悪役令嬢

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『きらめき』

「素敵な夜でしたわ」

父の友人であるストリゴイ伯爵の誘いを受け、
リストランテで優雅なディナーを楽しんでいた
悪役令嬢。

舌先にソーテルヌの甘美な味が広がる中、
伯爵は上等な白いテーブルクロスの上に
小さな箱をそっと置いた。

「あら、これは何かしら?」
「魔法のかかった液体。
女性を一層美しくする秘薬ですよ」

その液体は、貴族の女性やオペラ座の歌手
たちの間で最近流行している希少な薬だという。
何でも一滴目に垂らせば、
瞳にきらめきを与える代物だとか。

「ありがとうございます、伯爵」

悪役令嬢が微笑むと、ストリゴイ伯爵もまた
鋭い牙をちらりと見せながら微笑み返した。

リストランテを出ると、
夜風が火照った体を冷やし、
悪役令嬢はくるくると踊るように舞った。

そんな彼女に、ストリゴイ伯爵が
優雅に声をかける。

「この後、もしよければ我が屋敷で
一杯いかがかな?」

その時、屋敷から迎えの箱馬車が現れ、中
から燕尾服を纏った銀髪の執事が降り立った。

「お迎えにあがりました、主」

「まあ、セバスチャン。それでは伯爵、
お先に失礼いたしますわ」
「ふむ、残念だ」

伯爵は肩をすくめ、
彼女の両頬に軽くキスをして別れを告げた。

屋敷に戻った悪役令嬢は、湯上がりに化粧着
を纏い、ストリゴイ伯爵から贈られた小箱の
包みを丁寧に剥がしてみせた。そこには、紫を
基調とした美しいガラス製の小瓶が現れた。

「それは一体……?」

カモミールティーを持ってきた
セバスチャンの視線が、小瓶に注がれる。

「伯爵からいただいた点眼薬ですの。
目に垂らすと、瞳にきらめきを与えるとか」

悪役令嬢が小瓶の蓋を開けると、
セバスチャンが静かに声をかけた。

「主、お使いにならないほうがよろしいかと」

「あら、もしかして私が殿方から贈り物を
されて、嫉妬していますの?」
「違います」

期待を込めた冗談にも、セバスチャンは
きっぱりとした口調で否定する。

落胆した様子で肩を落とす悪役令嬢だったが、
彼に頼まれて小瓶を差し出すと、
セバスチャンはそれをくんくんと嗅いだ。

「これはベラドンナです」

ベラドンナ──光沢のある黒い実をつける
毒性の強い植物。アトロピンの作用で瞳孔が
開き、瞳にきらめくような美しさを演出する。
しかし、開いた瞳孔が元に戻らなくなったり、
錯乱状態になったり、最悪の場合は
失明するという恐ろしい副作用を持つ。

「こんなものが流行っているとは……」

かつては、ヒ素で作られたエメラルドグリーン
のドレスが流行した時代もあった。

「女性はいつの時代も、美しさを求めて、
あらゆる危険に手を伸ばすものですわ」

悪役令嬢はその言葉を噛みしめるように、
そっとベラドンナの小瓶を閉じた。

9/4/2024, 5:00:32 PM