『未来』
魔術師の怪しい道具により、
未来に飛ばされた悪役令嬢。
辿り着いた先は、
九狼城と呼ばれるスラム街だった。
「よお、姉ちゃん。金目のもの全部置いていきな」
ついて早々、柄の悪い半グレ共に取り囲まれる。
「私、現金は持ち歩かない主義なんですの」
淡々と答えるキャッシュレス決済派の悪役令嬢。
この場をどうにかして切り抜けたい。
そう考えていた矢先────
「何をしている」
低い男の声が聞こえてきた。
そこに立っていたのは、金の刺繍が施された
漆黒の長袍を身に纏う背の高い男性。
半グレ共の顔がサッと青ざめる。
「あ、あなたは、天狼幇の……」
「俺のシマで恐喝とは随分と肝が据わっている」
「ひぃっ!」
冷たい眼差しを向けられた半グレ達は
蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
「助けていただきありがとうございます」
「いや、礼は無用」
二人は顔を見合わせ、そして互いに目を見張った。
「セバスチャン?」
「主?」
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セバスチャンに案内された場所は、
シノワズリ調の家具が取り揃えられた広い部屋。
揚げたての胡麻団子と温かい烏龍茶を
頂きながら悪役令嬢は彼に質問した。
「今の年号はいくつですの?」
「紫竜六年です」
悪役令嬢の住む世界は蒼竜六年。
つまり彼女は三十年後の世界に
迷い込んでいたというわけだ。
彼の容姿は少し髪が伸びただけで、
大きくは変わっていない。
それもそのはず、
魔物の血が入った者は人よりも長く生きる。
そのため歳の取り方も普通の人間とは違う。
だが顔立ちは以前よりも鋭さが増して、
凛とした貫禄を放っていた。
「どうしてあの様な場所に?」
「実は私、過去からやって来たんですの。
信じられない話だと思いますが」
格子窓の隙間から外の景色を眺めて、
悪役令嬢は安堵のため息を零す。
赤提灯が揺らめく幻想的な街。
妖しげな雰囲気を残しつつも、
街並みは一新され美しくなっていた。
「こちらの私は元気にやっていますか」
その言葉に彼の表情が陰りを見せる。
「セバスチャン?」
彼は今にも泣き出しそうに顔を歪ませた後、
悪役令嬢を強く抱きしめた。
首筋に顔を寄せ、彼女の匂いを嗅ぐ。
「主の匂いだ」
その姿はまるで、長い間離れ離れになっていた
飼い主と再開した時の愛犬を彷彿とさせた。
「く、くすぐったいですわ」
身じろぐ悪役令嬢だが、彼は腕の中に
閉じこめたまま一向に離してくれない。
やがて天蓋付きの寝台に押し倒され、
月のような双眸に見下ろされる。
「あっ」
「主……」
セバスチャンの顔がゆっくりと近づいてくる。
果たして彼女は元いた世界に戻れるだろうか。
6/17/2024, 5:15:11 PM