悪役令嬢

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『本気の恋』

「本日の紅茶は、サンガルシュ産の
アッサムティーでごいます」
「ありがとうございますですわ、
セバスチャン」

お気に入りのテラスの定位置で、濃厚な味わい
と深い赤が特徴のアッサムティーに
癒される悪役令嬢。

馨しい香りを堪能していると、どこからか
可愛らしい小鳥のさえずりが聞こえてきました。

庭に立つニレの木からです。

「ここからではよく見えませんわ」
「こちらをどうぞ」

セバスチャンが咄嗟に双眼鏡を取り出し、
悪役令嬢に手渡します。

彼女はその中を覗き込み、鳴き声のする方を
探っていると、橙色の胸を持つ小鳥が
枝にとまり、小さなくちばしをせいいっぱい
開いて喉を震わせ歌う姿を発見しました。

「む、あれはもしやピー助ではありませんか」

ピー助とは、庭に植えられたベリーや、
掘り起こされた土から現れるミミズを
目当てにやって来るコマドリです。

人懐こく好奇心旺盛な性格で、庭仕事をして
いると、すぐに近寄ってきて、周りをちょろ
ちょろと歩き回ったり、木の上から
興味深そうにこちらを観察したりします。

ピー助の近くには、もう一羽のコマドリが
寄り添っていました。

「おそらく、メスに求愛しているのでしょう」

「まあ、あのピー助が……」

セバスチャンの言葉に、悪役令嬢は驚きつつ
も納得しました。以前は、彼女の手からパン
くずをついばんでいたピー助が、最近では
それをしなくなっていたのです。

きっと、繁殖期で気が立っていたのでしょう。

彼らは、誰に教えられたわけでもなく、
求愛して、巣を作り、雛が成長するまで
育てるのですから誠に立派なものです。

「上手くいくといいですわね」
「はい。そうですね」

悪役令嬢の言葉に、
穏やかに微笑み返すセバスチャン。

コマドリの美しい歌声が庭園に響き渡る中、
二人は静かに小鳥たちの本気の恋を
見守るのでありました。

9/12/2024, 5:45:03 PM