悪役令嬢

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7/13/2024, 8:00:07 PM

『優越感、劣等感』

あたしの名前はモブ崎モブ子!
私立ヘンテコリン学園に通う高校一年生。

「はあ~」
モブ子は鏡の前で溜息をつきながら、
先日耳にした男子たちの会話を思い出していた。

「クラスで一番可愛い子は誰だと思う?」

「リディルちゃんだろ。この前消しゴム
拾ってくれたし、絶対俺に気がある」

リディルは純金と見まがうブロンドの髪と
サファイアのような青い瞳を持つ美少女で、
モブ子の友だちだ。

「メア・リースーは?」
「美人だけど性格がきつい」

メア・リースーは夜空を思わせる黒髪と
ガーネットのような赤い瞳を持つ美少女で、
モブ子のライバルだ。

「じゃあモブ崎は?」
自分の話題が出てドキッとするモブ子。

「んー、良くも悪くも普通」
「中の下?いや、中の中か」
は?なーに好き勝手言っちゃってんの!

その言葉が、
モブ子の胸に深く突き刺さった。

あたしにはリディルちゃんみたいな可愛いさも、
高飛車お嬢様みたいな美しさもない。

目がもっと大きかったらなあ。唇は
もっと小さく、顔のラインはしゅっとして。
あ、こんなところにホクロができてる。
一つ気になりだしたらキリがない。

中庭で落ち込んでいると、
学級委員が声をかけてきた。

「何か悩みでもあるのですか。
この学級委員に何でもご相談を」

モブ子は躊躇しながらも、自分の容姿に
ついてのコンプレックスを話した。

「ふむ、そんな貴方にピッタリの品がこちらに!
『魔法のアイシャドウ』。目元を大きく見せる
効果があります。試しに使ってみますか?」

学級委員が差し出した手鏡に映るは、
少女漫画のヒロインのようなキラキラおめ目。

「今なら半額です。この機会をお見逃しなく!」
「買います!」

それからモブ子はお小遣いをはたいて
美容品を買い漁り、毎朝メイクに
時間をかけ、髪型も変え、校則ギリギリの
スカート丈で学校に通った。

ある日、ドキドキしながら絶賛片思い中の
セバスチャン・フェンリル君に声をかけた。

「おはようフェンリル君!
あ、あのさ、いつもと違うのわかる?」

「?どこが変わったのかわからない」

がーん!!あたしの今までの努力は……。

「あら、モブ崎さん。ごきげんよう。
魔術師から事情は聞きましたわ」

項垂れるモブ子に高飛車お嬢様が
声をかけてきた。

「モブ崎さん、私とあの子は神が丹精込めて
作った至高の芸術作品ですから、
いちいち比べていたら身が持ちませんわよ」

優越感をひけらかすように
胸を張る高飛車お嬢様。

はえ~、ここまで来るとむしろ清々しい。

その夜、モブ子は自分の素顔を見つめ直した。
他人と比較する事の無意味さ、虚しさを痛感した
彼女は、過度な美しさへの執着をやめ、
心身共に鍛えることにしたのであった。

7/10/2024, 8:00:04 PM

『目が覚めると』

「セバスチャンさん大変です!」

セバスチャンが朝食の準備をしていると、
ベッキーが息を切らして厨房に駆け込んできた。

「どうしたベッキー」
「お嬢様の姿がどこにも見当たらないんです!」
「主が……?」

眉をひそめたままセバスチャンは、
悪役令嬢の寝室へと急いだ。
扉をノックするも返事はない。

「主、失礼します」

中へ入ると、朝日に照らされた
静寂な空間が広がるばかり。

散歩にでも出かけたのか、それとも……。
不安が胸をよぎる中、微かな声が響いた。

『セバスチャン、こちらでちゅわ!』

目を凝らすと、
ドレッサーの上に小さな生き物を発見。
頭にリボンをつけたハムスターが、
つぶらな瞳でセバスチャンを見上げている。

「……主ですか」

🐹『でちゅわ!』

くしくしと小さな手で顔を整える
主の姿に、言葉を失うセバスチャン。

「一体、何が起こったのですか……」

🐹『目が覚めるとこの姿になっていまちたの。
きっと魔術師の仕業でちゅわ』

セバスチャンが手のひらを
出すとちょこんと上に乗ってきた。

🐹『さあ、あの者を探しに行きまちゅわよ。
出発進行でちゅわ!』

魔術師の匂いを辿って深い森の中に
足を踏み入れた二人。

お目当ての人物はあっさり見つかった。
どうやらハーブを摘んでいる最中のようだ。

「おや、おはようございます」

🐹『魔術師、今ちゅぐ私を元に戻しなさい!』

「またお前の仕業か」
「またってなんですか。
ご心配なく、これですぐに戻れますよ」

そう言って黄色い花を差し出す魔術師。
この花の名前はルー。
柑橘系の強い香りが特徴的な、
魔法解除の能力を秘めたハーブだ。

花をムシャムシャと食べる悪役令嬢ハムスター。
✨️✨️🌼🐹🌼✨️✨️
口に含んだ瞬間、彼女は光に包まれ、
元の美しい姿に戻った。

「主!」
安堵の表情を浮かべるセバスチャン。

彼女にかけられていた"とっとこハム魔法"。
魔術師が編み出した呪文で、相手を
ハムスターに変えてしまう恐ろしい魔法だ。

「まだまだ試作の段階なんです」

「許可も取らずに私を実験台に使うだなんて
あんまりですわ!」
ぷりぷり怒る悪役令嬢。

「どうかお許しを、お嬢様」

魔術師はローブの下から
氷魔法がかけられた白い箱を取り出した。

「お詫びに特製アイスケーキをご用意しましたから
……お茶と一緒にどうですか」

「あら、あらあら……ふっ、仕方ないですわね。
今回は私の優しさに免じて許してあげましょう」

「それでいいんですか、主」

かくして三人は屋敷に戻り、朝日が森を
金色に染める光景を眺めながら朝食をとった後、
皆でアイスケーキを頂いたのであった。

7/8/2024, 6:15:03 PM

『街の明かり』

夏の夕闇が街を優しく包み始める頃、
セバスチャンは日用品の買い出しと
速達の手配を済ませた。

街の至る所に笹の葉が飾られ、風に揺れる
色とりどりの短冊には人々の願いが綴られている。

東の国から伝わった星祭りで
七夕というものらしい。

時計台のある円形広場に差し掛かると、
午後6時を知らせる鐘の音が響き渡った。

赤茶色の三角屋根を持つ家々から
オレンジ色の光が漏れ始め、
街灯も瞬きながら次々と灯りをともしていく。

昔は街の明かりを見ると、言い表せないほどの
寂しさに襲われものだ。だが今は違う。

カフェに立ち寄り、主とベッキーへのお土産に
キャラメルフラペチーノと桃のフラペチーノ
いちごのカスタードタルト、
ブルーベリーのレアチーズケーキを選ぶ。

紙袋を手に街を出て、夕暮れ時のヒースの花が
紫色に染まる湿原を颯爽と駆け抜けた。

遠くに見える屋敷の窓から漏れる温かな光に、
彼の足取りは自然と軽くなっていく。

「ただいま戻りました」

玄関の扉を開けると、黒のワンピースに
白いフリルのエプロン姿、髪をリボンで一つに
まとめた麗しい主が彼の帰りを待ち構えていた。

「おかえりなさい、セバスチャン。
ごはんにしますか?お風呂にしますか?
それとも……わ・た・く・し?」

「主、変なものでも食べましたか」

主に続いて、髪を二つ結びにしたメイド服姿の
ベッキーが晴れやかな笑顔で彼を迎え入れた。

「おかえりなさい、セバスチャンさん!
今日のごはんは冷やしチウカですよ~。
お嬢様と一緒に腕を振るいました!」

「ふふん、私がハムときゅうりを切りましたわ」

誇らしげに胸を張る悪役令嬢と
はにかむベッキー。
その姿に、セバスチャンの口元が自然と緩む。

帰る場所がある。明かりの灯る家で、
自分の帰りを待っていてくれる人がいる。

何気ない日常こそが何よりも尊く、
そんな日々を送れる自分は
なんて幸福なのだろう。

「さあさあ、手を洗ってきてくださいまし。
もう準備は整っていますわよ」

「承知いたしました」

主の切った不揃いなハムときゅうりを
想像しながらセバスチャンは洗面所へ向かった。

7/5/2024, 8:45:13 PM

『星空』

摩訶不思議な列車に乗りこんだ
悪役令嬢と執事のセバスチャン。

車窓を彩る小さな黄色の電燈が並ぶ
閑散とした車室。

二人は深い青色のビロードを
張ったコンパートメント席に
向かい合わせで腰を下ろす。

窓を開けると、野ばらの香りを纏った
心地よい夜風が頬を撫で、
遠くからグラスハープの清らかな音色が
溶けるように流れてきた。

「あの河原、きらきらしていますわ」
「恐らく銀河だから光っているのでしょう」
「私たちは天の野原に来たのですね」

二人は顔を見合わせて静かに微笑んだ。

列車は光り輝く銀河の岸辺に沿って、
ガタンゴトンと果てしなく走り続ける。

透き通るほど澄んだ水が流れる天の川、
風にゆらゆら揺られる青い花の絨毯、
夜の闇を照らす蠍座の真っ赤な炎。

すべてが夢幻のような美しさで、
現実とは思えない。

突如として車内がぱっと明るくなった。
窓の外には、
無数の光がちりばめられた大きな十字架が、
永遠の時を刻むかのように川面に佇んでいる。

旅人たちは慎ましく祈りを捧げ、
列車はゆっくりと十字架の前で停止した。

乗客のほとんどが全員がその駅で降りて、
がらんとした車内には悪役令嬢とセバスチャンの
二人だけが取り残された。

「この列車の終点はどこなのかしら」
「わかりません。もしかすると、
ずっと旅を続けているのかもしれません」

列車は底の見えない真っ暗な穴に進んでいく。

「───どこまでも一緒に行きましょう、
セバスチャン。私、あなたとなら
あんな暗闇だって怖くありませんわ」

悪役令嬢のルビーのような深紅の瞳と、
セバスチャンのトパーズのような
黄金の瞳が交じり合う。

「はい、主。どこまでもお供いたします」

気がつけば、二人は草が静かにそよぐ
星降りの丘の上に立っていた。
夜空には無数の星が瞬き、
二人を見守るかのように輝いている。

「……帰りましょうか」
「はい」

不意にセバスチャンがポケットを探ると、
中には小さく折れた緑色の切符が入っていた。

切符には、星屑のような文字で
「銀河鉄道の夜」と記されていた。

7/3/2024, 8:15:07 PM

『この道の先に』

森の奥深く、木漏れ日が舞う静寂の中で、
一人の美しい娘が虫取り網を片手に
青い蝶を追いかけています。

モルフォチョウに夢中な彼女は、
気がつけば見知らぬ場所に迷い込んでいました。

「む、ここはどこかしら」

すると謎めいた細道を発見。
好奇心に導かれるまま先へ進む事にしました。
木々の間から差し込む光が、
道に神秘的な影絵を描き出しています。

辿り着いた先は、まるで絵本から抜け出して
きたかのような、レンガ造りの優美な建物。

『レストラン 山猫軒』と書かれた看板が、
森の中で異様な存在感を放っていました。

「まあ、こんなところにレストランが
あるなんて知りませんでしたわ」

戸を押して中に入ると
すぐ先は廊下が続いています。

扉の裏側には金色の文字で
こう書かれていました。

『当店は注文の多い料理店ですから、
どうかそこはご承知ください』

「こんな森の中で随分と繁盛してますのね」

それから部屋を進むごとに、
奇妙な指示が出されました。

『鏡の前で身なりを整えてください』
『壺の中のクリームを体中に塗ってください』
『体に塩をよく揉みこんでください』

「先程から向こうが
注文ばかりしているではありませんか」

不満を漏らす悪役令嬢。
ふと恐ろしい考えが頭をよぎります。

(もしや私が料理にされるのでは?)

最後の扉の前に立つと、
大きな鍵穴から青い目玉がギョロギョロと
こちらを覗いております。

『さあさあ、早くいらっしゃい』

恐怖に駆られた悪役令嬢は、
「あおーん!あおーん!」
と力強く遠吠えをはじめました。

その瞬間、白銀の狼が戸を突き破って現れ、
悪役令嬢を守るように立ちはだかります。

勇猛な彼の姿は、
まるで月光を纏った騎士のようです。

彼女の安否を確認した狼は、
ゔゔゔゔゔと唸って
鍵穴のある戸に飛びつきました。

破壊された扉の向こうの真っ暗闇では、
に゙ゃお゙ーーー!!
ゴロゴロゴロゴロ
おぞましい悲鳴が聞こえてきます。

突如として部屋が霧のように消え去り、
悪役令嬢は再び森の中に立っていました。
先程の出来事が全て夢だったかのようです。

狼は銀色の髪を持つ執事に姿を変え、
悪役令嬢に寄り添います。

「主、ご無事ですか」
「ええ……助かりましたわ、セバスチャン」

あれは一体何だったのでしょうか。
この地に潜む古の魔物か、
それとも森が見せた幻か────

迷い込んだ道の先で、悪役令嬢は
不思議な体験をしたのでありました。

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