『終わりなき旅』
悪役令嬢たちが暮らす領地に
見世物小屋がやって来ました。
怖いもの見たさで訪れる者が多いのか、
ものすごい人だかりです。
「さあ!寄ってらっしゃい!見てらっしゃい!
世にも奇妙なエレファントレディの登場だよ!」
鼻がぶらりと長いモノクルをつけた象が
椅子に座り新聞を読んでいます。
するとそこへ筋骨隆々の男がやってきて、
片腕で象をひょいと持ち上げると、
空中に投げ飛ばしたではありませんか。
それからドスン!と巨大な音と振動を立て
地面に下りたった象は、あっという間に
人間の女の姿へ変わりました。
けたたましく銅鑼を打ちならしながら、
芸人たちが舞台へ上がってゆきます。
生の蛇をばりばりむしゃむしゃと食いちぎり、
生き血を啜る悪食の蛇女、
鈍く光る剣を飲み込む男、
クラリネットを演奏する尻と腰が繋がった姉妹、
芋虫のように床を這い、口先を器用に使って
火を吹く手足のない男。
次から次へとお披露目される奇妙奇天烈な演目に、
火事騒ぎのような歓声が湧き上がります。
そこへタキシードを着た赤子が登場。
「紳士淑女の皆様、ようこそお越しくださいました。
どうぞ最後までお楽しみください」
甲高い声で観客に挨拶して、
深々とお辞儀をします。
その溌剌とした話し方や振る舞いから
彼は成人男性なのだと悟りました。
楽しい時間もあっという間に過ぎ、
すべての演目が終えました。
「こんなに賑やかで楽しい場所に
来たのは初めてですわ」
覚めやらぬ興奮でドキドキしている悪役令嬢と、
意味ありげな表情を浮かべる執事のセバスチャン。
「彼らのショーもいずれ見れなくなる
かもしれませんね」
その言葉に悪役令嬢は顔を曇らせます。
この国には色々な派閥があります。
特に最近は議会派が幅をきかせており、
彼らの手によって国中の芝居小屋が
たちまち閉鎖されている状況です。
「セバスチャンは、どう思われますか?」
見世物小屋は差別的で人々の仄暗い好奇心を満たす
悪しきものだと議会派の者たちは話します。
彼は瞑目した後、おもむろに口を開きました。
「俺たち獣人や、彼らのような先天性の障害を
持つ者は、働ける場所が限られています。
だから、なくして欲しくない、と思っています」
社会から爪弾きにされた者たちの居場所、
というのが彼の考えです。
この国で続ける事が出来なくなったとしても、
団員たちを乗せた馬車は新たな土地へと旅立ち、
人々を魅了し楽しませる事でしょう。
彼らの終わりなき旅はこれからも続きます。
5/30/2024, 5:45:09 PM