悪役令嬢

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『旅路の果てに』

太陽の照りつける土地、霧に覆われた街、氷の大地
様々な場所を旅してきた。

金が底をつけばその土地で仕事を探して、
暫く経てばまた次の土地へ旅立つ。

同じ場所にはとどまれない
なぜなら自分は人狼だから

満月の夜が近づくとその衝動は抑えきれなくなる。
怯える人々の顔が今でも頭から焼き付いて離れない。
人は惨めで醜い生き物を嫌うのだ。

人間の世界という喧騒から離れ、
自然の中で暮らしたこともある。

穏やかな陽の光、草木や土の匂い 、
雨風が吹けば洞窟や木の根の隙間を探して
枯葉を敷きつめそこを寝床にする。

雄大な自然は自分という存在や自分が
抱えている問題など、この世界の中では
ちっぽけなものだと思わせてくれる。
自然は人間よりも寛大で親切だ。

だが、自然が与えてくれる感動にも
癒せぬものがあった。
常に寂しさが付きまとうのだ。

様々な土地を見てきて共通することが一つあった。
それは皆仲間がいることだ。家族、友人、恋人…

人も狼も群れを作って暮らす生き物だ。
だが俺には共に生きる相手がいない。

人にも狼にもなりきれず、
己の正体を見破られることを恐れ、
転々と住む場所を変え続ける日々。

そんな自分が今は屋敷で使用人として働いている。
屋敷の主は俺の正体を知っているが、
恐れや嫌悪を抱く事もなく、それどころか、
名もなき俺に"セバスチャン"という
名前と居場所を与えてくれた。

暖かな日差し、紅茶の香り、鳥のさえずり、
庭の花の香りを運ぶ優しい風。
テラスで寛ぐ主人の横顔を見つめる。

自分は一体いつまでここにいられるのだろうか。
今はただ、この穏やかな時間を
胸に刻み付けておきたかった。

1/31/2024, 3:20:04 PM