『誰にも言えない秘密』
これはセバスチャンが悪役令嬢のもとで
働き始めてまだ間もない頃のお話です。
「「「わっしょい!わっしょい!」」」
ある日のこと、青年は屋敷にひっそりと
住み着く妖精のブラウニーたちが、
牛を背負って地下へ続く階段を
降りていく様子を目撃。
あまりにも奇妙な光景に、
彼は妖精たちの後を追うことにしました。
近づいてくる水のにおいと何かの鳴き声。
扉の先には、長い地下水道が広がっていました。
妖精たちはゴンドラを漕ぎ出し、
地下水道の奥へと進みます。
彼らが乗る舟の真下に見えるは
とても大きな魚影。
妖精たちは舟を止めて、「せーの!」という
掛け声と共に牛を水面に放り投げます。
すると水の中から巨大な魚が飛び出してきて、
牛を一瞬で丸呑みにしたではありませんか。
あれは鰐?鮫?鯨?
初めて目にする生き物に青年が驚愕していると、
コツコツと階段を降りてくる足音を拾いました。
振り返るとそこにいたのは、
この屋敷の主であり、彼を拾った美しい娘。
「あなた、見てしまいましたわね」
「あの生き物は……」
「この家で飼っている
モササウルスのモサちゃん (♀)ですわ」
「モサ……」
「私の機嫌を損ねたら、あなたも
モサちゃんの餌になってしまいますからね。
気を付けてくださいまし」
娘の言葉にフンと鼻を鳴らす青年。
この屋敷も目の前に立つ娘も、
謎に満ち溢れています。
疑問に思うことは多々ありましたが、
お互い秘密を抱えた者同士、
余計な詮索はしないでおこうと
青年は心に決めました。
『狭い部屋』
目が覚めると、
見知らぬバスルームに閉じ込められていた
悪役令嬢とセバスチャン、魔術師に道化師。
狭い部屋の中央には謎の死体が転がっている。
「この状況知ってますわ。ここからデスゲームが
始まって、一人だけしか生き残れないやつですわ」
「お前の仕業か?オズワルド」
「まさか、違いますよ」
出口は一つだけ。
魔法や物理攻撃を持ってしても
扉はビクともしない。
「😚~♪」
3人が脱出方法を探る傍らで、
道化師が呑気にトランプタワーを積み上げている。
疲れ果てその場にへたり込む悪役令嬢。
「お腹空いたですわ」
「魔法で食料を作れたりできないのか?」
魔術師がチッチッと指を振る。
「セバスチャン、無から生み出せるのならば
それはもう神の領域です」
「😞」
トランプ遊びに飽きて、床をゴロゴロと
転がっていた道化師が突然立ち上がり、
セバスチャンをじーっと見つめた。
「🤔。oO(🐺 → 🍖)」
(訳:狼のジビエ料理が食べたいな)
「😳❗️」
(訳:目の前にぴったりの食材があります!)
「😁」
(訳:オマエを食ってやる!)
道化師は目にも留まらぬ速さで
トランプを数枚、セバスチャン目掛けて投げ放つ。
セバスチャンは即座に反応するが、一枚のカードが
彼の頬を掠めて、血がツーッと流れた。
鋭利な刃物の如く切れ味抜群だ。
「何の真似だ」
唸るような低い声を出すセバスチャン。
「🤤🍴」
(訳:ごはん♪ごはん♪)
そんな彼に臆することなく
余裕綽々な態度を取る道化師。
ビリビリと張り詰めた空気が漂い始め、
動揺する悪役令嬢。
「喧嘩はやめてくださいまし!」
すると魔術師が、杖の先端で
道化師の肩をバシッ!と叩いた。
「スタンチク、彼を食べる必要はありませんよ」
「にゃ~、チェシャ猫
う〜ばぁい〜つの登場だにゃ」
丁度のタイミングで、
紫色の猫が壁をすり抜けてやってきた。
両手には大きな配達バッグをぶら下げている。
「ありがとうごいます、チェシャ猫」
どうやら魔術師が呼んだらしい。
彼が注文したのは、ヤンニョムチキン、
キンパ、トッポギ、キムチ、チーズハットグ。
「美味しそうだな」
スパイシーな匂いにつられたのか、部屋の中央に
転がっていた死体がひょいと起き上がる。
「お、お父様?!」
なんと死体の正体は悪役令嬢の父であった。
「伯爵、これは貴方が考えた余興ですか?」
魔術師が尋ねると、お父様は首を縦に振った。
「左様。皆の親睦を深めるために我が
考案したものだ。楽しんでくれたかな?」
「もう、お父様ったら!」
「「………」」
「😋💓」
ぷりぷり怒る悪役令嬢と微妙な表情を
浮かべるセバスチャンと魔術師。
待望のごはんにウッキウキの道化師。
何はともあれ一件落着。
細かいことは置いといて、皆で
仲良くキャンコク料理を食べたのであった。
『正直』
ここは私立ヘンテコリン学園。
現在の時刻は午後12時。
待望のお昼休憩の時間だ。
「主、昼食はいかがなさいますか?
売店で何か買ってきましょうか?」
「その必要はありませんわ。
今日は私がお弁当を作りましたの。
セバスチャンの分もございましてよ」
チェック柄の風呂敷に包まれたお弁当を
渡されて目を丸くするセバスチャン。
二人は、秘密の花園と呼ばれる生徒達が
あまり立ち寄らないテラスへ場所を移動した。
お弁当の蓋を開けると
白米とカラ揚げと卵焼き、
プチトマトやブロッコリーなど
色とりどりの食材が綺麗に敷き詰められている。
「どうですか?」
ソワソワしながら感想を待ちわびる悪役令嬢。
「おいしいです、すごく……!」
普段クールな彼が目を輝かせて褒めるものだから、
悪役令嬢の機嫌は大層良くなった。
「ふふん、まあこのくらい朝飯前ですわね」
得意げな様子で卵焼きに箸をつけて口に含むと、
彼女の顔はたちまち険しくなった。
(この卵焼き……塩辛いですわ!)
どうやら塩と砂糖を間違えて
入れてしまったようだ。
(それにこちらのカラ揚げは味付けが薄い……。
もう少しタレに漬け込んでおくべきだったかしら)
頭の中で一人反省会が繰り広げられている
悪役令嬢の隣で、セバスチャンがおかずを
パクパクと口に運び、あっという間に完食。
「ご馳走様でした」
手を合わせるセバスチャンに
悪役令嬢が申し訳なさそうに尋ねる。
「セバスチャン……正直な感想を述べて
いただいてもよろしいのですよ」
彼のことだからきっと無理して食べたに違いない。
「?本当に美味しかったですよ」
普段はセバスチャンかメイドのベッキーに
起こしてもらう彼女が、
早起きして作ってくれたお弁当。
その事実だけで彼は嬉しかったのだ。
「セバスチャン……!」
正直な感想を聞いて胸がいっぱいになった
彼女は愛すべき執事へ抱きついた。
(あの二人、人目のつかない場所で
ハグしてる……!)
そこへたまたま通りかかったモブ学生の
モブ崎モブ子がその光景をばっちり目撃。
二人の関係を色々と勘違いしたのであった。
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『正直』
とある民家を訪れた
悪役令嬢と執事のセバスチャン。
木製の扉を叩けば、立て付けが悪いのか
軋んだ音を立てながらゆっくりと開かれました。
中から出てきたのは、中年のやつれた農夫。
頬や喉、腕などに赤い発疹が出きており
見るからに具合が悪そうです。
「ごきげんよう、ジョーンズさん」
「お嬢様、遥々この様な場所まで
お越しいただいて、申しわけございません」
「私のことはお気になさらず。
それよりも、体調は大丈夫ですの?」
「はい。わたしは幾分か回復しましたが、
妻や子どもたちがまだ病床に伏せております」
ジョーンズさんは領地に暮らす小作人。
長いこと小作料などの支払いが滞っていたため、
牧師に話を伺ったところ、なんと一家全員が
猩紅熱にかかっているとの報告を受けたのです。
医者はワインを飲ませて滋養のある食べ物を
食べさせろと言うのですが、彼らにはそれを
買うお金もありません。
そこで早速、悪役令嬢とセバスチャンは
食料などの手配に取り掛かりました。
セバスチャンが農夫へ ワインに卵、オレンジ、
バナナ、りんごが入った籠を手渡します。
「こちらの赤い植物はサフランです。
猩紅熱によく効くのでハーブティーに
してお召し上がりください」
それから悪役令嬢が、領主である父の筆跡で
『当面、追い立ては無用』と書かれた
書面を差し出します。
食料と書面を見て恐縮した声を
絞り出すジョーンズさん。
「嗚呼、なんとお礼を言えばよいのでしょう。
本当にありがとうございます……!
伯爵にもよろしくお伝えください」
「ええ、わかりましたわ。
どうかお大事になさってください」
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正直な話をすると、これまで悪役令嬢は自分の
楽しみのことしか頭になく、領地に住んでいる人
たちのことをあまり考えておりませんでした。
ある日のこと、悪役令嬢はセバスチャンに
貴族についてどう思うか質問してみたところ、
彼は奢侈な生活を送る傲慢な連中だと答えました。
その返答にショックを受ける悪役令嬢。
彼女の脳裏に流れるは、
今までの優雅な暮らしと父から教わった言葉。
富と権力に恵まれた者は、
自分の選択に責任がある。
貴族は、領民を幸せにする責務を
背負わねばならないと────。
「セバスチャン。
私、あなたの言葉に気付かされましたわ。
ありがとうございます」
「?……はい」
『終わりなき旅』
悪役令嬢たちが暮らす領地に
見世物小屋がやって来ました。
怖いもの見たさで訪れる者が多いのか、
ものすごい人だかりです。
「さあ!寄ってらっしゃい!見てらっしゃい!
世にも奇妙なエレファントレディの登場だよ!」
鼻がぶらりと長いモノクルをつけた象が
椅子に座り新聞を読んでいます。
するとそこへ筋骨隆々の男がやってきて、
片腕で象をひょいと持ち上げると、
空中に投げ飛ばしたではありませんか。
それからドスン!と巨大な音と振動を立て
地面に下りたった象は、あっという間に
人間の女の姿へ変わりました。
けたたましく銅鑼を打ちならしながら、
芸人たちが舞台へ上がってゆきます。
生の蛇をばりばりむしゃむしゃと食いちぎり、
生き血を啜る悪食の蛇女、
鈍く光る剣を飲み込む男、
クラリネットを演奏する尻と腰が繋がった姉妹、
芋虫のように床を這い、口先を器用に使って
火を吹く手足のない男。
次から次へとお披露目される奇妙奇天烈な演目に、
火事騒ぎのような歓声が湧き上がります。
そこへタキシードを着た赤子が登場。
「紳士淑女の皆様、ようこそお越しくださいました。
どうぞ最後までお楽しみください」
甲高い声で観客に挨拶して、
深々とお辞儀をします。
その溌剌とした話し方や振る舞いから
彼は成人男性なのだと悟りました。
楽しい時間もあっという間に過ぎ、
すべての演目が終えました。
「こんなに賑やかで楽しい場所に
来たのは初めてですわ」
覚めやらぬ興奮でドキドキしている悪役令嬢と、
意味ありげな表情を浮かべる執事のセバスチャン。
「彼らのショーもいずれ見れなくなる
かもしれませんね」
その言葉に悪役令嬢は顔を曇らせます。
この国には色々な派閥があります。
特に最近は議会派が幅をきかせており、
彼らの手によって国中の芝居小屋が
たちまち閉鎖されている状況です。
「セバスチャンは、どう思われますか?」
見世物小屋は差別的で人々の仄暗い好奇心を満たす
悪しきものだと議会派の者たちは話します。
彼は瞑目した後、おもむろに口を開きました。
「俺たち獣人や、彼らのような先天性の障害を
持つ者は、働ける場所が限られています。
だから、なくして欲しくない、と思っています」
社会から爪弾きにされた者たちの居場所、
というのが彼の考えです。
この国で続ける事が出来なくなったとしても、
団員たちを乗せた馬車は新たな土地へと旅立ち、
人々を魅了し楽しませる事でしょう。
彼らの終わりなき旅はこれからも続きます。
『降り止まない雨』
「ありがとうございます。魔術師」
「いいえ、困った時はお互い様ですよ」
濡れた髪をタオルで拭いながら、
レザーソファに腰を下ろす悪役令嬢。
魔術師に借りたシルクのシャツから
爽やかなミントの香りがする。
ここは崖の上に聳え立つ城。
魔術師が所有する根城の一つだ。
迎えの時間になってもやって来ない馬車を
待っていると突然、大粒の雨が降り出した。
そこへたまたま通りかかった魔術師が
救いの手を差し伸べてくれたのだ。
「どうぞ」
とろりとした琥珀色の液体が入った
マグカップを差し出す魔術師。
「はちみつ酒です。リンゴとはちみつに
シナモンとクローブ、オレンジの皮に
レモン汁、水、赤ワインを煮て作りました」
フーフーと冷ましながら口をつければ、
甘くて優しい味が広がり、
身体の芯からポカポカと温まるの感じた。
「おいしいですわ」
「それはよかった」
薄暗い部屋の中では、ガスランプの炎が
あたりにほのかな赤い光を投げかけ、
陰鬱な雨が窓を叩く音と
風の唸り声が聞こえてくる。
「以前もこんな事ありましたよね」
「いぜん?」
「はい。子供の頃、森で遊んでいた時に急に雨が
降り出して洞窟で雨宿りしたこと、覚えてますか」
「……ええ、そんな事もありましたわね。
懐かしいですわ」
思い出ばなしに花を咲かせる二人。
すると魔術師が悪役令嬢の隣に座り、
ダンスに誘うかの如く彼女の手をとった。
「な、なんですの」
夜闇に包まれる前の空を思わせる
紫色の瞳が彼女の姿を捉える。
「泊まっていきませんか?」
「ここにですか?」
「はい」
悪役令嬢は顎に手を当て考え込む。
ふと窓の外を見遣ると、にわか雨はすっかり止み、
空は淡い黄金色に染まっていた。
雲の切れ間から天使の梯子を降ろす
美しい光景はまるで宗教画のようだ。
「今日はもうおいとましますわ。
はちみつ酒、ご馳走様でした。
シャツはまた今度洗って返しますわね」
悪役令嬢は立ち上がり、
魔術師にぺこりと頭を下げる。
突如、猛烈な眠気と脱力感が彼女を襲い、
がくりと膝から崩れ落ちた。
身体に力が入らない。
「本当に危機感のない方ですね、メア」
朦朧とする意識の中で、
魔術師の笑い声だけがはっきりと聞こえる。
「あなた……飲み物に、何か混ぜて」
毒を盛るだなんて、悪役のする事ですわ。
悪態の一つでもついてやりたいところだが
彼女の意識はそこでプツリと途切れた。