悪役令嬢

Open App
7/30/2024, 8:00:26 PM

『澄んだ瞳』

「おや、またやらかしてしまいました」

目の前の白い子犬を見つめる魔術師。
子犬の正体はなんと
執事のセバスチャンだった。

「魔術師!一体どういうことですの?」

「変身魔法を試していたのですが、どうやら
力の加減を誤ってしまったようです」

悪役令嬢は小さくなった
セバスチャンを優しく抱き上げた。

「セバスチャン、大丈夫ですか?」悪役令嬢が
心配そうに尋ねると、セバスチャンは
小さな尻尾を振って「くぅん」と鳴く。

「効果は半日から長くても三日ほど続くと思わ
れます。その間、彼の面倒をお願いしますね」

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

穏やかな昼下がり、蝶やミツバチが飛び交う
庭園で悪役令嬢と仔狼セバスチャンは
追いかけっこや水遊びをして戯れていた。

「子どもの頃は今と瞳の色が違うのですね」

ダークブルーの澄んだ瞳を持つあどけない子犬
が、金色の瞳をした立派な狼に成長するの
だから実に不思議なものだ。

悪役令嬢が「あおーん!」と遠吠えをすると、
彼女に続いて小さなセバスチャンも口の形を
Aにして「アオーン!アオーン!」と鳴いた。

(嗚呼、なんて愛らしいのでしょう……)

「お嬢様、その子はどうしたのですか?」

「知人から預かって欲しいと頼まれましたの。
名前は……セバ太郎ですわ」

「なるほど!セバ太郎さん、
お腹は空いていませんか?」

ベッキーは小さな茶碗にミルクを注ぎ、
子犬の前に置いた。すると上品に、
しかし少し不器用にミルクを飲み始める。

「あ、飲んでます!かわいい……」
「あら、口の周りが汚れてますわね」

子犬の可愛さにうっとりするベッキーと、
ハンカチで子犬の口元を拭う悪役令嬢。

夜になり、悪役令嬢は自室のベッドに
セバスチャンを招き入れた。

「今宵は特別ですわ。一緒に寝ましょう」

悪役令嬢はセバスチャンを抱き上げ、寝具に
潜り込む。小さくなったセバスチャンは、
彼女の胸元に収まるようにして丸くなった。

「おやすみなさい、セバスチャン」

セバスチャンは小さく「くぅん」と鳴き、
彼女の手を舐める。その仕草に悪役令嬢は
微笑み、彼を抱きしめたまま眠りについた。

翌朝、悪役令嬢が目を覚ますと、
ベッドの上には元の姿に戻った
セバスチャンが横たわっていた。

「おはようございます、主」
「まあ、セバスチャン。元に戻れたのですね」

ホッとする反面、もう少しだけ子犬の
セバスチャンと過ごしたかった悪役令嬢。
何はともあれ、子犬騒動は無事
収束したのであった。

7/27/2024, 4:45:23 PM

『神様が舞い降りてきて、こう言った』

日曜の朝、教会の鐘が村中に鳴り響く。
鐘の音に導かれるまま、悪役令嬢と執事の
セバスチャンは、石畳の小道を歩んでいた。

「セバスチャンは礼拝には行かれますの?」
「いえ、あまり……」

実のところ、セバスチャンはほとんど教会
の中へ入った事がない。自身の体に流れる
魔物の血が、神聖な場所を避けているのだろう。

「……そうですの。まあ、私も足繁く通う程の
信仰心は持ち合わせていませんから」

教会の扉が開かれ、二人は静謐なる
空間に足を踏み入れた。

ステンドグラスから降り注ぐ柔らかな光、
静かに響き渡るオルガンの音色、
清らかな讚美歌の調べ。

「愛する兄弟姉妹たちよ。今日も共に主の
御前に集うことができ、感謝いたします」

牧師が聖書を開き、朗々と語り始める。

「人はパンのみにて生きるのではない、神の
口から出る一つ一つの言葉により生きる」

牧師の言葉は次第に熱を帯びていく。

「時に、神は私たちの想像を超えた姿で
現れます。例えば───竜の姿で」

礼拝が終わり、振り香炉の残り香が教会内に
漂う中、悪役令嬢が牧師に近づいた。

「これはメア様。
お越しくださいましてありがとうございます」

「たまには教会にも顔を出さないといけません
もの。セバスチャンは初めてお会いする
かしら。この者は殉教者カリギュラ。
我が教区の牧師ですわ」

「カリギュラと申します。以後お見知りおきを」

セバスチャンは差し出された
手を握り返し、ギョッとした。
恐ろしく冷たい手と、彼が纏う死の匂いに。

「……失礼ですが、あなたは何故
教会に務めておられるのですか」

セバスチャンの言葉に、
殉教者の目が妖しい光を宿す。

「ある日、神が舞い降りてきて、
ワタクシにこう告げられたのです。
『種を蒔く者は竜の言葉を蒔く者であると』」
「……」

この国の宗教は女神信仰が主流。その対をなす
竜は、悪魔の象徴とされていたはず───。

「ところで君は聖書を読みますか」
「いえ全く」
「なんと、いけません。いけませんよ。君の
ような者にこそ、神の教えは必要なのです」
「はあ」

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「少し変わった方だったでしょう」
「はい、確かに……」

殉教者から渡された聖書を抱えて
帰路につく二人。
竜の鱗のような雲で彩られた夏空を
見上げながら、セバスチャンの心にもまた、
疑問の種が蒔かれていた。

7/25/2024, 6:45:13 PM

『鳥かご』

ここは世にも珍しい魔物園。

大きな鳥かごの中では様々な魔物たちが
飼われており、物珍しさから多くの
見物客が訪れます。

その危険性から、園内入場前に免責事項を
含む誓約書への筆跡が必須。

中へ入ってすぐ目に飛び込んできたのは、
鷲とライオンの混合体で、気高さと狂暴性から
扱いが難しいとされる"グリフィン"。
一部の者しか手懐けられない魔物です。

お次は巨大なニワトリの姿をした
"コカトリス"。石化のブレスを防ぐため
嘴は固く縛られています。

さらに先へ進むと、上半身が人間の女性の
見た目をした"ハーピー"達とご対面。
美しい歌声で人々を惑わせるため、
声を封じる特殊な首輪が装着されています。

そしてこの魔物園で、一際恐ろしい存在がこちら。
「危険⚠️!接触厳禁!」と警告する看板のすぐ隣。

緑色のベストとオレンジ色のリボンタイを
身につけた道化師が、ブランコに揺られながら
鳥かごの中で口笛を吹いていました。

「😙~🎶」

するとそこへ幼い子どもがやってきて、
好奇心に満ちた眼差しで道化師を見つめました。

「😳👂❗️」
(訳:お耳がでっかくなっちゃった!)

道化師が軽快なマジックを披露すると、
幼児は楽しそうに「キャッキャ」と笑います。

次に現れたのは小学生の男の子たち。
彼らは安全圏から道化師を挑発します。

「こいつただの人間じゃん」
「なんか芸見せろよ。クソピエロ」

「😳👂❗️」
(訳:お耳がちっさくなっちゃった!)

道化師は再びマジックを披露。突如、男の子
の一人が耳元を抑えながら悲鳴を上げました。
血まみれの手を開くと、何と耳が消えている
ではありませんか。

彼の耳はどこへ?それは道化師が手の中に。

この事件を受け、園の職員たちは道化師の
処遇について協議します。

また同じような事件が起きれば、
人が寄り付かなくなってしまう───。

そんな折、一組の親子が来園しました。
黒い外套を纏う紳士と、彼に手を引かれる
お人形のような見た目をした可愛い女の子。

「お父様、あの者ですわ!
この間話していた不審者というのは」
「ほう……興味深いな」

紳士は道化師を気に入り、彼を引き取る事を
提案。園側も快くこの取り決めに同意しました。

こうして道化師は、悪役令嬢の父の元で
新たな人生を歩み始めたのでありましたとさ。

7/24/2024, 6:45:12 PM

『友情』

悪役令嬢と執事のセバスチャンは、
魔術師の故郷リルガミンを訪れていた。

かつて地下迷宮により世界各地から冒険者が
集まり賑わいを見せていたリルガミン。
今では迷宮も閉鎖され、
長閑な地域となっていた。

「これを向こうに運べばいいのか」
「はい。助かります」

広大な薬草園の中を歩きながら、
黙々と荷物を運ぶセバスチャン。
その姿を薬草を摘みながら
心配そうに見守る悪役令嬢。

薬草園の隣には学校が併設され、
魔術師はここで子どもたちに
魔法や薬草学などを教えている。

そこへ杖をついた老婆が
ゆっくりと近づいてきた。

「オズワルド様、この間いただいた薬のおかげで
膝の痛みがすっかり取れたんですよ」
「それは良かったです。どうかお大事に」

魔術師の優しい微笑みに、
老婆の顔も自然と綻ぶ。
続いて、元気いっぱいの子供たちが
集まってきた。

「魔術師さま、見てください!葉っぱを
宙に浮かべられるようになったんです!」

「なんと、素晴らしい。君たちは将来、
優秀な魔法使いになりますよ」

魔術師の言葉を聞いて、
星のように目を輝かせる子どもたち。

「領地の人々から信頼されているんだな」

その光景を見ていたセバスチャンが思わず
呟いた言葉に、魔術師は穏やかに目を伏せた。

「今があるのは、先代の魔法使いたちが長い
時間をかけて人々と歩み寄ってきたおかげです」

魔術師はセバスチャンを薬草園の奥へと
案内した。木漏れ日が差し込む開けた
空間には、一つの碑石が静かに佇んでいる。

「これは鎮魂の碑です」

かつて世界各地で魔女狩りが横行していた。
疫病や災害に見舞われ、不安や疑心暗鬼に
駆られた人々が、魔法使いだけでなく、
多くの罪なき者たちの命を奪った負の歴史。

碑石に刻まれた犠牲者たちの名前を
セバスチャンは一つ一つ丁寧に目で追う。

「人間はいつの時代も、未知の存在や
異質なものを恐れ、排除しようとします」
「……」

「魔法使いは人々に知識を分け与え、彼らの
生活を助け、身近な存在となる事で、
こうして共に生きられるようになった。
だから君たち獣人も、いずれ受けいれられる
時代が来ると私は信じています」

セバスチャンは目を見開いて、
それから寂しげに微笑んだ。

「ありがとう、オズワルド」

そこへ悪役令嬢が颯爽と駆け寄ってきた。

「セバスチャン、魔術師。お疲れ様ですわ!」

彼女は地元の女性たちと薬草園で取れた
ハーブを使って、薬膳料理やハーブティーを
作っていたようだ。

「さあ、昼食にしましょう」

悪役令嬢の張り切る姿にセバスチャンと
魔術師は、顔を見合せて笑みを交わした。

「行きますか」
「ああ」

薬草園に漂う爽やかな香りと、
木々を揺らす風の音が、肩を寄せ合うように
歩く三人を優しく包み込んだ。

7/23/2024, 6:45:05 PM

『花咲いて』

「ラーメンが食べたいですわ」

美しく咲き誇るラベンダーを
眺めながら悪役令嬢は静かに呟いた。

「ラーメン……ですか」
「はい。幼い頃、お父様に連れて行ってもらった
ラベンダー園で食べたラーメンの味が忘れられ
ないのです。またあれが食べたいですわ」

早速セバスチャンは、
図書室でジャポネ料理の本を読み漁り、
メイドのベッキーと共に厨房へ向かった。

「今日は何を作られるのですか?」
「ラーメンだ」
「東洋の料理ですよね?初めて作ります!」

「俺も同じだ。だが、あの方の望みに
応えるためにはやるしかない。
力を貸してくれるか、ベッキー」

「もちろんです!」

まずセバスチャンは麺作りに取り掛かった。
小麦粉、塩、水を正確に計量し、
ラベンダーの粉末を加えて丁寧に捏ね上げる。

人間離れした腕力で生地を伸ばし、
何度も折りたたむ。
まるで芸術家が作品を生み出すかのように。

その間にベッキーはスープの準備に専念する。
今回は紫色の麺が映えるよう
塩ベースで挑戦だ。

手羽先、にんにく、生姜、長ネギ、玉ねぎ、
人参、りんご、水を大鍋で煮込みながら、
別の鍋で昆布と鰹節の出汁を取る。

何度も味見を重ねて、調整を続ける二人。
「うーん、なんだか物足りない感じがします」
「そうだな。もう少し塩を付け足すか」

試行錯誤の末、遂に究極のラーメンが完成した。

「お待たせいたしました、主。
ラベンダーラーメンでございます」

セバスチャンが差し出した器には、
透き通った薄紫色のスープに
紫色の麺が浮かんでいた。

上には、輪切りレモン、オクラ、コーン、
カイワレ、赤玉ねぎのみじん切りが
色鮮やかに盛り付けられている。

悪役令嬢は目を輝かせ、恐る恐る箸を取った。
麺を啜った瞬間、彼女の体に電流が走る。

「何ですのこれは……」
「お口に合いませんでしたか?」
心配そうに尋ねるベッキー。

「違いますわ!これこそが私の求めていた味。
いいえ、それ以上のものですわ!」

悪役令嬢の怒涛の食レポが始まった。

「ラベンダーの香りがほのかに香る上品な麺に、
鶏と海の風味が調和したスープ。これらが
絶妙にマッチして、まるで紫色のドレスを纏う
女王と武士が手を取り合いダンスを
踊っているようですわ」

よく分からない例えだが、褒め言葉として
受け取るセバスチャンとベッキー。

「素晴らしいですわ。
二人とも、本当にありがとうございます」

「光栄です、主」
「お嬢様に喜んでもらえてよかったです!」

その日の午後、清々しいラベンダーの香りが
漂うテラスで、三人はラーメンを啜った。

彼らの頭上でラベンダーラーメンの女神が、
花咲くように笑った気がした。

Next