悪役令嬢

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7/5/2024, 8:45:13 PM

『星空』

摩訶不思議な列車に乗りこんだ
悪役令嬢と執事のセバスチャン。

車窓を彩る小さな黄色の電燈が並ぶ
閑散とした車室。

二人は深い青色のビロードを
張ったコンパートメント席に
向かい合わせで腰を下ろす。

窓を開けると、野ばらの香りを纏った
心地よい夜風が頬を撫で、
遠くからグラスハープの清らかな音色が
溶けるように流れてきた。

「あの河原、きらきらしていますわ」
「恐らく銀河だから光っているのでしょう」
「私たちは天の野原に来たのですね」

二人は顔を見合わせて静かに微笑んだ。

列車は光り輝く銀河の岸辺に沿って、
ガタンゴトンと果てしなく走り続ける。

透き通るほど澄んだ水が流れる天の川、
風にゆらゆら揺られる青い花の絨毯、
夜の闇を照らす蠍座の真っ赤な炎。

すべてが夢幻のような美しさで、
現実とは思えない。

突如として車内がぱっと明るくなった。
窓の外には、
無数の光がちりばめられた大きな十字架が、
永遠の時を刻むかのように川面に佇んでいる。

旅人たちは慎ましく祈りを捧げ、
列車はゆっくりと十字架の前で停止した。

乗客のほとんどが全員がその駅で降りて、
がらんとした車内には悪役令嬢とセバスチャンの
二人だけが取り残された。

「この列車の終点はどこなのかしら」
「わかりません。もしかすると、
ずっと旅を続けているのかもしれません」

列車は底の見えない真っ暗な穴に進んでいく。

「───どこまでも一緒に行きましょう、
セバスチャン。私、あなたとなら
あんな暗闇だって怖くありませんわ」

悪役令嬢のルビーのような深紅の瞳と、
セバスチャンのトパーズのような
黄金の瞳が交じり合う。

「はい、主。どこまでもお供いたします」

気がつけば、二人は草が静かにそよぐ
星降りの丘の上に立っていた。
夜空には無数の星が瞬き、
二人を見守るかのように輝いている。

「……帰りましょうか」
「はい」

不意にセバスチャンがポケットを探ると、
中には小さく折れた緑色の切符が入っていた。

切符には、星屑のような文字で
「銀河鉄道の夜」と記されていた。

7/3/2024, 8:15:07 PM

『この道の先に』

森の奥深く、木漏れ日が舞う静寂の中で、
一人の美しい娘が虫取り網を片手に
青い蝶を追いかけています。

モルフォチョウに夢中な彼女は、
気がつけば見知らぬ場所に迷い込んでいました。

「む、ここはどこかしら」

すると謎めいた細道を発見。
好奇心に導かれるまま先へ進む事にしました。
木々の間から差し込む光が、
道に神秘的な影絵を描き出しています。

辿り着いた先は、まるで絵本から抜け出して
きたかのような、レンガ造りの優美な建物。

『レストラン 山猫軒』と書かれた看板が、
森の中で異様な存在感を放っていました。

「まあ、こんなところにレストランが
あるなんて知りませんでしたわ」

戸を押して中に入ると
すぐ先は廊下が続いています。

扉の裏側には金色の文字で
こう書かれていました。

『当店は注文の多い料理店ですから、
どうかそこはご承知ください』

「こんな森の中で随分と繁盛してますのね」

それから部屋を進むごとに、
奇妙な指示が出されました。

『鏡の前で身なりを整えてください』
『壺の中のクリームを体中に塗ってください』
『体に塩をよく揉みこんでください』

「先程から向こうが
注文ばかりしているではありませんか」

不満を漏らす悪役令嬢。
ふと恐ろしい考えが頭をよぎります。

(もしや私が料理にされるのでは?)

最後の扉の前に立つと、
大きな鍵穴から青い目玉がギョロギョロと
こちらを覗いております。

『さあさあ、早くいらっしゃい』

恐怖に駆られた悪役令嬢は、
「あおーん!あおーん!」
と力強く遠吠えをはじめました。

その瞬間、白銀の狼が戸を突き破って現れ、
悪役令嬢を守るように立ちはだかります。

勇猛な彼の姿は、
まるで月光を纏った騎士のようです。

彼女の安否を確認した狼は、
ゔゔゔゔゔと唸って
鍵穴のある戸に飛びつきました。

破壊された扉の向こうの真っ暗闇では、
に゙ゃお゙ーーー!!
ゴロゴロゴロゴロ
おぞましい悲鳴が聞こえてきます。

突如として部屋が霧のように消え去り、
悪役令嬢は再び森の中に立っていました。
先程の出来事が全て夢だったかのようです。

狼は銀色の髪を持つ執事に姿を変え、
悪役令嬢に寄り添います。

「主、ご無事ですか」
「ええ……助かりましたわ、セバスチャン」

あれは一体何だったのでしょうか。
この地に潜む古の魔物か、
それとも森が見せた幻か────

迷い込んだ道の先で、悪役令嬢は
不思議な体験をしたのでありました。

6/30/2024, 6:45:13 PM

『赤い糸』

「おばあさま、遊びにきましたわ!」
「あら、いらっしゃいメア」

オズの屋敷に遊びに来たメアは、
オズの祖母であるおばあさまに飛びつきました。

おばあさまはとても優しくて、
メアが遊びに来る度に美味しいお菓子を
用意してくださり、ご本を読んでくれたり
お人形遊びに付き合ってくれたりします。

ある日のこと、オズとメアが屋敷で
かくれんぼをしていた時の話です。

おばあさまの部屋に迷い込んだメアは、
ドレッサーの上に置いてある可愛いらしい
コンパクトに目を惹かれました。

ハートの宝石が埋め込まれたピンクのコンパクト。
中を開けると、甘い香りが漂ってきます。
ハンドクリームでしょうか。
手首につけると、ふんわりと
薔薇の香りが広がりました。

クリームのついた手で目を擦ると、
突然、メアは赤い糸が見えるようになりました。

赤い糸は人々の小指に結ばれており、
男と女、同性同士、さらには犬や猫、
馬や鳥と繋がっている人もいました。

メアは、おばあさまが読んでくれた
ご本の話を思い出します。
運命の相手とは赤い糸で結ばれると────

「オズ、わたくし赤い糸が見えますの!」
メアの話を聞いたオズもまた、
クリームをつけてみることにしました。

「どうですか?」
「本当だ……見えますね」

オズはメアの小指に繋がれた赤い糸を
じっと見つめます。
それからオズは鋏を持ってきて、
メアの赤い糸をちょきんと切ってしまいました。

「何するのですか!」
「だって邪魔じゃないですか」
「ひどいですわ、ひどいですわ!」

わーんわーんと泣き出したメア。
オズは彼女の指から垂れ下がった
糸を自分の小指に巻き付けました。

「ほら、また結びましたから
泣き止んでください」

騒ぎを聞きつけたおばあさまが
二人のもとにやってきました。

「まあ、一体どうしたのですか?」

メアはそれまでの出来事を全て
おばあさまにお話しました。

話を聞き終えたおばあさまは、優しく微笑み
ながらコンパクトを手にして二人に説明します。

「これは『サダメの軟膏』と呼ばれるものです」

"サダメの軟膏"
古くから伝わる魔女の秘薬で、
これを目元に塗ると、
運命の相手が見えるようになるのだとか。
赤い糸は恋愛だけでなく友情、親愛、
深い絆や重要な出会いを示すこともあります。

「ですが運命とはさだめられたものでは
ありません。自らの手で紡いでいくものですよ」

おばあさまは優しく二人の頭を
撫でながら言いました。

「さあ、解呪の水でお顔を洗いましょうか」

それから赤い糸は見えなくなりました。
メアは一体誰と結ばれていたのでしょうか。
今でもあの赤い糸は繋がっているのでしょうか。
全ての真相は闇の中────

6/28/2024, 6:00:05 PM

『夏』

真夏の夜の話です。

「ひと狩りいきませんこと?セバスチャン」
「あの、どちらへ?」
「ずばり!ヘラクレスオオカブトを
捕獲しにですわ」

虫取り網やその他諸々を持って夜の海岸へ
訪れた悪役令嬢と執事のセバスチャン。

今回の標的は「昆虫王」の肩書きを持つ
世界最大級の甲虫、ヘラクレスオオカブト。

悪役令嬢は、フクロウが館長を務めている
博物館へ寄贈するため、日夜コツコツと
虫や魚を集めているそうです。
目指せ図鑑コンプリート!

この虫は夜行性で夜になると活動を開始し、
樹液が出ているヤシの木に集まります。

視界が悪い暗闇の中、ランタンの明かりと
セバスチャンの嗅覚を頼りに
樹液の出る木を探していると────

「主、いました」

ヒソヒソ声で悪役令嬢に話しかけるセバスチャン。

彼が指さすヤシの木にはアリやカナブン、
そして待望のヘラクレスオオカブトの姿が!

ランタンの明かりを落として、
そーっとそーっと気付かれないように、
虫取り網を構えながら忍び足で近づく悪役令嬢。

手に汗握る緊張の瞬間────
樹液を呑気に吸う標的の背中に
網をバサッ!と被せます。

中を確認すると、
英雄ヘラクレスの武器のような大きな角と
光沢のある黒褐色のボディがお目見え。

「やった!捕まえましたわ!」

ヘラクレスオオカブトを掲げながら、
決め台詞を言い放つ悪役令嬢。

「ヘラクレスオオカブトゲットだぜ、ですわ!」
「おめでとうございます。主」

お目当ての虫を手に入れルンルン気分な彼女は
帰り際、執事にこんな話を語り始めます。

「セバスチャン知ってますか。
木を揺するとたまにお金の入った袋や
不思議な木の葉が落ちてくるのですよ」

「へえ、知りませんでした」
「ふふん、試しにお見せしましょうか」

悪役令嬢は丁度いい木に目星をつけて
ゆさゆさと揺らします。

ドサッ!

すると鈍い音と共に蜂の巣が落ちてきました。

「えっ」

衝撃にびっくりしたスズメバチが巣から
飛び出してきて、悪役令嬢を襲い始めます。

「いやーっ!助けてくださいましっ!」
「何やってるんですか……」

悲鳴を上げてスズメバチの大群から逃げる
悪役令嬢をセバスチャンは呆れた様子で
見つめていました。

その後、セバスチャンに救出された悪役令嬢は
無事に屋敷へ戻ることができましたとさ。

6/25/2024, 6:45:05 PM

『繊細な花』

もうすぐ夏休み。
学園の中庭で、悪役令嬢は花々に
囲まれながらため息をついていました。

「自由研究のテーマはもう決めましたか?」
「それがちっとも思い浮かばないんですの」
「なんと、そんなお嬢様に
ぴったりの品がこちらに!」

見たこともない花の苗を取り出す魔術師。

「それは一体?」
「人恋花。別名メンヘラソウと呼ばれる花です」
「めっ……何ですのその名前は」


"人恋花"(別名:メンヘラソウ)
水、空気、適当な温度、日光、肥料の他に
愛がないと育たないとされる世にも奇妙な植物。
毎日話しかけてあげないと
すぐに枯れてしまうらしい。

「大切に育てると美しい花を咲かせます。
素材としての価値も高い」

「何だか面倒くさそうですわ」

「もちろんタダでとは言いませんよ。
お代はちゃんと払います。自由研究も兼ねて
高額バイトも行える、一石二鳥!」

こうして花のお世話をすること
になった悪役令嬢。

花は極度の寂しがり屋で
傍に誰かいないと不安になり、
話を聞いてあげないと
途端に不貞腐れてしまいます。

「ごきげんよう、今日も綺麗ですわね」
『どうせ他の花にも同じこと言ってるんでしょ?
アタシはそんな安い花じゃないわ』

『アタシのこと大事に扱ってくれない人
とは仲良くなれないの』

『この世で最も哀れな存在を知ってる?
それは忘れられた花よ』

『好きって10回言って』
「好き好き好き好き好き好き
好き好き好き好きですわ!」

「なんて美しい!」「可愛らしいですわ」
「エレガントですこと」「毎日頑張ってますのね」
「一緒にいると楽しいですわ」

悪役令嬢は紳士がレディを褒め讃えるかの如く、
毎日花のご機嫌を取り続けました。
そして気付けば彼女自身も花との時間を
楽しむようになっていたのです。

『……いつか離れ離れになったとしても、
アタシのこと忘れないでね』

翌朝、目覚めるとそこには驚きの光景が。
なんとあの花が、この世のものとは思えない
虹色の煌めきを放っているではありませんか。

『ありがとう。アナタのおかげでアタシ、
こんなに成長できた』

「まあ……立派になって、本当によかったですわ」

手のかかる娘を育てあげた親のような
気分になり、思わず涙ぐむ悪役令嬢。

ハンカチで目元を押さえていると、
「これはこれは、よく育ちましたね。
どうもありがとうございます、お嬢様」
どこからともなく魔術師が登場。

彼は黒いローブの下から鋏を取り出して、
ためらいもなくバチン!と花を刈り取りました。

「なっ!」
「はいこれ、お疲れ様でした」
淡々とお金の入った白封筒を手渡す魔術師。

茫然と封筒を受け取りながら、
悪役令嬢は花の最後の言葉を思い出します。

『アタシのこと忘れないでね』
「……ええ、もちろんですわ」

花と過ごしたかけがえのない日々は、
彼女の心にしっかりと
刻まれたのでありましたとさ。

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