『街の明かり』
夏の夕闇が街を優しく包み始める頃、
セバスチャンは日用品の買い出しと
速達の手配を済ませた。
街の至る所に笹の葉が飾られ、風に揺れる
色とりどりの短冊には人々の願いが綴られている。
東の国から伝わった星祭りで
七夕というものらしい。
時計台のある円形広場に差し掛かると、
午後6時を知らせる鐘の音が響き渡った。
赤茶色の三角屋根を持つ家々から
オレンジ色の光が漏れ始め、
街灯も瞬きながら次々と灯りをともしていく。
昔は街の明かりを見ると、言い表せないほどの
寂しさに襲われものだ。だが今は違う。
カフェに立ち寄り、主とベッキーへのお土産に
キャラメルフラペチーノと桃のフラペチーノ
いちごのカスタードタルト、
ブルーベリーのレアチーズケーキを選ぶ。
紙袋を手に街を出て、夕暮れ時のヒースの花が
紫色に染まる湿原を颯爽と駆け抜けた。
遠くに見える屋敷の窓から漏れる温かな光に、
彼の足取りは自然と軽くなっていく。
「ただいま戻りました」
玄関の扉を開けると、黒のワンピースに
白いフリルのエプロン姿、髪をリボンで一つに
まとめた麗しい主が彼の帰りを待ち構えていた。
「おかえりなさい、セバスチャン。
ごはんにしますか?お風呂にしますか?
それとも……わ・た・く・し?」
「主、変なものでも食べましたか」
主に続いて、髪を二つ結びにしたメイド服姿の
ベッキーが晴れやかな笑顔で彼を迎え入れた。
「おかえりなさい、セバスチャンさん!
今日のごはんは冷やしチウカですよ~。
お嬢様と一緒に腕を振るいました!」
「ふふん、私がハムときゅうりを切りましたわ」
誇らしげに胸を張る悪役令嬢と
はにかむベッキー。
その姿に、セバスチャンの口元が自然と緩む。
帰る場所がある。明かりの灯る家で、
自分の帰りを待っていてくれる人がいる。
何気ない日常こそが何よりも尊く、
そんな日々を送れる自分は
なんて幸福なのだろう。
「さあさあ、手を洗ってきてくださいまし。
もう準備は整っていますわよ」
「承知いたしました」
主の切った不揃いなハムときゅうりを
想像しながらセバスチャンは洗面所へ向かった。
7/8/2024, 6:15:03 PM