『ブランコ』
昔はよく乗っていましたわね。
ええ、従姉妹と取り合いになるほど
夢中になりました。
紙の箱をお城に見立てたり、
針金や海岸で拾った貝殻でティアラを作ったり、
便利なおもちゃを与えなくても、子どもは
勝手に自分で遊びを作り出すのが得意なんですの。
今では子どもの頃に出来なかった遊びも物も簡単に手に入れられるようになりましたが、あの頃のような新鮮な気持ちになることは少なくなりましたわね。
「では童心に帰ってみるのはいかがでしょうか?」
振り向けば魔術師がブランコの前に立ち、
ニコニコと笑顔で手招きしていました。
私は不審に思いながらも魔力に取り憑かれたように、
足を運び、知らぬ間にブランコに座っていました。
魔術師が鎖を握る私の手を上から優しく包むこみ、
背中を押せばブランコがゆっくりと動き出します。
ゆらゆらと揺らされていると、
なんだかこころもからだもかるくなってきましたわ。
きがつけばわたくしのからだは
ちいさくなっていました。
さきほどまでいたまじゅつしのすがたは
どこにもみあたりません。
わたくしはこれからどうすればよいのでしょう?
こどものすがたのまま、もとにもどらなかったら…。
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子どものように泣き喚く悪役令嬢の元にセバスチャン
が駆け付け、屋敷へと連れ戻されました。
その後一日経つと、悪役令嬢は元の姿に
戻っておりましたとさ。
『旅路の果てに』
太陽の照りつける土地、霧に覆われた街、氷の大地
様々な場所を旅してきた。
金が底をつけばその土地で仕事を探して、
暫く経てばまた次の土地へ旅立つ。
同じ場所にはとどまれない
なぜなら自分は人狼だから
満月の夜が近づくとその衝動は抑えきれなくなる。
怯える人々の顔が今でも頭から焼き付いて離れない。
人は惨めで醜い生き物を嫌うのだ。
人間の世界という喧騒から離れ、
自然の中で暮らしたこともある。
穏やかな陽の光、草木や土の匂い 、
雨風が吹けば洞窟や木の根の隙間を探して
枯葉を敷きつめそこを寝床にする。
雄大な自然は自分という存在や自分が
抱えている問題など、この世界の中では
ちっぽけなものだと思わせてくれる。
自然は人間よりも寛大で親切だ。
だが、自然が与えてくれる感動にも
癒せぬものがあった。
常に寂しさが付きまとうのだ。
様々な土地を見てきて共通することが一つあった。
それは皆仲間がいることだ。家族、友人、恋人…
人も狼も群れを作って暮らす生き物だ。
だが俺には共に生きる相手がいない。
人にも狼にもなりきれず、
己の正体を見破られることを恐れ、
転々と住む場所を変え続ける日々。
そんな自分が今は屋敷で使用人として働いている。
屋敷の主は俺の正体を知っているが、
恐れや嫌悪を抱く事もなく、それどころか、
名もなき俺に"セバスチャン"という
名前と居場所を与えてくれた。
暖かな日差し、紅茶の香り、鳥のさえずり、
庭の花の香りを運ぶ優しい風。
テラスで寛ぐ主人の横顔を見つめる。
自分は一体いつまでここにいられるのだろうか。
今はただ、この穏やかな時間を
胸に刻み付けておきたかった。
『街へ』
とある密会の情報を得るために
私は庶民の格好をして街に潜入しています。
人通りの少ない路地を歩き、
手がかりを探っていると、
何処かから男女の話し声が聞こえてしました。
物陰から様子を伺うと、
男性が女性を強引に口説き、
女性は困っている様子でした。
見兼ねた私はその場に乱入し、
固有スキル『毒舌』を使います。
すると男は驚いて、そそくさと逃げていきました。
「ありがとう。助かりました」
微笑みながらお礼を言う女性を
私はじっと見つめました。
薔薇色の頬、桜色の唇、空のように
青く澄んだ瞳、鈴の音のような柔らかな声
目の肥えた私から見ても
美しく愛らしいレディでした。
この街に住んでいる娘でしょうか。
助けてもらったお礼がしたいと言う彼女に
私は手を引かれ、街を散策することになりました。
住宅街の路地では住民が植物に
水やりをしていました。
水しぶきに日の光があたって
きらきらと輝いています。
市場へとやって来た私たちは、
コカトリスの焼き鳥や
ひつじ雲のわたあめなどを買い、
その珍味に舌を唸らせながら街を見回しました。
子供たちが楽しそうに駆け回る姿や笑い声
街の人たちの活気に満ち溢れた呼び声や熱気
洗濯物の甘い香り、焼鳥のタレの香り、花の香り
涼やかな風は街のさまざまな匂いを
運んできてくれます。
この街には今までも何度か訪れましたが、
これほどまで色鮮やかに映ったのは
今日が初めてでした。
楽しい時間は永遠の様に思えて一瞬の出来事です。
夕暮れの道を二人で歩きながら彼女は言いました。
「また会おうね」
今日は調査のために訪れたのであって、
遊びに来た訳ではないのですが…
たまにはこういう日も悪くないですわね。
『安心と不安』
私、実は幼い頃に誘拐された事がありますの。
暗くじめじめとした場所に入れられ、
僅かな食料と水しか与えられずに何日間も過ごしました。
どうやって助かったかですって?
長くなるので割愛させていただきますが、
ひとえにある少女のおかげですわね。
その子は私と同じ牢屋に閉じ込められておりました。
私が不安に駆られている時、
その子どもは私の手を優しく握って、
たくさんのおとぎ話を聞かせてくれました。
彼女の声と温もりは私を安心させてくれたのです。
それから私たちは見張りに気づかれぬよう
毎日少しずつ穴を掘り進め、
とうとう逃げ出す事に成功したのです!
途中で追手に追われその子とははぐれてしまいましたが、
私は農村で働いていたご夫婦に助けてもらい、
そして、今こうして優雅に紅茶を飲んでいられるのです。
あの子がいなければ私は早々に何もかも諦めて
どこかに売られていたかもしれませんわね。
不安や絶望に苛まれている時に
安心や希望を与えてくれる
そのような存在に人は強く惹かれるのでしょう。
人々が宗教や推し活にはまるのも無理ありませんわ。
あの子は今でも私の心を暖かく灯してくれる
小さな炎ですわ。
もし生きていてくれたなら、
もう一度彼女に会いたいですわね。
『特別な夜』
今宵は大臣主催による舞踏会に招かれておりますわ!
大臣と握手を交わしていると、
歓声が聞こえてきました。
そちらへ視線を向けると、そこには人々の輪の中で不敵な笑みを浮かべる道化師が立っていました。
道化師は手に持っていたナイフで見事なジャグリングを決めてみせ、皆が彼に賞賛の拍手を送っています。
私もその華麗なナイフ捌きに感心していると、
大臣が訝しげな眼差しで彼の部下を見ました。
「あの道化師は何だ?あの様な催しは
呼んだ覚えがないぞ」
「安心してください。彼はフレンドリーです!」
それから私は人脈作りのために貴族たちとの
会話に励んでおりますと、突然どこかから
悲鳴が聞こえてきました。
その場へ駆けつけると、茂みの中で男女が
抱き合ったまま見るも無惨な姿となり
絶命しているではありませんか!
すると今度は大広間で何やら
騒ぎが起こっているようです。
遺体はセバスチャンに任せて急いで広間へ
行きますと、ステージ上に先程の道化師と
逆さまに吊るされた大臣の姿がありました。
周囲には衛兵らしき者達が血を流して倒れています。
道化師はニタリと笑って、大臣の股の間に
ノコギリをギコギコと入れていき、
彼の身体を真っ二つにしています。
それはまるでマグロの解体ショーでも
見ているようでした。
人々がパニックに陥り逃げ惑う中、
道化師は血塗れのノコギリを握り締めたまま、
ゆっくりとこちらへ近付いてきます。
私はドレスの下から武器を取り出し
臨戦態勢に入りました。
悪役令嬢と道化師、二つの視線が混じり合う。
血塗られた『特別な夜』が今、幕を開ける────