『海の底』
オーホッホッホ!
私に歯向かう輩はみーんな
海の底に沈めてやりますわ!
さあ、お覚悟はよろしくて?
かつてはそんな殊勝な発言をしていたこの私が、
まさか海の底に沈められるなんて
思ってもみませんでしたわ。
「悪役令嬢」から「海の藻屑」に
クラスチェンジとは…。
なんたる不覚!なんたる屈辱!
そうして海の底を彷徨っていますと、
珊瑚で作られた不気味な館を見つけました。
私は警戒しつつも、恐る恐る中へ入ってみると、
そこには見知った顔の輩がおりました。
「これはこれはお嬢様、随分と変わり果てた
お姿になられましたね」
私のこの無様な姿を見て笑うその者は「魔術師」
怪しい魔術や魔法アイテムを生み出しては、
世に流通させる超危険人物ですわ!
「先日買っていただいた
『魔法の鏡』はいかがでしたか?」
私に怪しい商品を売りつけてきたあの
胡散臭い商人の正体はこいつでしたか!
私が苦情を申し立てれば、魔術師はやれやれと
いったご様子で肩をすくめました。
まったく一挙一動が腹立たしいですわね。
「哀れなお嬢様に免じて今回は魔法アイテム
『コンティニューボタン』を差し上げましょう。
お代は結構ですよ。これからもどうぞご贔屓に」
そういって魔術師は紫色の目を細めて
妖しげに微笑みました。
こうして私は奇跡的に暗く冷たい海の底から
陸地へと無事、生還する事ができました。
地上へ戻るとセバスチャンがふわふわの
タオルと温かい紅茶が入った魔法瓶を
抱えながら出迎えてくれましたわ。
主人の帰りを健気に待つとはなんて
よくできた執事でしょう。
私はセバスチャンからいただいた
紅茶を飲みながら、
今回の失態について振り返っていました。
あの魔術師に借りを作ってしまったのは
痛手ですが、またこうして悪役令嬢に
戻れたのなら結果オーライですわ!
さあ、屋敷に戻りますわよ、セバスチャン
『閉ざされた日記』
私はお父様からの依頼でとある洋館へ来ております。
何でも古い友人に何度手紙を寄こしても返事がないので様子を見てきて欲しいとか。
それにしても誰も出迎えに来ないなんて失礼じゃありませんこと?ねえ、セバスチャン?
洋館の中は静寂に包まれており人っこ一人いないようです。
あら、何か落ちてますわ。
誰かの日記かしら?
ところどころふやけていたり赤黒いシミが付いていたりしてよく読めませんわね。どれどれ…。
『とあるメイドの日記
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皐竜の月 9
今日、旦那さまがを子どもを連れて戻られました。それは酷く薄汚れていて、こちらを警戒しているご様子でした。
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皐竜の月 10
その子供は食欲旺盛で、豚の丸焼きをまるまる一匹平らげていました。
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皐竜の月 12
家畜小屋で飼っていた馬1頭と豚2匹がいなくなりました。一体どこへ行ったのでしょう。
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皐竜の月 15
何だか酷く熱っぽい。風邪かしら。
同僚のアンジェラも体調が悪いらしくて長い休暇をもらっていました。
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皐竜の月 19
やと ねつ ひいた とても かゆい
おなか すいた ぶたの えさ たべ ます
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皐竜の月 21
かゆい かゆい だんなさ きた
ひどいかおなんで たべ
おいしかっ です。
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かゆい
うま
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(日記はここで終わっていた)』
………。
今、何か物音がしませんでしたか、セバスチャン。
ええ、その暗闇から…。
『美しい』
怪しげな商人から「魔法の鏡」を買わされましたわ
なんでも語りかけると真実を話すとか、胡散臭いですわね。
鏡よ鏡よ、世界で一番美しいのはだあれ?
すると鏡の中から声が聞こえてきた。
『もちろん貴女様であります。と、言いたいところですが、貴女様よりも美しい存在がこの世にはおります』
な、なんですって?!
私より美しいなんて一体どこのどいつです!!
『この世界におけるメインヒロインです。彼女は雪のように白い肌と薔薇色の頬、小さな唇に大きな瞳、そして誰よりも純粋な心を持ち、皆から愛される存在なのです』
悪役令嬢は激怒した。
嫉妬という名の毒が彼女の体を蝕んでゆく。
『このままだと貴女様が受けるべき寵愛は全て彼女に奪われるでしょう。そこでこちら、新商品「魔法のアイシャドウ」瞳を大きく見せる魔力が込められており、西の魔女も絶賛!今なら初回価格20万ペイン!
お次は「美の妙薬」!飲み続ければ老化を防ぐ効果があります。今はどんなに若く美しくチヤホヤされても、老いれば見向きもなくなります。そんな惨めな思いはしたくないですよね?こちら定期購入で40万ペイン!如何でしょう?』
ええい、全部買うわ!
悪役令嬢の鬼気迫る様子を見兼ねたセバスチャンは、鏡を窓の外へと放り投げた。鏡は粉々に砕け散った。
あら、セバスチャン。私は一体何を…鏡の魔力にあてられていた?まあ、あれにそんな強い力が…あの商人、何てものを売りつけてくれたんでしょう。
なんだか私とても疲れましたわ。
紅茶を淹れてちょうだい、セバスチャン
『この世界は』
この世界は二種類のものが存在しますわ。
私か、私以外か。
私、自分以外のものにあまり興味がございませんの。
その手に持っているものは何か?
まあ、お目が高いこと!
これは『心が見えるオペラグラス』
知り合いに貸していただいたの。
試しに使ってみましょうか。
悪役令嬢は外へと足を運び、
小さな蟻たちを見つけた。
一生懸命働いてる子もいれば、お仕事をサボってる子もいますわ。人間とさほど変わりませんわね。
『ヨイショ ヨイショ』
『サムイ!』
『オサンポ タノシイ』
悪役令嬢は道端にひっそりと
咲く小さな青い花を見つけた。
屋敷の庭に咲く薔薇やりんごの花に比べたら、
華やかさや香り高さはありませんが、
控えめで愛らしいですわね。
『フマレタトコロ イタイ』
『ア ダレカミテル』
『ワタシ キレイデスカ』
屋敷へと帰ってきた悪役令嬢は
今日の出来事を思い出した。
私の興味がなかったものにも
心は宿り、日々を生きている。
この世界はなんて美しいのでしょう。
そう思いませんこと?セバスチャン
『どうして』
どうして悪役令嬢になったか、ですって?
実は私、ここへ来る前は別の世界で暮らしておりました。
その世界では私は『脇役』で、
自分の意思を持たず、毎日周りの顔色をうかがい、周りの言動を気にしながら生きておりました。
どうして私はこんなにも怯えているのでしょう。
私は一体何と戦っているのでしょう。
物思いに耽っていた私は、鉄の馬がこちらへと走ってくる音にも気が付かなかったのです。
目覚めた私はこの世界に産み落とされ、『悪役令嬢』という役を天から与えられました。
ああ神よ、それが私に与えられた役というのならば最後まで演じきってみせましょう。
そして今度こそ、私がこの世界の『主役』という玉座に君臨してみせますわ!
最後までお付き合いいただけるかしら、セバスチャン