悪役令嬢

Open App

『星空』

摩訶不思議な列車に乗りこんだ
悪役令嬢と執事のセバスチャン。

車窓を彩る小さな黄色の電燈が並ぶ
閑散とした車室。

二人は深い青色のビロードを
張ったコンパートメント席に
向かい合わせで腰を下ろす。

窓を開けると、野ばらの香りを纏った
心地よい夜風が頬を撫で、
遠くからグラスハープの清らかな音色が
溶けるように流れてきた。

「あの河原、きらきらしていますわ」
「恐らく銀河だから光っているのでしょう」
「私たちは天の野原に来たのですね」

二人は顔を見合わせて静かに微笑んだ。

列車は光り輝く銀河の岸辺に沿って、
ガタンゴトンと果てしなく走り続ける。

透き通るほど澄んだ水が流れる天の川、
風にゆらゆら揺られる青い花の絨毯、
夜の闇を照らす蠍座の真っ赤な炎。

すべてが夢幻のような美しさで、
現実とは思えない。

突如として車内がぱっと明るくなった。
窓の外には、
無数の光がちりばめられた大きな十字架が、
永遠の時を刻むかのように川面に佇んでいる。

旅人たちは慎ましく祈りを捧げ、
列車はゆっくりと十字架の前で停止した。

乗客のほとんどが全員がその駅で降りて、
がらんとした車内には悪役令嬢とセバスチャンの
二人だけが取り残された。

「この列車の終点はどこなのかしら」
「わかりません。もしかすると、
ずっと旅を続けているのかもしれません」

列車は底の見えない真っ暗な穴に進んでいく。

「───どこまでも一緒に行きましょう、
セバスチャン。私、あなたとなら
あんな暗闇だって怖くありませんわ」

悪役令嬢のルビーのような深紅の瞳と、
セバスチャンのトパーズのような
黄金の瞳が交じり合う。

「はい、主。どこまでもお供いたします」

気がつけば、二人は草が静かにそよぐ
星降りの丘の上に立っていた。
夜空には無数の星が瞬き、
二人を見守るかのように輝いている。

「……帰りましょうか」
「はい」

不意にセバスチャンがポケットを探ると、
中には小さく折れた緑色の切符が入っていた。

切符には、星屑のような文字で
「銀河鉄道の夜」と記されていた。

7/5/2024, 8:45:13 PM