悪役令嬢

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10/4/2025, 6:00:28 AM

『誰か』

「これでとどめだ、ヴァラク」

激しい死闘の末、ライオカスは魔王ヴァラクを聖石の祠に封じ込めることに成功した。血と汗に塗れた英雄の顔に、安堵の光が宿る。だが散り際、魔王は黒い血を吐きながら憎々しげに囁いた。

『いずれ貴様の愛するものを全て奪い、地の底へと叩き落としてやる』

――

古都エルドラン。純白の建物が立ち並び、
清らかな水路が街を巡り、花々が咲き誇る光の街。

塔の最上階から街を見下ろしながら、ライオカスは
己の誓いを忘れぬよう胸に刻んでいた。
――この街を必ず守る。己の命に代えても。

「父上、ここにおられましたか」

背後からかかる声に振り返れば、
息子のエディウスが立っていた。

「何か用か」
「急ぎではありません。ただ……久しぶりに、
二人で食事でもどうかと思いまして」

期待と緊張が入り混じる声で笑みを浮かべる息子。
だがライオカスは、わずかに目を伏せて首を振った。

「これから警備に向かう。ヴァラクの残滓は常に揺さぶりをかけてくる。休む暇はない」
「……ええ、けれど父上もお疲れでしょう。
少しは――」

エディウスはそっと手を伸ばし、父の肩に触れようとした。しかしライオカスは、それを避けるかのように身を引いた。

「用が済んだのなら、もう下がれ」

冷たい言葉に、息子の笑顔は凍りつく。
宙をさまよう指先。喉まで出かかった言葉は、
声にならなかった。

――

その夜、ライオカスは悪夢にうなされた。
街を覆い尽くす黒い影、炎に呑まれる建物、魔物の群れ、人々の叫び声――ヴァラク襲撃の日と同じ終焉の光景。

飛び起きた彼は窓の外を見た。
空は赤く染まり、黒煙が立ち上っている。

「まさか……」

ライオカスは外套も羽織らず飛び出した。

神殿にたどり着くと、入口の扉は開け放たれ、
警備の守り人たちは血を流し倒れていた。
幾重にも張られたはずの結界は、何者かの手によって解除され機能していない。

ライオカスは封印の間へと急いだ。
部屋の中央には祠と巨大な魔法陣が刻まれ、周囲には七つの結界石が配置されていたはずだ。
だが今、祠は打ち倒され、聖石は全て砕け散り、
魔法陣は黒く煤けていた。

「なんということだ……」

誰かが封印を解いた。一体誰が、これほどの魔力を持ち、この厳重な警備を潜り抜けられたというのか。

この場に立ち入れる者は限られている。
胸の奥に冷たい予感が広がった。

――

塔の最上階。

「ようやく来てくれましたね、父上」
「お前が封印を解いたのか」
「ええ」

エディウスは振り返り、微笑んだ。その顔はかつて父に褒められた少年の笑顔と同じでありながら、今は狂気に満ちていた。

「愚かな……お前にはこの街を守る者の血が流れているだろう!」
「そんなものに何の意味があるんです?」

エディウスの瞳が爛々と燃える。

「僕はただ、父上に見てほしかった。けれどあなたは、――誰か、名もない者のように僕を扱った」

ライオカスの胸に鈍痛が走る。思い出す。小さな手を取り、剣を教えた日々。母を亡くした子を支えると誓ったあの頃。だが、使命を理由に、いつしか彼を遠ざけていた。

「ある時、祠から声が聞こえました。ヴァラクは僕を理解してくれた。……あなたには決してできなかったことだ」

黒い霧が溢れ出し、エディウスの身体を包む。

「お前はヴァラクに唆されているんだ。正気に戻れ、エディウス!」

ライオカスは剣を抜くが、その手は震えていた。
目の前の存在は、魔王か。それとも息子か。

「あなたは何も知らない。誰のことも愛していないから」

――

やがて、ライオカスは血を流し、膝をついた。
エディウスは父の身体を抱き起こすと、崩壊する街を見せつけるように手すりへと連れて行く。

「ご覧ください、父上。かつてあなたが守り抜いた街の末路を」

空が裂け、川が血のように赤く染まり、純白の建物が炎に呑まれていく。平和の都は、一瞬にして混沌の牢獄へと変貌した。

『これから貴様の愛したものが失われていく様を、
我が隣で眺めるがいい』

永遠に――。
ヴァラクとエディウスの声が、重なり合う。

ライオカスはなおも剣を握ろうとしたが、もう腕に力は残っていない。ただ、血に濡れた唇から、ひとつの名だけがこぼれ落ちた。

「……エディウス……」

その声に、魔王の瞳がかすかに揺らめいた。

9/25/2025, 5:25:07 PM

『パラレルワールド』

私の名前は畑飛夏子(ばたぴぃなつこ)。
現在友達とカフェでお茶の最中だ。

「夏子またスマホ見てる」
友人がふてくされた顔で苦言を申す。
「あっ、ごめんごめん!」

最近は誰かとの会話の途中でもスマホを度々確認するようになった。理由は、SNSで通知が来てないか
チェック。しかし思うような成果が得られず、
はぁと小さくため息を零した。

バズりたい。人気者になりたい。チヤホヤされたい。
今の私の心にはその野心だけが燃えていた。

だけど私の特技と言ったら
「鼻でピーナッツを吹き飛ばす」くらいしかない。
早速、動画を撮ってSNSに挙げてみたところ、

RT:0 ふぁぼ:2

「くっ、全然増えてない……!」

なけなしのふぁぼは相互フォロワーさんの
同情いいね。私はスマホを片手に頭を抱えた。

世の中には可愛かったり絵や歌が上手かったり
お金持ちだったり、自分の上位互換が星の数ほど
存在する。私なんてそもそも見向きもされないのだ。

「世の中って上手くいかないことばかりだな~」

鏡台の前でぼやいていると、
鏡に映る自分が突然話しかけてきた。

『有名になりたいか?』
「えっ?」

そして手を引っ張られ、鏡の中に引きずり込まれた。

-----

どうやら気を失って倒れていたらしい。
しかし、寝ている間に大きく変わったことがあった。

私が挙げた「鼻でピーナッツを吹き飛ばす」動画が
大バズりし、トレンド入り、
フォロワーが1億2000万人にまで増えていたのだ!

「うっそでしょ〜!?」

テレビでも紹介され社会現象となるほどに広まり、
街中ピーナッツだらけとなった。コンビニに売られていたバタピーは売り切れ続出で品薄状態、子どもたちは鼻でピーナッツ投げ合う「ナッツ飛ばしごっこ」に夢中になっている。

街では「鼻でピーナッツ吹き飛ばして〜!」と
声をかけられ、今や立派な有名人となった私。

「あ〜、チヤホヤされるって最高〜♪」

しかし人気にはアンチもつきもの。「つまらない」「汚い」「下品」「はやく流行終わって欲しい」などと否定的なコメントがつくようになった。

「どうせリアルが上手くいっていない奴らが
嫉妬してるんだろうな。みじめみじめ〜w」

そんなある日のこと、ライバル的存在が生まれた。
なんでも耳でバナナを剥くことができるとか。
早速、動画を確認してみたところ、そいつはまるで
手のように器用に耳を動かしてバナナの皮を
スルスル〜っと剥いていたではあるまいか。

世間のトレンドは鼻バタピーから一気に
耳バナナへと変わった。

くやしい!くやしい!くやしいっ!

そんな時、テレビに出てみないかと出演オファーが
DMに届いた。内容は、

『鼻でピーナッツを吹き飛ばす女子高生VS耳でバナナを剥くYouTuber〜頂上決戦〜』

「よしゃ!絶対勝ってぎゃふんと言わせてやる!」

テレビ局のスタジオは熱気でムンムン。
観客席からは「鼻ピー女王〜!」「がんばれ!」と
声援が飛び交う。

「それでは、始めましょう〜!」

司会者の合図と共に、私は渾身の力を込めて
鼻からピーナッツを……

プシュッ

「あれ?」

ピーナッツが鼻の奥に詰まって出てこない。

「え、えーっと……」

焦った私は必死に鼻をかむが、ピーナッツは頑として
動かない。一方、ライバルの耳バナナ女王は
華麗にバナナを剥き続ける。

「ちょ、ちょっと待って!」

パニックになった私は、床に散らばったバナナの皮で
ツルッと足を滑らせて……

「うわあああああ〜!」

ドッシャーン!

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気がつけば自分のベッドの上にいた。
どうやら元の世界に戻っていたらしい。
街中にピーナッツは散らばってもないし、以前の
なんてことないどこにでもいる一般人に元通り。

「はぁ〜、夢だったのか……」

ホッとしてスマホを確認すると、例の鼻ピーナッツ
動画はやっぱりRT:0 ふぁぼ:2のまま。

「まあ、こんなもんよね」

小さくため息をつきながらも、
心のどこかで安堵していた。

後日、私は友人とまたカフェでお茶していた。
以前のように、会話の途中でスマホを
その都度確認することはなくなった。

「SNSでバズりたいってのはどうなったの?」
「もういいや。なんか疲れちゃって」

大いなる人気には、大いなるプレッシャーが伴う。
そうパラレルワールドで学んだのであった。

9/24/2025, 8:15:11 AM

『僕と一緒に』

やらかした。
まさか自分がこんな醜態をさらすとは。

腹の傷を押さえながら、重たい身体を引きずる。
運悪くヴァンパイアハンターに遭遇し、
あろうことか深手を負ってしまった。

いつもなら返り討ちにできたはずだ。
だが――今宵は新月。
吸血鬼の力が最も弱まる夜。まったくついていない。

そうして辿り着いたのは、森の奥にひっそりと佇む
古びた教会。ひび割れた石畳、崩れかけた祭壇。
ただ一枚、色褪せぬステンドグラスだけが
月光を受けて、堂内を幻想的に照らしていた。

指先から力が抜け、その場に崩れ落ちる。
忌まわしい神の御許に膝をつくとは
――なんとも皮肉だ。

ふと、視界の端に影が差す。
ぴんと立つ耳、揺れる尻尾、
チャリ、と床を打つ爪の音。犬ではない。狼だ。

ああ、獣に喰われるか。それもまた一興。

だが次の瞬間、狼は揺らめく影と共に
青年の姿へ変わった。金色の瞳が闇に光る。

「おまえ、怪我してる」

耳元で低い声が響く。

「死にたいのか?」

掠れた声で、かろうじて答えた。

「……生き、たい」

その言葉はあまりにも弱々しく、
我ながら自分らしくない。

青年――人狼は一瞬だけ躊躇したように眉を寄せ、
それから首筋を差し出した。

獣の匂いに混じる、どこか澄んだ芳香。
抗いがたい渇望が込み上げる。

ごくりと喉が鳴った。

あの夜、口にした人狼の血は酩酊するほど甘美で、
これまでのどんな人間の血よりも格別だった。



それからだ。この寂れた教会に、
しばしば足を運ぶようになったのは。
目的は言うまでもない。あの黒狼だ。

「また来たのか」

マントを翻して降り立つと、
彼は決まって呆れ声を洩らす。
その素っ気ない反応さえ、妙に気に入っていた。

「なあ、どうしてあの夜、僕を助けた?」

気になっていたことを尋ねると、
人狼は視線を逸らした。

ステンドグラスを透かした光が、
精悍な横顔を青や赤に染める。

「……ご主人が、困っている人がいたら
助けてあげなさいと言っていたから」

ご主人――かつてこの教会に仕えていた
人間のことだという。
人狼は居場所を与えてくれた主に敬意を抱き、
その帰りを今も待っているのだとか。

「あの人は話してくれた。教会に来る者は皆、
神の子だと」

神の子、ね。
思わず笑みが零れた。

まったく反吐が出る。
人狼という吸血鬼にとって宿敵とも言える相手が、
人間の言葉に縛られ続けているとは。

気づけば口をついていた。

「僕と一緒に来ないか?」

天気の話でもするように軽く言ったつもりだった。
だが、声の端に熱が滲んでしまったかもしれない。

人間の娘を誘う時なら、もっと余裕を持って微笑めるのに――この狼の前では、どうにも上手くいかない。

金色の瞳がわずかに揺れ、彼は唇を噛んだ。
一瞬、答えを迷うように拳を握る。
だがやがて、静かに首を横に振った。

「……おまえとは一緒に行けない」

拒絶の言葉に胸が刺される。
だが、視線の奥に確かな動揺を読み取った僕は、
口角を上げた。

「いいさ。答えは急がなくていい」
強がりを隠すように肩をすくめる。

「どうせ僕らは長生きだからね」

風が吹き抜け、ステンドグラスがわずかに震えた。
色とりどりの光が、二人の影を重ねる。

時間がかかってもいい。
いつか必ず、振り向かせてみせる。

永い永い夜は、まだ始まったばかりなのだから。

8/19/2025, 8:10:12 PM

『なぜ泣くの?と聞かれたから』

悪役令嬢は演劇鑑賞のため、箱馬車に揺られていた。
馬の蹄の音と共に、緑豊かな木立の道を抜けると、
農家が点々と立ち並ぶ
のどかな田舎の風景が広がっている。

そんな中、ふと目に留まるものがあった。

「ちょっと止めていただけませんか?」

御者に声をかけて馬車を停めてもらい、
外へと降り立つ悪役令嬢。

大きな樫の木の陰で、小さな女の子が一人、
顔を隠して泣いていた。近くの農家の子だろうか。

「可愛らしいお嬢さん、なぜこのようなところで
泣いておられるのですか?」

振り返った女の子は、ブロンドの髪を三つ編みに
結い、黒い瞳を涙で濡らしていた。

「トミーが死んじゃった……」
「トミー?」

飼っていた赤ちゃんヤギの名前だという。
元気で甘えん坊、短いしっぽを振り振りしながら、
めぇめぇと鳴く愛らしい子。
生まれてきた喜びを全身で表すように、
小さな体でぴょんぴょんと地面を蹴って跳ねていた。

女の子はキャロライン――キャリーと名乗った。

小さな拳で赤くなった目元を擦るキャリーに、
悪役令嬢は絹のハンカチを差し出す。
少し戸惑いながらも受け取ったキャリーは、
そっと顔を拭った。上品な花の香りがふわりと漂う。

キャリーは亡くなった子ヤギを、たった今埋めてきたのだという。案内されるとそこだけ土が盛り上がり、
小石を並べて作った小さな墓標が立てられていた。

二人は近くに咲いていた野花を摘み、
トミーの小さなお墓へと手向けた。

「菩提を弔うことは、死者の魂への救済ですのよ。
あなたの祈りのおかげで、トミーはきっと天国で
幸せに暮らしていけますわ」

「うん……」

キャリーは愛するトミーへ、静かに祈りを捧げた。

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「ところで、あなたお腹は空いていませんか?」

悪役令嬢の言葉に、こくりと頷くキャリー。
朝から何も口にしていなかった。その反動が
今になってやってきて、お腹の虫がぐうと鳴る。

悪役令嬢は竹の皮に包まれた何かを取り出した。
包みを開くと、三角の白いものが三つ、
行儀よく並んでいる。

「これはおにぎりですのよ」
「おにぎり?」

初めて聞く名前だ。未知の食べ物に興味を示す
キャリーに、悪役令嬢は三つの中から好きなものを
選んでよいと言った。

「実は一つだけ”当たり”が入っているのですわ。
くれぐれもそれを引かないよう、
気をつけてくださいまし」

キャリーは迷わず真ん中のおにぎりを選んだ。
恐る恐る口をつけてみると、今まで食べたことのない
優しい味が口の中に広がった。

「おいしい……」

「それは鰹節――おかかですわね。
気に入っていただけて何よりですわ」

そうしておにぎりの味を堪能していると――

「ゴホッ、ゴホッ、ゴホォォッ!」

キャリーの隣で、
お姉さんが激しく咳き込んでいた。

「大丈夫?どうして泣いてるの?苦しいの?」

「お、おほほほほ!なんでもありませんわ! 
ご心配には及びませんことよ!」

心配そうに声をかけるキャリーと、涙目になりながら
ハンカチで口元を押さえる悪役令嬢。

悪役令嬢が引き当ててしまった”当たり”――
それは、キャロライナリーパーの粉末入り
激辛おにぎりであった。朝方、執事やメイドたちと
一緒におにぎりを握っていた時、
ふと変わり種に挑戦してみようと思いついたのだ。

自ら掘った墓穴に自分が落ちる羽目となり、
悪役令嬢は猛烈に後悔した。

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謎の美しいお姉さんに励まされ、美味しいご飯も
食べて、キャリーの心には先ほどよりも
ほんの少し、温かな光が灯っていた。

8/18/2025, 8:10:07 PM

『足音』

「ねえ、知ってる?」

放課後の帰り道。制服姿の少女が、
隣を歩く友人に声を潜めて囁いた。

「昔、この辺りで若い女性が通り魔に襲われてね、
身体を真っ二つに切り裂かれて殺されたんだって」

「え、やだ、こわ」

「しかもね――上半身は下半身を、下半身は上半身を
探して今も夜道を彷徨っているらしい」

「本当そういうの無理だから」

ぞっとする話を交わすうちに、
二人は分かれ道に差しかかった。

「じゃあ、私こっちだから」
「うん、また明日。気をつけてね!」

一人になった途端、心細さに襲われる。

チカチカと不規則に点滅する街灯。
頬を撫でる生ぬるい夜風。

もとより人通りの少ないこの道は、
今夜に限って一層薄暗く不気味に思えた。

さっきの話のせいだろうか。
背筋がざわざわと逆立ち、落ち着かない。

歩みを速めた、その時だった。

ヒタ、ヒタ……

濡れた素足で地面を踏むような音が、
背後から忍び寄ってくる。

ヒタ、ヒタ……ヒタ、ヒタ……

振り返ってはいけない。そう分かっているのに、
恐怖に抗えず首が勝手に動いていた。

そこにいたのは——
腰から下だけしかない人間の下半身。

白いスカートが風に揺れ、素足が夜道を進むたび、
湿った音がヒタヒタと響く。

気配に気づいたのか、その下半身は突然
こちらへ向かって駆け出した。
上半身がないのに、なぜか一直線に。

「きゃあああ!!!」

喉を裂く悲鳴と共に死に物狂いで駆け出した。
息が途切れ、肺が焼け付き、足が悲鳴を上げても、
立ち止まるわけにはいかない。

背後から迫る足音は、どんどん距離を詰めてくる。

もう、逃げきれない——

諦めかけたその時、

ビターンッ!!!

肉が地面に叩きつけられる生々しい音。
恐る恐る振り返ると、あの下半身が地面に這い
つくばり、足をばたつかせて必死にもがいている。

「早くお逃げなさい」

闇の中から現れた一人の男性が、
救いの手を差し伸べるように声をかけてきた。

「あ、ありがとうございます……!」

震える声で礼を言い、男性に促されるまま
一目散に家まで逃げ帰った。

玄関に飛び込み、扉を閉めて鍵をかけて、
その場に崩れ落ちる。
まだ心臓は早鐘のように脈打っていた。

あれは一体何だったのか。
あの男性は無事なのだろうか。

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とある洋館の地下室。

「また逃げ出して……君は本当に手のかかる子だ」

男は深いため息を洩らしながら、
ベッドの上で暴れる下半身を見下ろした。

足首には革製の拘束具が巻かれ、
両端の金具にしっかり固定されている。

彼女——下半身だけになってしまった彼女の脱走は、
今に始まったことではない。

手がないにも関わらず、器用に部屋を抜け出す能力と
執念深さには、ある意味感心していた。

「でも、もう少し大人しくしてもらわないと」

男は懐からスタンガンを取り出し、
白い太ももに押し当てる。

電流が走ると、下半身はびくびくと痙攣し、
やがて人形のように力なく横たわった。

「やっぱり女の子は従順な方が可愛いね」

恍惚とした声で呟きながら、
男は絹のように滑らかな足に顔を擦り付けた。

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