悪役令嬢

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9/12/2024, 5:45:03 PM

『本気の恋』

「本日の紅茶は、サンガルシュ産の
アッサムティーでごいます」
「ありがとうございますですわ、
セバスチャン」

お気に入りのテラスの定位置で、濃厚な味わい
と深い赤が特徴のアッサムティーに
癒される悪役令嬢。

馨しい香りを堪能していると、どこからか
可愛らしい小鳥のさえずりが聞こえてきました。

庭に立つニレの木からです。

「ここからではよく見えませんわ」
「こちらをどうぞ」

セバスチャンが咄嗟に双眼鏡を取り出し、
悪役令嬢に手渡します。

彼女はその中を覗き込み、鳴き声のする方を
探っていると、橙色の胸を持つ小鳥が
枝にとまり、小さなくちばしをせいいっぱい
開いて喉を震わせ歌う姿を発見しました。

「む、あれはもしやピー助ではありませんか」

ピー助とは、庭に植えられたベリーや、
掘り起こされた土から現れる虫を
目当てにやって来るコマドリです。

人懐こく好奇心旺盛な性格で、庭仕事をして
いると、すぐに近寄ってきて、周りをちょろ
ちょろと歩き回ったり、木の上から
興味深そうにこちらを観察したりします。

ピー助の近くには、もう一羽のコマドリが
寄り添っていました。

「おそらく、メスに求愛しているのでしょう」

「まあ、あのピー助が……」

セバスチャンの言葉に、悪役令嬢は驚きつつ
も納得しました。以前は、彼女の手からパン
くずをついばんでいたピー助が、最近では
それをしなくなっていたのです。

きっと、繁殖期で気が立っていたのでしょう。

彼らは、誰に教えられたわけでもなく、
求愛して、巣を作り、雛が成長するまで
育てるのですから誠に立派なものです。

「上手くいくといいですわね」
「はい。そうですね」

悪役令嬢の言葉に、
穏やかに微笑み返すセバスチャン。

コマドリの美しい歌声が庭園に響き渡る中、
二人は静かに小鳥たちの本気の恋を
見守るのでありました。

9/4/2024, 5:00:32 PM

『きらめき』

「素敵な夜でしたわ」

父の友人であるストリゴイ伯爵の誘いを受け、
リストランテで優雅なディナーを楽しんでいた
悪役令嬢。

舌先にソーテルヌの甘美な味が広がる中、
伯爵は上等な白いテーブルクロスの上に
小さな箱をそっと置いた。

「あら、これは何かしら?」
「魔法のかかった液体。
女性を一層美しくする秘薬ですよ」

その液体は、貴族の女性やオペラ座の歌手
たちの間で最近流行している希少な薬だという。
何でも一滴目に垂らせば、
瞳にきらめきを与える代物だとか。

「ありがとうございます、伯爵」

悪役令嬢が微笑むと、ストリゴイ伯爵もまた
鋭い牙をちらりと見せながら微笑み返した。

リストランテを出ると、
夜風が火照った体を冷やし、
悪役令嬢はくるくると踊るように舞った。

そんな彼女に、ストリゴイ伯爵が
優雅に声をかける。

「この後、もしよければ我が屋敷で
一杯いかがかな?」

その時、屋敷から迎えの箱馬車が現れ、中
から燕尾服を纏った銀髪の執事が降り立った。

「お迎えにあがりました、主」

「まあ、セバスチャン。それでは伯爵、
お先に失礼いたしますわ」
「ふむ、残念だ」

伯爵は肩をすくめ、
彼女の両頬に軽くキスをして別れを告げた。

屋敷に戻った悪役令嬢は、湯上がりに化粧着
を纏い、ストリゴイ伯爵から贈られた小箱の
包みを丁寧に剥がしてみせた。そこには、紫を
基調とした美しいガラス製の小瓶が現れた。

「それは一体……?」

カモミールティーを持ってきた
セバスチャンの視線が、小瓶に注がれる。

「伯爵からいただいた点眼薬ですの。
目に垂らすと、瞳にきらめきを与えるとか」

悪役令嬢が小瓶の蓋を開けると、
セバスチャンが静かに声をかけた。

「主、お使いにならないほうがよろしいかと」

「あら、もしかして私が殿方から贈り物を
されて、嫉妬していますの?」
「違います」

期待を込めた冗談にも、セバスチャンは
きっぱりとした口調で否定する。

落胆した様子で肩を落とす悪役令嬢だったが、
彼に頼まれて小瓶を差し出すと、
セバスチャンはそれをくんくんと嗅いだ。

「これはベラドンナです」

ベラドンナ──光沢のある黒い実をつける
毒性の強い植物。アトロピンの作用で瞳孔が
開き、瞳にきらめくような美しさを演出する。
しかし、開いた瞳孔が元に戻らなくなったり、
錯乱状態になったり、最悪の場合は
失明するという恐ろしい副作用を持つ。

「こんなものが流行っているとは……」

かつては、ヒ素で作られたエメラルドグリーン
のドレスが流行した時代もあった。

「女性はいつの時代も、美しさを求めて、
あらゆる危険に手を伸ばすものですわ」

悪役令嬢はその言葉を噛みしめるように、
そっとベラドンナの小瓶を閉じた。

8/26/2024, 10:45:21 PM

『私の日記帳』

あたしの名前はモブ崎モブ子!
私立ヘンテコリン学園に通う高校一年生。

現在、あたしはパンダ保護施設で
アルバイトをしています。

事の発端は夏休みが始まる前に遡る────

「職業体験?」

担任から説明された内容は、大きなサイコロを
投げて出た目の仕事を体験するものだった。

牧場体験、ジャスタウェイ製造、メイド喫茶、
パンダ飼育員、着ぐるみの中の人、カニ漁船…

(カニ漁船だけは嫌だ!カニ漁船だけは嫌だ!)

期待と不安が入り交じる中、
クラスのみんながサイコロを投げていく。

あたしが引いたのはパンダ飼育員。
ホッするモブ子の近くで、高飛車お嬢様が
取り巻きたちと話す声が聞こえてきた。

「メア様…本当に大丈夫ですか?」

「オーホッホッホ!ぜーんぜんへっちゃらですわ。
私が皆さまにカニをお土産に持って帰ってきて
差し上げましょう」

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

檻の中を掃除していると、赤ちゃんパンダが
ぷーぷーと鳴きながらモブ子の足に
すがりついて来たではないか。
その姿はまるで動くぬいぐるみ。

「ん〜?どうちたんでちゅか~♡?
遊んでほちいんでちゅか〜♡?」

人は可愛い生き物を前にすると
知能指数が著しく低下してしまうのだ。

バイトを終えたモブ子が街中を
歩いていると、炎天下のもと風船を片手に
子ども達からガシガシと蹴られている
クマの着ぐるみを発見。

(うわあ、この暑い中よくやるなあ)

遠くからその様子を眺めていると、ふいに
着ぐるみの黒い瞳が真っ直ぐこちらを射抜いた。

ずんずんとモブ子の方へ近寄ってくる着ぐるみ。

パカッと頭を脱いで現れたのは、
黒髪の美青年だった。

「学級委員!?」
「モブ崎さん、お疲れ様です。上がりですか?」
「うん、学級委員もお疲れ様~」
「もうすぐ仕事が終わるので、この後
ランチでもいかがですか?奢りますよ」
「え、でも悪いし…」
「セバスチャンが働いているところですよ」
「!?」

セバスチャン・フェンリル君。
モブ子の絶賛片思い中の相手だ。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「おかえりなさいませ、ご主人様♡」

ふりふりのエプロンを着た可愛いお姉さん達が
出迎えてくれる夢のような場所は、
メイド喫茶という店だった。

モブ子はオムライスとクリームソーダ、学級
委員はピザトーストと珈琲フロートを注文。

「お待たせしました…?!
オズワルド、モブ崎…どうしてここに…」
「フェンリル君?!」

そこにいたのは、銀色の長いウィッグを
被り、軽く化粧が施された丈の短いメイド服
姿のフェンリル君の姿であった。

「いや~、よく似合ってますね。セバスチャン笑
お嬢様にも見せてあげたかった!」
「うん、本当にきれいだよ!」

体格は男性っぽさがあるけれど、
整った顔立ちとすっとした姿勢から
背の高い綺麗なお姉さんに見えた。

「……」

クスクス笑う学級委員と額にうっすらと青筋を
浮かべながら給仕に専念するフェンリル君。

「も、萌え萌えきゅん…」

小声でボソッと呟きながら、フェンリル君は
ケチャップで綺麗なハートを描いていく。

その夜、モブ子は今日の出来事を
思い出しながら日記を書いていた。

〇月‪✕‬日
今日は職業体験に行ったよ!
可愛い赤ちゃんパンダ達と触れ合えて幸せ✨️
学級委員にも会えたし、何よりフェンリル君
のレアな姿も見れて超ラッキーo(>ω<)o!

満足気に微笑んでいると、愛犬であるパピヨン
のカレンチャンがモブ子のもとにやってきた。

「明日もいいことあるよね、カレンチャン」
「きゃん!」

8/13/2024, 6:00:04 PM

『心の健康』

夕陽が空を染める頃、窮屈なコルセットを
解き、柔らかな絹のシャツワンピースに着替えた
悪役令嬢は、お気に入りのテラスで
深い溜息をついておられました。

「ふぅ、疲れましたわ」

近頃は舞踏会やディナーパーティーと、
社交の場に身を置く日々が続いていたのです。
招待主は、重要な取引先である
ポテイトウ男爵とメイクイーン夫人。

ポテイトウ男爵の領地には大規模なお菓子
工場があり、その名高いスナック菓子は
国内外で人気を博しています。
我が領地の蜂蜜や羊毛との取引も欠かせません。

「お嬢様、お疲れ様でございます。疲労回復に
効くハーブティーをご用意いたしました」

愛らしいメイドのベッキーが、
優しく微笑みながらお茶を差し出します。

「まあ、ありがとうございます。ベッキー」

レモングラスの爽やかな香り、ローズヒップと
ハイビスカスの絶妙な酸味が広がる
ハーブティーを優雅に口に運ぶ悪役令嬢。

「はぁ……」

社交の場では、いつも仮面舞踏会が行われて
います。悲しみや苦痛を抱えていても、明るく
振る舞わねばならない。それは必ずしも悪い
ことではないのでしょう。けれど、自分を
偽り続ける行為は、心を蝕んでいくものです。

「今宵はゆっくりとお休みください、主」

セバスチャンとベッキーの気遣いに、
悪役令嬢は申し訳なさを感じました。
彼らもまた、パーティーに同行し、警護や
身支度の手伝いに奔走してくれたのですから。

「ありがとう、セバスチャン、ベッキー。
あなた方こそ、どうかゆっくりお休みになって」

その夜、心地よい疲れとともに
深い眠りに落ちた悪役令嬢。

翌朝、太陽が高く昇る前に、
彼女は庭園へと足を運びました。

野菜や花の生命力に満ち溢れた夏の庭。

タイムやディルは料理に香りを添え、
ラベンダーは乾燥させて、クローゼットに
入れておけば虫除けにもなります。

雑草を抜き、水やりに励む悪役令嬢のもとに、

「おはようございます、主。早起きですね」
「あら、おはようございます。セバスチャン」

セバスチャンも庭の様子を見に来たのでした。

「トマトやバジルがたくさん
実っていますわね」

「はい。収穫して冷製スープやジェノベーゼ
パスタにするのもいいかもしれません」

「まあ、なんて素敵なのかしら」

土の香りと小鳥たちの朝の歌に包まれながら、
悪役令嬢は執事の凛とした横顔を見つめます。

「主?どうしましたか?」
「いいえ、何でもありませんの」

華やかな舞踏会も、贅を尽くした晩餐会も、
確かに魅力的です。けれど、散歩や庭の手入れ、
森や山への探険、そしてセバスチャンや
ベッキーとの穏やかなティータイム。そんな
日常こそが、彼女の心に安らぎをもたらすのです。

そう気づいた悪役令嬢は、
静かな微笑みを浮かべるのでありました。​​​​​​​​​​​​​​​​

8/11/2024, 6:15:48 AM

『終点』

「えっ……れ、連載終了……?」

両手に持った月刊リポンを見つめ、
凍りつく悪役令嬢。彼女の指先が、
震えるように紙面に触れる。

いつも楽しみにしていた漫画の最終ページには、
「ご愛読ありがとうございました!」という
短い文字が記されていた。

人生にも物語にも、いつかは『終点』という
名の終わりが訪れる。
しかし、それはあまりにも唐突にやって来た。

「どうして……掲載順位は決して悪くなかった
はず。主人公たちの愛の行方、迫り来る他国の
脅威……これからが佳境だったというのに!」

悪役令嬢はショックのあまり、
その日一日寝込んでいた。

「何かございましたか」

いつもなら喜んで口にする紅茶も、
クロテッドクリーム付きのスコーンも
召し上がらない悪役令嬢に、
セバスチャンが心配そうに声をかける。

「好きだった作者様のお話が
もう読めなくなってしまいましたの」

長期休載なら、またいつか再開してくれる
という希望が抱ける。だが、連載終了。

単行本化もしていない。写真にも
電子の海にも残っていないのだ。

「主、形あるものだけが全てではありません」

セバスチャンはこんな話を語り始めた。

「先日ご覧になった『タイタニック』
の映画を思い出してください」
「ええ、とても感動的なラストでしたわ」

「ジャックはタイタニック号と共に海底に沈み、
名前さえ記録に残りませんでした。しかし、
ローズの心の中で彼は永遠に生き続けたのです」

「……」

「主の心に刻まれた物語は、決して消えることは
ありません。あなたがその作品を愛し続ける
限り、その世界はあなたの中で生き続けます」

執事の言葉に、悪役令嬢は瞳を揺らしながら
静かに目を閉じた。
終点とは即ち新たな始まり。
彼女の想像の中で、愛しい登場人物たちが
再び息づき始めたのであった。

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