『今一番欲しいもの』
夏の鮮やかな青い空と緑豊かな庭を眺めながら
優雅にティータイムを楽しむ悪役令嬢。
「セバスチャンは何か
欲しいものなどございませんの?」
ローズティーの甘い香りが漂う中、悪役令嬢は
好奇心に満ちた目で執事を見つめた。
「欲しいもの、ですか……」
「ええ、あなたの働きぶりには本当に感謝して
おりますの。だから御礼がしたいと思って」
彼女の気遣いに慎ましく微笑むセバスチャン。
「俺はあなたの幸福と安全を
第一に考えております。あなたが
健やかでいてくれたらそれで十分です」
「そういった模範的な返答はなしですわ!
何でもいいですから、正直に欲しいものを
仰ってくださいまし」
「何でも……」
セバスチャンは困惑した様子で目を伏せた。
二人の間に沈黙が流れる。悪役令嬢は
期待に胸を弾ませ、彼の答えを待った。
やがて、セバスチャンがゆっくりと口を開く。
「───靴下が、欲しいです」
「まあ、靴下ですわね。お易い御用ですわ」
「主の」
「はい?」
「主の靴下が欲しいです」
その日の夜更け、仕事を終えて自室に戻った
セバスチャンは、深呼吸をした後、
人間の姿から白銀の狼へと変化した。
悪役令嬢から受け取った洗濯していない靴下に
顔を擦り付けて、鼻をクンクンとさせながら
匂いを嗅ぎ、はむはむと食みながら味を堪能する。
金色の瞳は幸福感で潤んでいた。
部屋の隅には、彼がこっそり集めた
主の私物が大切に保管されている。
主の愛用する柔らかなブランケット、
お気に入りのクッション、
先日使っていたショールまで。
全て、主の匂いが染み付いていた。
セバスチャンは毎晩こうして狼の姿となり、
主の香りに包まれる。それは彼にとって
かけがえのない至福の時間なのだ。
白銀の狼は満足気に尻尾を振り、
「くぅん」と小さく鳴いた。
新しいコレクションが増えた事への
嬉しさと僅かな罪悪感、そして
主の香りに包まれながら彼は眠りにつく。
瞼の裏に主の笑顔を思い浮かべて────。
『私の名前』
愛馬のディアブロに跨り森の中を駆けていた
悪役令嬢は、見慣れぬ場所を発見しました。
「む、こんな所にトンネルがありますわ」
馬を近くに待機させて奥へ進んでいくと、
目の前に広がっていたのは
赤提灯が揺らめく謎の街。
色々あって彼女は、この世界の湯屋で
働くことを余儀なくされます。
「ここで働かせてくださいまし!」
湯屋を取り仕切る魔女のもとへ向かい、
働かせてほしいと頼む悪役令嬢。
魔女は彼女に契約書を渡し、
名前を書くよう命じました。
メアリー・スー・バラシー・ドラコニア
「贅沢な名前だねえ。お前は今日からメだよ。
さあ、しっかり働きな、メ!」
(メ?ただのメ?あまりにも短すぎますわ!)
それからというもの、メは朝から晩まで
休む間もなく働かされました。
雑巾がけ、配膳、巨大な風呂釜の掃除と、
慣れない仕事の連続。
「新入り、ちゃっちゃと働きな!」
(はあはあ、きちいですわ!)
贅沢な暮らしを謳歌してきた彼女にとって、
ここでの日々は過酷そのもの。
ヒヨコや角の生えた客、カエルやナメクジの
見た目をした従業員が行き交う摩訶不思議な
湯屋で、メは銀髪に金色の瞳を持つ
チャンという少年と出会います。
チャンはメに優しく接してくれる唯一の存在
で、彼女にとって大きな慰めとなったのです。
「チャンはなぜここで働いているのですか?」
ある日、湯屋の所有する畑でチャンがくれた
塩おむすびを頬張りながら、メは尋ねました。
「俺には、記憶がないんだ。自分が何者で、
どこから来たのかも分からない」
チャンの金色の瞳が遠くを見つめます。
メは驚きました。彼もまた、魔女に名前を
奪われ、この世界に閉じ込められた
存在だったのです。
「でもきっと俺たちには本当の名前がある。
そして、帰るべき場所が……」
「ええ、そうですわね」
二人は誓います。記憶を取り戻し、
この世界から脱出する方法を見つけ出すことを。
しかし、彼らの前には数々の試練が
待ち受けていました。
果たして二人は魔女の監視の目をくぐり抜け、
真の名前と自由を取り戻すことが
できるのでしょうか。
『視線の先には』
「あら、これは何かしら」
倉庫の片付けをしていた悪役令嬢は、
埃にまみれた箱の中から一枚のDVDを見つけた。
黒塗りされたパッケージには
『死霊の盆踊り』と赤い文字で書かれている。
気になった悪役令嬢は
魔術師に相談してみる事にした。
「ふむ、これは興味深い代物ですね。面白そう
じゃありませんか。ぜひ皆で見ましょう!」
魔術師の一声によって、
悪役令嬢の屋敷で鑑賞会が始まった。
カーテンを閉めきった涼しい室内には、
バターの香りが漂うポップコーンとコーラ
ふかふかのクッションとソファが用意され、
オシャレなシアタールームの完成だ。
悪役令嬢、魔術師、執事のセバスチャン、
メイドのベッキーの四人は期待と不安が
入り交じった表情でゴクリと息を飲む。
イービルアイのプロジェクターにより
壁に映像が映し出された。
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(何ですのこれは、クソつまんねーですわ!)
映画の内容は、死霊と名乗る女性たちが
延々と踊り続ける意味不明なものだった。
ちらりと他の者たちの様子を伺う悪役令嬢。
セバスチャンは礼儀正しく座っているものの、
明らかに寝ている。
ベッキーは目を擦りながら睡魔と戦っている。
魔術師は目を爛々と輝かせながら、
映画に魅入っていた。
ようやく映画は終わり、エンドロールに突入。
「私、人生の中でこれほどまでに
くだらないものを見たのは初めてですわ」
どっと疲れた悪役令嬢。
「いやあ、なかなか見応えがありましたね!
特に二番目に登場した女優さんが良かったです」
面白そうに感想を語る魔術師。
「ですね!女優さんたちが皆お綺麗で
ダンスが上手でした!」
頑張って褒めようとするベッキー。
「すみません、途中から寝てました」
ようやく起きたセバスチャン。
こうして映画鑑賞会は幕を閉じた。
「お嬢様!あれを見てください!」
突然、窓の外を指差すベッキー。
視線の先に広がっていた光景────
空には暗雲が立ち込め、なんと地面からは
朽ちた手が飛び出してきたではないか。
「な、な、な、一体全体
どうしたというのですか!」
「もしかするとあのDVDには、死霊を復活
させる呪いがかけられていたのかもしれません」
「なんですって!?」
魔術師の言葉に唖然とする悪役令嬢。
眠りから蘇った死霊たちが、呻き声を
上げながら悪役令嬢の屋敷に近づいてくる。
「主、戦闘準備を!」
悪役令嬢は扇子、セバスチャンはナイフ、
魔術師は杖、ベッキーはフライパンを手に持つ。
こうして死霊たちとの激しい攻防戦が
幕を開けたのである。
果たして彼らは無事に
この危機を乗り越えられるのか?
それとも────。
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ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙
🧟♂️🧟♀️🧟♂️🧟♀️🧟♂️🧟♀️🧟♂️🧟♀️🧟♂️🧟♀️🧟♂️🧟♀️🧟♂️
🏠👸🏻🐺🧙♂️👧⁉️
悪役令嬢の屋敷に死霊の大群が
襲いかかってきた!
腐敗した肉の臭気が風に乗って漂う中、
悪役令嬢たちはすぐさまバリケードを作り
魔術師が魔法の城壁を張り巡らさせる。
「一時的な防壁です。長くは持ちません」
「主、ベッキー。噛み付かれたり、
引っかかれないよう気をつけてください」
「もちのろんですわ!」
「了解です!」
悪役令嬢が扇子を持って舞うと、宙に木の杭が
幾重にも現れ、死霊たちの頭蓋骨を貫く。
「お嬢様、すごいです!」
「奴らには頭への攻撃が有効なようですね」
ベッキーが感嘆の声を上げ、セバスチャンが
鋭い眼光で死霊共を見据えた。
セバスチャンの放ったナイフが空気を
裂いて、次々と死霊の脳天に突き刺さる。
近づいてきた死霊相手には背後に回り込み、
首の骨をこきりと折る。
魔術師が杖を構えて呪文を唱えると、
死霊たちの周りに炎の壁が築き上げられた。
刃と化した火炎が屍たちを焼き尽くす光景は、
まるで地獄の業火のようだ。
「えいやっ!これでもくらえ!」
ベッキーがバリケードのすぐ側まで来ていた
死霊の頭をフライパンの底で力いっぱい叩き潰す。
「くっ、数が多すぎる」
次から次へ湧いてくる死霊たち。
倒しても倒してもキリがない。
「最後の手段ですわ。皆さん、私に続いて
この呪文を唱えてくださいまし」
悪役令嬢が呪文を唱え初め、
他の三人も声を合わせた。
「イワコデジマイワコデジマ、
ホンコワ・ゴジキリ!」
「カイ」「トウ」「ホウ」「ブ」
「ジャッキ・タイサン」
「「「「カーーーーッ!!!!」」」」
しゅわわわわああああ✨️✨️✨️✨️
眩い光が闇を払い、
死霊たちが天へ召されていく。
「死霊たちよ、安らかに眠りなさい」
夜が明け、四人は疲れた表情で朝日を眺めた。
「全く、なんて一日だったのかしら」
「予想外の展開でしたが、結果オーライという
ところでしょうか。皆さんお疲れ様でした」
「ともかく全員無事でよかった」
「ほっとしてまだ手の震えが……」
朝日に照らされた庭で、
淹れたてのコーヒーを飲む四人。
コーヒーの芳醇な香りが彼らを包み込む。
こうして死霊たちとの激しい闘いは
幕を閉じたのであった。
『私だけ』
ここは私立ヘンテコリン学園一年P組の教室。
「さすがメア様!」
「物知り~!」
「おほほほほ、私は何でも知ってますわよ」
今日も今日とて悪役令嬢は取り巻きたちに
ヨイショされていた。
「そういえば、この間の
ズンドコベロンチョ見た?」
「見た見た!すごく可愛かったよね!
メア様もご覧になられましたか?」
「えっ……」
初めて耳にする単語に戸惑う悪役令嬢。
「え、ええ……とてもよかったですわ」
「「ですよねー!」」
その日、クラスの間ではズンドコベロンチョ
(略してズンベロ)の話題で盛り上がっていた。
「ズンドコベロンチョ最高!」
「斬新すぎるだろ、ズンドコベロンチョ」
「ズンベロしか勝たん」
ズンドコベロンチョ?何ですのそれ。
「ねえ、あなた。ズンドコベロンチョに
ついてご存知かしら」
悪役令嬢は学級委員こと魔術師に尋ねた。
「もちろん。最近流行ってますよね、ズンベロ」
「ふ、ふ~ん」
「もしかして……お嬢様、ご存知ない?!」
「そ、そ、そ、そんな訳ないじゃないですか!
知ってますとも、当然ですわ!」
悪役令嬢は放課後、こっそり学校の図書室に
入り浸り、ズンドコベロンチョについて調べた。
だが、辞書を引いて図鑑を開いて文献を漁れど、
それらしき情報はどこにも載っていない。
(こうなったら最後の頼みの綱、
セバスチャンに聞くしかないですわ!)
「セバスチャン、ちょっといいですか」
「主?どうなされましたか」
「フェンリル君!」
丁度のタイミングで、
同級生のモブ崎モブ子が乱入してきた。
(ちっ、余計な邪魔が入りましたわ)
悪役令嬢の横で話す二人の内容も
ズンドコベロンチョについてだ。
右も左も、老いも若きも、男も女も
ズンドコベロンチョの話で持ち切り。
もしや、知らないの……私だけ?
食べ物?音楽?ファッション?動物?遊び?
キャラクターの名前?キャッチフレーズ?
あーもう全然わかりませんわ。
ズンドコベロンチョって何ですの?
ズンドコベロンチョってなんですのー?!
『終わりにしよう』
華やかな貴族のサロンに、色とりどりの
ドレスを纏ったレディ達が集う。
その中でも一際目を引くのは、
深紅のドレスに身を包んだ悪役令嬢。
「前から疑問に思っていた事なのですが、
メア様はなぜ悪役令嬢と名乗って
いらっしゃるのでしょうか?」
貴婦人の問いかけに、
悪役令嬢が自信満々に答える。
「ふふん、それはですね……。私が神から
悪役令嬢になるようにと命じられ、
この地に産み落とされたからですわ」
「まあ、なんと崇高な使命を……!
素晴らしいですわ、メア様!」
「おほほほほ!そんなに褒めないでくださいまし」
周りからヨイショされてご満悦の悪役令嬢。
だがしかし、彼女の地獄耳は隅で囁き合う
若い令嬢たちの声を聞き逃さなかった。
「神から与えられた使命?ですってw」
「自分で言ってて恥ずかしくないのかしら」
「そこのコソコソ話してる二名!
聞こえてますわよ」
悪役令嬢の言葉に、二人は慌てて
扇子をパタパタとあおいだ。
コツコツと踵の高い靴を鳴らして
回廊を歩く悪役令嬢。
「メアか、久しいな」
振り返ると、黒髪を後ろに撫で付けた美しい
紳士、彼女の兄であるウィルムが立っていた。
「お、お兄様……ご機嫌麗しゅう」
「お前が悪役令嬢と名乗っていると貴族たちが
噂していたぞ。最近、流行っているらしいな。
異世界転生?無双?あんなのは現実の暮らしが
上手くいってない輩が読む本だろう?お前も
いい歳なのだから、いい加減卒業したらどうだ」
「うっ」
殺傷能力高めの言葉が悪役令嬢を襲う。
それからも兄の小言は延々と続き、
ようやく解放された彼女は
薔薇園のガゼボで深い溜息をついた。
「もう、これで終わりにしようかしら」
「何を終わりにするのですか?」
優雅な足取りで近づいてきた魔術師。
フロックコートを華麗に着こなす姿は、
まるでどこかの貴公子のようだ。
「あら、あなたがこのような場に
顔を出すのは珍しいですわね」
彼は孤児院の子どもたちが作った
ビーズのアクセサリーを売りに来ていたという。
「金と暇を持て余した貴族たちは施しの機会に
飢えていますからね。ところで先程は
一人で何を話されていたのですか」
「もう悪役令嬢と名乗るのをやめようかと」
「えーっ!」
事情を聞いた魔術師は
うんうんと深くと頷いた。
「僕もよく祖父に言われますよ。お前には
責任感がない、貴族が中流階級や労働者階級
の人々のように働くのは恥ずべき行為だとか」
「あなたは家督を継いだら
店を閉じてしまうのですか」
「とんでもない!これからも続けていきますよ」
我が道を行く魔術師に悪役令嬢を目を細める。
「ふっ、素晴らしい心がけですわね」
彼に励まされた悪役令嬢は、これからも
自分らしく生きていこうと決意したのであった。