悪役令嬢

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『なぜ泣くの?と聞かれたから』

悪役令嬢は演劇鑑賞のため、箱馬車に揺られていた。
馬の蹄の音と共に、緑豊かな木立の道を抜けると、
農家が点々と立ち並ぶ
のどかな田舎の風景が広がっている。

そんな中、ふと目に留まるものがあった。

「ちょっと止めていただけませんか?」

御者に声をかけて馬車を停めてもらい、
外へと降り立つ悪役令嬢。

大きな樫の木の陰で、小さな女の子が一人、
顔を隠して泣いていた。近くの農家の子だろうか。

「可愛らしいお嬢さん、なぜこのようなところで
泣いておられるのですか?」

振り返った女の子は、ブロンドの髪を三つ編みに
結い、黒い瞳を涙で濡らしていた。

「トミーが死んじゃった……」
「トミー?」

飼っていた赤ちゃんヤギの名前だという。
元気で甘えん坊、短いしっぽを振り振りしながら、
めぇめぇと鳴く愛らしい子。
生まれてきた喜びを全身で表すように、
小さな体でぴょんぴょんと地面を蹴って跳ねていた。

女の子はキャロライン――キャリーと名乗った。

小さな拳で赤くなった目元を擦るキャリーに、
悪役令嬢は絹のハンカチを差し出す。
少し戸惑いながらも受け取ったキャリーは、
そっと顔を拭った。上品な花の香りがふわりと漂う。

キャリーは亡くなった子ヤギを、たった今埋めてきたのだという。案内されるとそこだけ土が盛り上がり、
小石を並べて作った小さな墓標が立てられていた。

二人は近くに咲いていた野花を摘み、
トミーの小さなお墓へと手向けた。

「菩提を弔うことは、死者の魂への救済ですのよ。
あなたの祈りのおかげで、トミーはきっと天国で
幸せに暮らしていけますわ」

「うん……」

キャリーは愛するトミーへ、静かに祈りを捧げた。

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「ところで、あなたお腹は空いていませんか?」

悪役令嬢の言葉に、こくりと頷くキャリー。
朝から何も口にしていなかった。その反動が
今になってやってきて、お腹の虫がぐうと鳴る。

悪役令嬢は竹の皮に包まれた何かを取り出した。
包みを開くと、三角の白いものが三つ、
行儀よく並んでいる。

「これはおにぎりですのよ」
「おにぎり?」

初めて聞く名前だ。未知の食べ物に興味を示す
キャリーに、悪役令嬢は三つの中から好きなものを
選んでよいと言った。

「実は一つだけ”当たり”が入っているのですわ。
くれぐれもそれを引かないよう、
気をつけてくださいまし」

キャリーは迷わず真ん中のおにぎりを選んだ。
恐る恐る口をつけてみると、今まで食べたことのない
優しい味が口の中に広がった。

「おいしい……」

「それは鰹節――おかかですわね。
気に入っていただけて何よりですわ」

そうしておにぎりの味を堪能していると――

「ゴホッ、ゴホッ、ゴホォォッ!」

キャリーの隣で、
お姉さんが激しく咳き込んでいた。

「大丈夫?どうして泣いてるの?苦しいの?」

「お、おほほほほ!なんでもありませんわ! 
ご心配には及びませんことよ!」

心配そうに声をかけるキャリーと、涙目になりながら
ハンカチで口元を押さえる悪役令嬢。

悪役令嬢が引き当ててしまった”当たり”――
それは、キャロライナリーパーの粉末入り
激辛おにぎりであった。朝方、執事やメイドたちと
一緒におにぎりを握っていた時、
ふと変わり種に挑戦してみようと思いついたのだ。

自ら掘った墓穴に自分が落ちる羽目となり、
悪役令嬢は猛烈に後悔した。

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謎の美しいお姉さんに励まされ、美味しいご飯も
食べて、キャリーの心には先ほどよりも
ほんの少し、温かな光が灯っていた。

8/19/2025, 8:10:12 PM