悪役令嬢

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『足音』

「ねえ、知ってる?」

放課後の帰り道。制服姿の少女が、
隣を歩く友人に声を潜めて囁いた。

「昔、この辺りで若い女性が通り魔に襲われてね、
身体を真っ二つに切り裂かれて殺されたんだって」

「え、やだ、こわ」

「しかもね――上半身は下半身を、下半身は上半身を
探して今も夜道を彷徨っているらしい」

「本当そういうの無理だから」

ぞっとする話を交わすうちに、
二人は分かれ道に差しかかった。

「じゃあ、私こっちだから」
「うん、また明日。気をつけてね!」

一人になった途端、心細さに襲われる。

チカチカと不規則に点滅する街灯。
頬を撫でる生ぬるい夜風。

もとより人通りの少ないこの道は、
今夜に限って一層薄暗く不気味に思えた。

さっきの話のせいだろうか。
背筋がざわざわと逆立ち、落ち着かない。

歩みを速めた、その時だった。

ヒタ、ヒタ……

濡れた素足で地面を踏むような音が、
背後から忍び寄ってくる。

ヒタ、ヒタ……ヒタ、ヒタ……

振り返ってはいけない。そう分かっているのに、
恐怖に抗えず首が勝手に動いていた。

そこにいたのは——
腰から下だけしかない人間の下半身。

白いスカートが風に揺れ、素足が夜道を進むたび、
湿った音がヒタヒタと響く。

気配に気づいたのか、その下半身は突然
こちらへ向かって駆け出した。
上半身がないのに、なぜか一直線に。

「きゃあああ!!!」

喉を裂く悲鳴と共に死に物狂いで駆け出した。
息が途切れ、肺が焼け付き、足が悲鳴を上げても、
立ち止まるわけにはいかない。

背後から迫る足音は、どんどん距離を詰めてくる。

もう、逃げきれない——

諦めかけたその時、

ビターンッ!!!

肉が地面に叩きつけられる生々しい音。
恐る恐る振り返ると、あの下半身が地面に這い
つくばり、足をばたつかせて必死にもがいている。

「早くお逃げなさい」

闇の中から現れた一人の男性が、
救いの手を差し伸べるように声をかけてきた。

「あ、ありがとうございます……!」

震える声で礼を言い、男性に促されるまま
一目散に家まで逃げ帰った。

玄関に飛び込み、扉を閉めて鍵をかけて、
その場に崩れ落ちる。
まだ心臓は早鐘のように脈打っていた。

あれは一体何だったのか。
あの男性は無事なのだろうか。

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とある洋館の地下室。

「また逃げ出して……君は本当に手のかかる子だ」

男は深いため息を洩らしながら、
ベッドの上で暴れる下半身を見下ろした。

足首には革製の拘束具が巻かれ、
両端の金具にしっかり固定されている。

彼女——下半身だけになってしまった彼女の脱走は、
今に始まったことではない。

手がないにも関わらず、器用に部屋を抜け出す能力と
執念深さには、ある意味感心していた。

「でも、もう少し大人しくしてもらわないと」

男は懐からスタンガンを取り出し、
白い太ももに押し当てる。

電流が走ると、下半身はびくびくと痙攣し、
やがて人形のように力なく横たわった。

「やっぱり女の子は従順な方が可愛いね」

恍惚とした声で呟きながら、
男は絹のように滑らかな足に顔を擦り付けた。

8/18/2025, 8:10:07 PM