悪役令嬢

Open App
6/23/2024, 6:45:03 PM

『子供の頃は』

「オズ、何してますの?」

芝生の上に寝転がって分厚い本を読んでいると、
頭の後ろに大きなリボンをつけた
セーラーワンピース姿の美少女が
声をかけてきました。
彼女は幼なじみのメアです。

「魔導書を読んでいるのですよ」
「ふうん……ねえオズ、あなたに見せたいものが
ございますの。ついてきてくださいまし!」

彼女に連れてこられた場所は、
ふわふわのクッションやぬいぐるみ、
アンティークの小物入れやオルゴールなど
ファンシーな家具がたくさん並べられた
パステルピンクを基調とした部屋。

メアがお披露目したのは、
赤い屋根の立派なドールハウス。

「これが見せたかったものですか?」
「ですわ!」

~.・*✿ シルパニアファミリー
あかりの灯る大きなお家 ✿ *・.~

巷で女の子たちに大人気のおもちゃです。

お家の中では小さなうさぎの人形たちが、
テーブルを囲んだりお風呂に入ったりしています。

「こちらはうさちゃんファミリーですわ。
お父さん、お母さん、おじいちゃん、
おばあちゃん、おねえちゃん、子ども7匹
計12匹の大家族ですの」

「へえ、よくできてますね」

職人の手によって精巧に作られた
小さな家具や人形を観察するオズ。
ふとあるものが彼の目に留まりました。

「おや、この子だけみんなと毛色が違いますね」

オズが指さしたのは灰色の子うさぎ人形。
他の人形がオレンジ色の毛並みに対して、
この人形だけは灰色です。

「この子はグレイ。お父さんうさぎが外で女を
作って、そのメスとの間にできた子どもですわ」

「うわあ、複雑~」

かわいらしい見た目にそぐわぬ
ドロドロな世界観です。

すると突然メアが慌て始めました。

「ない、ゴンザレスがいない!?」
「ゴンザレス?」
「赤ちゃんうさぎ人形の名前ですわ。
どこへ行ったのゴンザレス!」

二人はドールハウスの周辺を
くまなく探しますがどこにも見当たりません。

「わたくしのゴンザレス……」

目に涙を溜めながらスカートを握りしめるメア。

「子どもなんてまた作ればいいじゃないですか」

オズがメアを慰めていると、
小窓のフリルカーテンがガサゴソと
動いているのを発見しました。

カーテンをめくると、
そこにいたのは神出鬼没の魔猫、
生後15ヶ月のチェシャーキャット。
何かをガシガシ齧っています。

よく見るとそれはメアが必死に探していた
赤ちゃんうさぎの人形ではありませんか。

「なんてこと!わたくしのゴンザレスが!
チェシャ猫、その子を早く返しなさい!」

「いやにゃ!こいつはチェシャの獲物だにゃ!」

「ムキーッ!なんて躾のなってない子!
親の顔が見てみたい!」

チェシャ猫とメアがト〇ムとジェ〇リーを
彷彿とさせる壮絶な追いかけっこをしている傍で、
オズはおやつのカンノーリを
のんびり食べていました。

6/22/2024, 6:45:05 PM

『日常』

あたしの名前はモブ崎モブ子!
私立ヘンテコリン学園に通う高校一年生。

あたしには今、好きな人がいる。
同級生のセバスチャン・フェンリル君だ。

今日こそは彼に告白しよう。
そう思っていた矢先────

「モブ崎さん、
貴女に決闘を申し込みますわ!」

高飛車お嬢様がしょうぶ をしかけてきた! ▼

どうやらあたしはこの人を倒さないかぎり
彼に想いを告げられないらしい。

今日の勝負は"テニス"
お互いテニスウェアに着替えてコートに降り立つ。

「1セット取った方が勝ちですわ。よろしくて?」
「望むところよ!」

とは言ってみたものの、
モブ子はテニスの経験が皆無。

だがここで引いたら女が廃る。
ええい、なんとかなれー!

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

なんとかなるはずもなく、ビギナーモブ子は
高飛車お嬢様にボコボコにされていた。

鋭い音とともにサーブが放たれ、
モブ子の横を通り過ぎる。

『40-0』

「オーホッホッホ!貴女相手では
ウォーミングアップにもなりませんわ」

高飛車お嬢様の小馬鹿にした発言に
モブ子は歯を食いしばる。

ムカつく~~~~!!!!

スコアは5-1。
あと1ゲーム取られたら彼女に負けてしまう。
追い詰められたモブ子はある作戦に出た。

ラリーが始まったと同時に、
モブ子は高飛車お嬢様に語りかける。

「何でそんなに必死なんですか?
彼の恋人でもないのに」

「なっ!?」

「ただの雇用主と従業員の関係ですよね?
彼のプライベートまで束縛する権利は
あなたにはないはず!」

モブ子の言葉に惑わされた高飛車お嬢様。
その隙を狙い、モブ子はドロップショットを放つ。

「くっ!」

モブ子の覚醒と言葉責めにより、
高飛車お嬢様の調子が狂い始める。

『40-30』

フォアハンドのストレート、
バックハンドのクロス。

互いに打ち合う中、
高飛車お嬢様が口を開いた。

「モブ崎さん、先程の言葉ですが、
確かに私と彼は恋人ではありません。
けどそんな事はどうでもよいのです」

「えっ」

「なぜなら私は悪役令嬢!
この世の殿方の心は全て私のものだから!」

何そのジャイアニズム!
意味わかんないですけど!!

高飛車お嬢様の強烈なボレーにより試合は決着。

「ゲームセット!メア・リースー様の勝利です」

歓声が沸き起こる。
いつの間にかフェンスの外に人が集まっていた。

負けた。
項垂れるモブ子に高飛車お嬢様が手を差し出す。

「まあ、思ってたよりは戦えましたわね。
及第点を差し上げましょう」

は?ほんと何様なのこの女!
眉間をピキピキとさせながら、
二人は貼り付けた笑顔で握手を交わした。

待っていてね、フェンリル君。
必ずあなたを解放してみせるから!

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ぞわっ

「どうしましたか、セバスチャン」
「急に寒気が……」

一方その頃、セバスチャンは
謎の悪寒に襲われていたのであった。

6/20/2024, 6:00:06 PM

『あなたがいたから』
※前回の『未来』と話が繋がっています。

セバスチャンの顔が徐々に近づき、
悪役令嬢の唇に触れようとしたその時───

「お取り込み中のところ悪いが
熊猫爺が呼んでるぞ」

声のした方を見ると、扉の前に
濃紺のチャンパオを着た男が立っていた。
悪役令嬢はその顔に見覚えがある。
以前、セバスチャンと九狼城を
訪れた際に出会った男だ。

「……わかった」

セバスチャンは名残惜しそうに
悪役令嬢を見つめた。

「すぐに戻ります。
どこにも行かないでください」

男はセバスチャンにニヤリとした
いやらしい笑みを向ける。

「お堅いお前が女を連れ込んでるとは、
明日は雪が降るかもしれんな」

「黙れ」

外側から鍵が掛かった部屋に
一人取り残される悪役令嬢。

ふと一輪の花が彼女の視界に留まる。
部屋の甘い香りはこの白い花からくるものだ。

景徳鎮の花瓶に飾られた
その花の名前は"月涙花"
医薬品、そして麻薬の原料となる植物。

ここへ来る途中で通った
歓楽街の情景が蘇る。

賭博場で賭け事に熱中する男たち、
店の前で客引きをする女たち、
キセルを片手に甘い煙を吹かす老人たち。

「ただいま戻りました」

「セバスチャン、あなたはこの花を
売っているのですか」

彼の表情が凍りつく。

「天狼幇とは、この街を牛耳るマフィアの
名前ですわね?つまりあなたは……」

言葉を紡ごうとした矢先、
セバスチャンは彼女の足元に膝をついた。

「……俺はあなたがいなくなってから、
自分の行いが正しい事なのかわからないんです」

「この世界の私は、死んだのですか」

「消えたんです。跡形もなく」
「消えた……?」

「原因はわかりません。オズワルドは、異世界へ
飛ばされたのではないかと話していました。
俺は、あなたを探すために金が必要だった」
「……」

「麻薬、賭博、売春……あらゆる悪事に手を染め、
がむしゃらに金を集めて、あなたを探し続けた。
けれどあなたは一向に見つからない」

彼の震える背中を見つめる悪役令嬢。

彼はずっと待ち続けていたのだ。
主が帰ってくるその日を───

悪役令嬢は項垂れたままのセバスチャンを
抱き締め、その背中を優しく撫でた。

「ありがとうございます、セバスチャン。
私の事を忘れずにいてくれて、
私の事を愛してくれて」

「主……」
「私も、あなたの事が……」

突如、部屋が眩い光に包まれ、
悪役令嬢の体が浮き上がり始める。

「主!?」

セバスチャンは彼女の手を必死に掴もうとしたが、
光の力は強くどんどん距離が離れていく。

「セバスチャン、私たちきっとまた会えます!
絶対にあなたの事見つけ出してみせますわ!」

やがて光に包まれ、
彼女の姿は徐々に透明になっていった。

瞼を開けると、そこは元いた屋敷の一室だった。

「おかえりなさい、お嬢様」
魔術師が声をかけてくる。

「未来はどうでしたか」
悪役令嬢は俯いたまま何も話さない。

「お嬢様?」
彼女の頬には涙が伝い、掌には白い花弁が一片、
萎れた姿のまま握られていた。

6/17/2024, 5:15:11 PM

『未来』

魔術師の怪しい道具により、
未来に飛ばされた悪役令嬢。
辿り着いた先は、
九狼城と呼ばれるスラム街だった。

「よお、姉ちゃん。金目のもの全部置いていきな」
ついて早々、柄の悪い半グレ共に取り囲まれる。

「私、現金は持ち歩かない主義なんですの」
淡々と答えるキャッシュレス決済派の悪役令嬢。

この場をどうにかして切り抜けたい。
そう考えていた矢先────

「何をしている」

低い男の声が聞こえてきた。
そこに立っていたのは、金の刺繍が施された
漆黒の長袍を身に纏う背の高い男性。

半グレ共の顔がサッと青ざめる。

「あ、あなたは、天狼幇の……」
「俺のシマで恐喝とは随分と肝が据わっている」
「ひぃっ!」

冷たい眼差しを向けられた半グレ達は
蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

「助けていただきありがとうございます」
「いや、礼は無用」

二人は顔を見合わせ、そして互いに目を見張った。

「セバスチャン?」
「主?」

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

セバスチャンに案内された場所は、
シノワズリ調の家具が取り揃えられた広い部屋。

揚げたての胡麻団子と温かい烏龍茶を
頂きながら悪役令嬢は彼に質問した。

「今の年号はいくつですの?」
「紫竜六年です」

悪役令嬢の住む世界は蒼竜六年。
つまり彼女は三十年後の世界に
迷い込んでいたというわけだ。

彼の容姿は少し髪が伸びただけで、
大きくは変わっていない。

それもそのはず、
魔物の血が入った者は人よりも長く生きる。
そのため歳の取り方も普通の人間とは違う。

だが顔立ちは以前よりも鋭さが増して、
凛とした貫禄を放っていた。

「どうしてあの様な場所に?」
「実は私、過去からやって来たんですの。
信じられない話だと思いますが」

格子窓の隙間から外の景色を眺めて、
悪役令嬢は安堵のため息を零す。

赤提灯が揺らめく幻想的な街。
妖しげな雰囲気を残しつつも、
街並みは一新され美しくなっていた。

「こちらの私は元気にやっていますか」
その言葉に彼の表情が陰りを見せる。

「セバスチャン?」

彼は今にも泣き出しそうに顔を歪ませた後、
悪役令嬢を強く抱きしめた。
首筋に顔を寄せ、彼女の匂いを嗅ぐ。

「主の匂いだ」
その姿はまるで、長い間離れ離れになっていた
飼い主と再開した時の愛犬を彷彿とさせた。

「く、くすぐったいですわ」
身じろぐ悪役令嬢だが、彼は腕の中に
閉じこめたまま一向に離してくれない。

やがて天蓋付きの寝台に押し倒され、
月のような双眸に見下ろされる。

「あっ」
「主……」

セバスチャンの顔がゆっくりと近づいてくる。
果たして彼女は元いた世界に戻れるだろうか。

6/15/2024, 6:00:08 PM

『好きな本』

悪役令嬢の住むお屋敷には
広々とした図書室がある。

天井高い吹き抜けの空間には、
幾重にも重なる本棚が立ち並び、
迷路のように入り組んだ書架の小径を進むと、
柔らかな光が射し込む
落ち着いた窓際の席や、
居心地の良い書斎が広がっている。

暖炉の燃え盛る火が揺らめく書斎で、
悪役令嬢は赤いベルベットの椅子に
身を預け、茉莉花の香りが満ちる
空間で読書に耽っていた。

本日のお茶は九狼城から仕入れてきた茶葉で、
"花茶"と呼ばれるもの。
透明な急須の中で咲く花の姿は
何と可憐なことか。

時が止まったかのような
静謐な空間に聞こえてくるのは、
ページをめくる音と穏やかな息遣い。

「あなた方はどんな本がお好きなんですの?」
不意に悪役令嬢が、執事のセバスチャンと
メイドのベッキーにこんな質問をしてみた。

「わたしは恋愛要素のある作品が好きですね!
禁断の恋や運命の出会いみたいな話に
弱くて……」
頬を紅潮させながら語るベッキーに、
「わかります、わかりますわ」
と共感する悪役令嬢。

「セバスチャンはどうですか?」
「特にこだわりはありません。
小説、自叙伝、図鑑……自分にはない知識や
考え方が得られるものは、どれも興味深いです」
彼は沈着な声でそう答えた。

ふむふむと頷く悪役令嬢に
「お嬢様の好きな本は何ですか?」
とベッキーが尋ねる。

「私?私は悪女が転生して成り上がる物語や
復讐を企てる作品が大好物ですわね」

ほほほと笑う悪役令嬢の膝元には、
月刊連載中の『どすこい!ナスビくん』
の単行本が置かれていた。

かくして三人は、芳醇な古書の香りと
甘美な花茶の香りに包まれながら、
好きな本の世界に浸り、
穏やかな一時を過ごしたのであった。

Next