悪役令嬢

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『好きな本』

悪役令嬢の住むお屋敷には
広々とした図書室がある。

天井高い吹き抜けの空間には、
幾重にも重なる本棚が立ち並び、
迷路のように入り組んだ書架の小径を進むと、
柔らかな光が射し込む
落ち着いた窓際の席や、
居心地の良い書斎が広がっている。

暖炉の燃え盛る火が揺らめく書斎で、
悪役令嬢は赤いベルベットの椅子に
身を預け、茉莉花の香りが満ちる
空間で読書に耽っていた。

本日のお茶は九狼城から仕入れてきた茶葉で、
"花茶"と呼ばれるもの。
透明な急須の中で咲く花の姿は
何と可憐なことか。

時が止まったかのような
静謐な空間に聞こえてくるのは、
ページをめくる音と穏やかな息遣い。

「あなた方はどんな本がお好きなんですの?」
不意に悪役令嬢が、執事のセバスチャンと
メイドのベッキーにこんな質問をしてみた。

「あたしは普段あまり本は読まないですけど、
恋愛要素のある作品が好きですね!
禁断の恋や運命の出会いみたいな話に
弱くて……」
頬を紅潮させながら語るベッキーに、
「わかります、わかりますわ」
と共感する悪役令嬢。

「セバスチャンはどうですか?」
「特にこだわりはありません。
小説、自叙伝、図鑑……自分にはない知識や
考え方が得られるものは、どれも興味深いです」
彼は沈着な声でそう答えた。

ふむふむと頷く悪役令嬢に
「お嬢様の好きな本は何ですか?」
とベッキーが尋ねる。

「私?私は悪女が転生して成り上がる物語や
復讐を企てる作品が大好物ですわね」

ほほほと笑う悪役令嬢の膝元には、
月刊連載中の『どすこい!ナスビくん』
の単行本が置かれていた。

かくして三人は、芳醇な古書の香りと
甘美な花茶の香りに包まれながら、
好きな本の世界に浸り、
穏やかな一時を過ごしたのであった。

6/15/2024, 6:00:08 PM