まあ、もう、いいでしょう!
あなたの好きなところに行きましょう。何駅だって一緒に揺られましょう。これまでのこともこれからのことも一旦全部ほっぽり出して、肩の触れ合う距離で座りながら、目的地まで話しましょう。
何気ない会話で時を満たしながら、あんな人たちの顔なんて忘れてやるんです。代わりに、触れ合った肩の熱をどうか、覚えていてください。
流れゆく車窓の景色はきっと美しい。話疲れたら、ぼんやりとそれを眺めるのもいいでしょう。
余計なこと何一つ、気にしなくたっていいんです。
世間があなたをぞんざいに扱うなら、あなただって、世間をぞんざいにしていいじゃないですか。
だから逃げましょう、共に。私たち二人、気の済むまでのバカンスを。
『現実逃避』
今日はまた一段と寒いなと、冷え切った指先をさすりながら思った。ちらちらと視界に映る吐息は真っ白に染まっていて、それに比例するように、隣を歩くあなたの鼻先が赤い。
冷たさに身を打たれながら、私達は家路を急いでいた。
あなたの話に相槌を打ちながら、相変わらず冷えている指先をさすり続ける。時には握ったり、袖の中に隠してみたりして忙しなく動かしていると、「寒いの?」とあなたに尋ねられた。うんと首を縦にふる。何か温めるものは持っていないのかと続けて問われ、忘れたと答えれば、しょうがないなと笑ってあなたは右手を差し出した。
ぬくもった掌に再び冷気が触れる。交差点の角を曲がるあなたの背を見送って、私はカバンから手袋を取り出した。
『凍える指先』
痛みの中で生きてきた。私も、あなたも。
どうしようもないことが沢山あった。自分の力じゃ無理だった。誰かに頼ればよかったのかもしれない。けれど、そんな寄る辺はどこにもなくて、ただ変わらずにある現状に引き潰されていくしかなかった。
私達はずっと雪原の中にいて、寒さに肺を刺されながら、ふやけきった足の裏を地面に押し付け歩いている。
蹲ってしまいそう。
でも、それでもまた一歩踏み出そうとするのは、まだ隣にあなたがいてくれるからだ。
傷だらけのあなた。私とよく似たあなた。この広い銀世界に緑が見えた時、きっとあなたは報われるだろう。
その時、私も共に、あなたと光のもとへ駆けてゆきたい。
ね、あなた、どこまでも歩んでいきましょうね。春がどこからくるのかなんて、私達まだわからないままだけど、二人共にいるならば、この左手だけは温かいから。
『雪原の先へ』
私とあなたはまるで違う。
あなたはよく笑う。その薄い唇を目一杯引き延ばしながら、大口を開けて転がるように笑う。話すのが好きで放っておけばいつまでも私に喋り倒してくるし、いかんせん素直な性格だから、人の言うことをすぐ真に受けてはよく揶揄われている。けれどあなたは人が好きで、相手が困っているのなら、たとえそれが過去自分に手酷いことをした相手でも、最後には手を差し伸べてしまうような人間なのだ。
本当に私のようなろくでなしとは似ても似つかない。
共にいて、私が惨めになる程には。
それでもこの寒空の下、私とあなたの吐いた息の白さがお揃いだから、嗚呼、やはり私達は同じ人間なのだと実感する。
いつか心まで同じになれるだろうか。そんなありもしないことを考えながら、あなたの白い吐息を眺めた。
『白い吐息』
ふと思い出すことがある。あの日あの時、共に過ごした彼らは元気だろうか、と。
幸福な日々だった。愛する人々に、躊躇いなく愛してると言えた場所。人目なんて気にせず笑った時間。意味もなくくっつけあった肩の温度が心地よくて、暑い暑いと口では言いながら、決して離れようとはしなかったあの夏の日。
本当に満ち足りていた。
けれどもう二度と、同じ笑顔が揃うことはないのだろう。
時が流れる中で、私も彼らも少しずつ変わっていってしまった。
昔は馬鹿笑いして話したあの話題。久々に口に出した時、私に帰ってきたのは恥じるような苦笑いだけだった。
嗚呼だけど、それでも、
私は確かに彼らを愛した。私もまた、彼らに愛されていた。それだけは変わることのない事実だ。
胸の奥、光るものがある。彼らだ。私達が共に歩むことはきっともうできないけれど、彼らは私の胸の中、どこまでも寄り添って輝き続けてくれる光となった。
この光がある限り私はきっと生きて行けるだろう。願わくば彼らにとって、私もそうでありますように。
『消えない灯り』