悪役令嬢

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『神様が舞い降りてきて、こう言った』

日曜の朝、教会の鐘が村中に鳴り響く。
鐘の音に導かれるまま、悪役令嬢と執事の
セバスチャンは、石畳の小道を歩んでいた。

「セバスチャンは礼拝には行かれますの?」
「いえ、あまり……」

実のところ、セバスチャンはほとんど教会
の中へ入った事がない。自身の体に流れる
魔物の血が、神聖な場所を避けているのだろう。

「……そうですの。まあ、私も足繁く通う程の
信仰心は持ち合わせていませんから」

教会の扉が開かれ、二人は静謐なる
空間に足を踏み入れた。

ステンドグラスから降り注ぐ柔らかな光、
静かに響き渡るオルガンの音色、
清らかな讚美歌の調べ。

「愛する兄弟姉妹たちよ。今日も共に主の
御前に集うことができ、感謝いたします」

牧師が聖書を開き、朗々と語り始める。

「人はパンのみにて生きるのではない、神の
口から出る一つ一つの言葉により生きる」

牧師の言葉は次第に熱を帯びていく。

「時に、神は私たちの想像を超えた姿で
現れます。例えば───竜の姿で」

礼拝が終わり、振り香炉の残り香が教会内に
漂う中、悪役令嬢が牧師に近づいた。

「これはメア様。
お越しくださいましてありがとうございます」

「たまには教会にも顔を出さないといけません
もの。セバスチャンは初めてお会いする
かしら。この者は殉教者カリギュラ。
我が教区の牧師ですわ」

「カリギュラと申します。以後お見知りおきを」

セバスチャンは差し出された
手を握り返し、ギョッとした。
恐ろしく冷たい手と、彼が纏う死の匂いに。

「……失礼ですが、あなたは何故
教会に務めておられるのですか」

セバスチャンの言葉に、
殉教者の目が妖しい光を宿す。

「ある日、神が舞い降りてきて、
ワタクシにこう告げられたのです。
『種を蒔く者は竜の言葉を蒔く者であると』」
「……」

この国の宗教は女神信仰が主流。その対をなす
竜は、悪魔の象徴とされていたはず───。

「ところで君は聖書を読みますか」
「いえ全く」
「なんと、いけません。いけませんよ。君の
ような者にこそ、神の教えは必要なのです」
「はあ」

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「少し変わった方だったでしょう」
「はい、確かに……」

殉教者から渡された聖書を抱えて
帰路につく二人。
竜の鱗のような雲で彩られた夏空を
見上げながら、セバスチャンの心にもまた、
疑問の種が蒔かれていた。

7/27/2024, 4:45:23 PM