『繊細な花』
もうすぐ夏休み。
学園の中庭で、悪役令嬢は花々に
囲まれながらため息をついていました。
「自由研究のテーマはもう決めましたか?」
「それがちっとも思い浮かばないんですの」
「なんと、そんなお嬢様に
ぴったりの品がこちらに!」
見たこともない花の苗を取り出す魔術師。
「それは一体?」
「人恋花。別名メンヘラソウと呼ばれる花です」
「めっ……何ですのその名前は」
"人恋花"(別名:メンヘラソウ)
水、空気、適当な温度、日光、肥料の他に
愛がないと育たないとされる世にも奇妙な植物。
毎日話しかけてあげないと
すぐに枯れてしまうらしい。
「大切に育てると美しい花を咲かせます。
素材としての価値も高い」
「何だか面倒くさそうですわ」
「もちろんタダでとは言いませんよ。
お代はちゃんと払います。自由研究も兼ねて
高額バイトも行える、一石二鳥!」
こうして花のお世話をすること
になった悪役令嬢。
花は極度の寂しがり屋で
傍に誰かいないと不安になり、
話を聞いてあげないと
途端に不貞腐れてしまいます。
「ごきげんよう、今日も綺麗ですわね」
『どうせ他の花にも同じこと言ってるんでしょ?
アタシはそんな安い花じゃないわ』
『アタシのこと大事に扱ってくれない人
とは仲良くなれないの』
『この世で最も哀れな存在を知ってる?
それは忘れられた花よ』
『好きって10回言って』
「好き好き好き好き好き好き
好き好き好き好きですわ!」
「なんて美しい!」「可愛らしいですわ」
「エレガントですこと」「毎日頑張ってますのね」
「一緒にいると楽しいですわ」
悪役令嬢は紳士がレディを褒め讃えるかの如く、
毎日花のご機嫌を取り続けました。
そして気付けば彼女自身も花との時間を
楽しむようになっていたのです。
『……いつか離れ離れになったとしても、
アタシのこと忘れないでね』
翌朝、目覚めるとそこには驚きの光景が。
なんとあの花が、この世のものとは思えない
虹色の煌めきを放っているではありませんか。
『ありがとう。アナタのおかげでアタシ、
こんなに成長できた』
「まあ……立派になって、本当によかったですわ」
手のかかる娘を育てあげた親のような
気分になり、思わず涙ぐむ悪役令嬢。
ハンカチで目元を押さえていると、
「これはこれは、よく育ちましたね。
どうもありがとうございます、お嬢様」
どこからともなく魔術師が登場。
彼は黒いローブの下から鋏を取り出して、
ためらいもなくバチン!と花を刈り取りました。
「なっ!」
「はいこれ、お疲れ様でした」
淡々とお金の入った白封筒を手渡す魔術師。
茫然と封筒を受け取りながら、
悪役令嬢は花の最後の言葉を思い出します。
『アタシのこと忘れないでね』
「……ええ、もちろんですわ」
花と過ごしたかけがえのない日々は、
彼女の心にしっかりと
刻まれたのでありましたとさ。
6/25/2024, 6:45:05 PM