『この道の先に』
森の奥深く、木漏れ日が舞う静寂の中で、
一人の美しい娘が虫取り網を片手に
青い蝶を追いかけています。
モルフォチョウに夢中な彼女は、
気がつけば見知らぬ場所に迷い込んでいました。
「む、ここはどこかしら」
すると謎めいた細道を発見。
好奇心に導かれるまま先へ進む事にしました。
木々の間から差し込む光が、
道に神秘的な影絵を描き出しています。
辿り着いた先は、まるで絵本から抜け出して
きたかのような、レンガ造りの優美な建物。
『レストラン 山猫軒』と書かれた看板が、
森の中で異様な存在感を放っていました。
「まあ、こんなところにレストランが
あるなんて知りませんでしたわ」
戸を押して中に入ると
すぐ先は廊下が続いています。
扉の裏側には金色の文字で
こう書かれていました。
『当店は注文の多い料理店ですから、
どうかそこはご承知ください』
「こんな森の中で随分と繁盛してますのね」
それから部屋を進むごとに、
奇妙な指示が出されました。
『鏡の前で身なりを整えてください』
『壺の中のクリームを体中に塗ってください』
『体に塩をよく揉みこんでください』
「先程から向こうが
注文ばかりしているではありませんか」
不満を漏らす悪役令嬢。
ふと恐ろしい考えが頭をよぎります。
(もしや私が料理にされるのでは?)
最後の扉の前に立つと、
大きな鍵穴から青い目玉がギョロギョロと
こちらを覗いております。
『さあさあ、早くいらっしゃい』
恐怖に駆られた悪役令嬢は、
「あおーん!あおーん!」
と力強く遠吠えをはじめました。
その瞬間、白銀の狼が戸を突き破って現れ、
悪役令嬢を守るように立ちはだかります。
勇猛な彼の姿は、
まるで月光を纏った騎士のようです。
彼女の安否を確認した狼は、
ゔゔゔゔゔと唸って
鍵穴のある戸に飛びつきました。
破壊された扉の向こうの真っ暗闇では、
に゙ゃお゙ーーー!!
ゴロゴロゴロゴロ
おぞましい悲鳴が聞こえてきます。
突如として部屋が霧のように消え去り、
悪役令嬢は再び森の中に立っていました。
先程の出来事が全て夢だったかのようです。
狼は銀色の髪を持つ執事に姿を変え、
悪役令嬢に寄り添います。
「主、ご無事ですか」
「ええ……助かりましたわ、セバスチャン」
あれは一体何だったのでしょうか。
この地に潜む古の魔物か、
それとも森が見せた幻か────
迷い込んだ道の先で、悪役令嬢は
不思議な体験をしたのでありました。
7/3/2024, 8:15:07 PM