ママも嬉しいわ。」

「申し訳けごさいません。奥さま。もうこれで終いにしてください」

大きな寝室の窓際の壁に1枚の絵画が飾られた。若い女性が1人パラソルを持ち、白いドレスを着てほほ笑んでいる。まるでウェディングドレス。よく見れば、窓際だけでなく壁一面に白いドレスを着た若い女性が描かれた絵画が飾られていた。

そして、寝室の中央のベットには白骨化した赤ちゃんくらいの大きさの何か置かれていた。

11/1/2025, 7:40:07 PM

凍える朝

寒い。寒い。毎日、毎日飽きずに降る雪。その雪を巻き上げブリザード。この町は、雪と氷に閉ざされた要塞だ。

町の人間は冬が過ぎるのを待つだけだったが、温泉が出てからは冬でも温泉目当ての観光客で賑わう町となった。

俺は山で木を切り、その木を薪にして温泉宿に売る仕事をしている。いわゆる山守りだ。山の木は管理しておかないと枝が伸び過ぎて、太陽の光が届かなくなる。そうなれば、小さな木の芽に光があたらず、新しい木が育たなくなる。山が衰えてしまう。
山を守るのが俺の仕事だ。

朝に家を出て、山に向かって歩き出す。
それにしてもよく降る雪だ。今年は、寒さが強く、雪も多いし、山の仕事には辛い日ばかりだ。

「あの。おはようございます。ここはいい街ですね。すみませんが、道が分からないので教えてもらってもいいですか。」

若い女だった。温泉にきた観光客だろう。こんな凍える朝から温泉巡りとはいい身分だ。そうだこの女にしよう。

「いいですよ。どこですか」

女が地図を見せようと一瞬背中を向けた時、俺は持っていた鎌を振り上げた。あとは振り下ろすだけだ。
何が温泉だ。温泉巡りだ。観光客目当てにあちこちの山を崩し、ホテルやレジャー施設を建てやがって!
俺がずっと守ってきた山が金儲けのために壊されていくのは許さん。

この前の女は、ギャア、ギャアうるさかったが、町で殺人がおきて温泉施設も休業となった。半年位は静かな町に戻ったが、時間が経てば、うようよと観光客がやってくる。
この女で4人目。また静かな町が取り戻せる。

鎌を振り下ろすために手に力を込めた時、女が振り返った。女の顔は、恐怖におののき叫び声を上げるかと思ったが、その顔は口角があがり、ニヤリと笑っていた。

「あんたが犯人だったのね。警察です。」

女の手にには拳銃が握られ、銃口が自分に向けられている。振り下ろす前に撃たれる。死にたくない。
鎌から手を離すしかなかった。なぜ、なぜ俺だとバレた。いつも早朝の誰もいない時間に殺っていたのに。目撃者なんていないはすだ。

「こんな凍える朝の犯行なんて、限られた人間しかいないなよ。あなたのように朝早くから山に仕事にでかける人間とかね。」

俺がいなくなったら誰か山を守るのか。

「町の人たちが山を守ってくれるわ、こんなに寒い町で暖炉の薪がないなんて考えられないでしょ。開発もこれ以上は進まない。人間はそんなに愚かではないわ。きっと。」

11/1/2025, 6:57:02 AM

光と影

俺の生きる世界は闇の世界。影の世界。
暗くジメジメした世界だ。それでも、この世界を恥じたこともなく、俺なりに楽しく生きている。家族もいる、友達もいる、食べる物もある。普通に生きている。

少し顔を出せば明るく光輝く世界が広がっている。そこに憧れはない。

「お母さん!おイモがたくさんあるよ。」

「本当ねぇ。頑張ってお芋掘りして焼き芋にしましようね。」

「わーい。焼き芋大好き。」

今日は、上の世界が騒がしい。俺たちの住処が掘り起こされていく。

やめろ!
危ないだろ!
そこは、俺たちの学校だ!

あ!友達が捕まった。助けたいけど、俺には無理だ。

「キャー。ミミズ〜」 

「ミミズがいる土地は土がいいのよ。美味しお芋ができているわよ。さあ、頑張りましよう。」

「はーい」

俺たちの世界が、学校が、住処が、破壊されていく。光の世界に住む人間によって壊されていく。
人間だけじゃあない。イノシシ、カラス、雀。俺たちの生活は色んな奴らに脅かされている。
だから、もっと深くに潜らないとならない。誰も来れない深い深い闇の世界へ。
光の届かない影の世界へ。

10/30/2025, 9:31:21 PM

そして、

「誕生日おめでとう!」

「おめでとう!」

「へ?あー。ありがとうざいます。」

今日もおばあちゃんから受け継いだ喫茶店には、ちょっと変わったお客さまがいらしゃる。

でも、今日は皆さんからのあいさつがいつもと違った。

「誕生日おめでとう!これ私が編んだのよ。良かったら使って」

「ワシが育てた野菜だ。誕生日のプレゼントだ。」

「それ、あんたが料理に出してもらいたいだけじゃろ。猫又。これももらっておくれよ。誕生日おめでとう!」

座敷童子さんに猫又さん。お狐さんは神社の木から削った櫛をくれた。

カラン、カラン。

そして、ぬらりひょんさんは手に一輪のガーベラを持ってお店にやってきた。

「これをバアさんにな。」

「え!ありがとうございます。」

そう。今日は私の誕生日ではなく、おばあちゃんの誕生日だ。皆さん、私の誕生日だと勘違いしている。でも、おばあちゃんもきっと喜んでいるはずだからナイショです。

「バカどもが、お前の誕生日は先月だ。」

ぬらりひょんさんが私にだけ聞こえる位の声で呟いた。
まあ。いいですよ。皆さん楽しそうだし。そう言えば、ぬらりひょんさんは私の誕生日にもコスモスを一輪くださいました。
先月も今日も嬉しです。

「何?!お前の誕生日は先月なのか?トホホ。息子が変な顔しとるわけじゃ。ぬらりひょん。お前はこの子のおばあさんが大好きだからな間違えんな。」

「な?!黙れ!目玉!」

ぬらりひょんさん、照れてますよ。優しくしてあげてくださいね。
今日はおばあちゃんの誕生日。皆なさんにお祝いしてもらって良かったね。

10/28/2025, 6:21:52 PM

おもてなし

ここは、おばあちゃんから受け継いだ小さな喫茶店。昼間は、サラリーマンや女性のグループがランチに来てくださるし、午後はケーキなど甘味もあり、近所の奥さま達が足を運んでくださいます。
夜は23時から店を開けるようにしています。毎日営業するのは無理なので、申し訳ないのですが、週に2日で不定休、つまり当日にならないと営業しているか分からないスタイルをとっています。でも誰からも苦情はありません。
だた、これからは、ちょっと変わったお客さんが来る時間となります。

「やあ、お嬢さん。今日は店を開けるのかい。嬉しいねぇ。」
こちらは、高下駄を鳴らしやってくる天狗さん。

「お!飯が食える日か。あんたの飯ウメェーよな。あとて店に行くからな。」
こちらは、近所の川からいらっしゃる河童さん。

「今日のご飯はなあに?ケーキある?今日は何ケーキ?」
こちらは、可愛らしいおかっぱ頭の座敷童子さん。

小さな喫茶店なので、5〜6人の入れば満席となってしまいます。このちょっと変わったお客さん達は、おばあちゃんの頃からの常連さんです。
他にも、唐傘さん、猫又さん、一反木綿さん、地蔵さん。などなど。皆さんよくいらっしゃる方達ばかりでありがたいことです。

今日は珍しくぬらりひょんさんがいらっしゃいました。いつも1番奥のカウンターに座り、コーヒーを飲んでいらっしゃいます。お食事はせずに「いつものコーヒー」です。静かに過ごす方です。

「またコーヒーが上手くなったな。あんたのバアさんのコーヒーに近くなってきた」

「嬉しいです。ぬらりひょんさん。おばあちゃんには及びませんが、心からおもてなしさせてもらいます。」

「うむ。」

「あいつカッコつけちゃってさあ。前の店長さんが初恋なんだろ?笑える。何百年も生きて初恋だってよ。」

あのあの、小鬼さん聞こえますよ。ぬらりひょんさんを怒らしてはダメと目玉さんに言われているので、お静かにお願いしたいです。

そうなんです。ぬらりひょんは、おばあちゃんが好きだったようで、おばあちゃんに会いにお店に毎日通い、「いつものコーヒー」を飲んでいたようです。
おばあちゃんが亡くなったばかりの頃は、寂しそうにコーヒーを飲んでいらっしゃいましたが、私がカウンター越しにおばあちゃんの話しをすると少し嬉しそうにしてくれます。心の傷が癒えてくれれば幸いです。おばあちゃんも喜んでくれるかな。

おばあちゃんとちょっと変わったお客さん達がなぜ知り合いかは、詳しくはわかりません。でも、おばあちゃんが子供の時に疎開していた田舎でぬらりひょんさんを助けたことがあったようです。そこから始まったようです。
ぬらりひょんさんは、おばあちゃんとの馴れ初めを絶対に話してくれないので、今度、目玉さんにでも聞いてみようかなと思っています。
怒らせてはいけないのでにナイショですよ。

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