小説
迅嵐
日陰から救い出してくれる人を待っている。まるで体に鉛玉を飼っているかのような重みに耐えかねて、おれは膝から崩れ落ちた。
自ら動く事は出来ず、受け身でしかいられない。
そんなおれを救い出してくれる人を、おれは待っている。
「日陰もいいじゃないか」
太陽みたいなお前ははそう言った。座り込んだおれの隣に座り、無邪気に言った。
お前は太陽の下でしか生きたことがないからそう言えるんだ。
そんな屁理屈を軽々と躱し、お前はおれの手をゆっくりと握る。
それは大切な宝物を扱うかのように。
「迅と居れるなら、日当でも日陰でも良いよ」
日陰から出なくても良いと初めて思った。お前が、嵐山が一緒ならば。
おれは引きずり込んだ。暗い暗い日陰の中へ。
これからはここで二人きり闇の中。
嗚呼嬉しい……誰もここから救い出さないでくれよ!
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迅嵐
「ほら、帽子かぶって」
「わっ」
迅は俺に帽子をかぶせると満足したように手を引いた。帽子の陰から女の子たちが歩いて来るのが見える。盗み聞くつもりは微塵もなかったが、横を通り過ぎる時にその子たちの話す内容が聞こえてきてしまった。
「今ここら辺に嵐山さんが居るらしいよ〜!」
「えー?どこ情報よー。でもまじだったら会いたい〜!」
女の子たちが通り過ぎると、迅が帽子のつばを持ち上げ、俺の顔を覗き込む。
「だってさ、嵐山さん」
「迅…視えてただろう」
「もちろん」
余裕そうな笑みを浮かべた迅が触れるだけのキスをしてくる。
「っ…ここ外…っ!」
顔に熱が集まるのを感じながら形だけの抵抗を示す。…そう、形だけ。好きな人にキスされて満更でもないのだ。
「格好いいヒーローの嵐山准は、おれにちゅーされるとこんな可愛くなるってあの子たち知らないんだなぁ」
言葉にされると途端に恥ずかしくなり、しみじみしていた迅の頭に勢いよく帽子をかぶせる。
「うおっ」
「……ばか」
くるりと背を向け歩き出す。
後ろから可愛い顔隠せだの何だのと聞こえてきたが、俺は無視を決め込むのだった。
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おばみつ※転生if
ぽとりと目の前でハンカチが落ちる。持ち主である男性は、落としたことに全く気づいていない様子だ。
どうしよう、声をかけるべきかな。
でも恥ずかしい。…ああでもでも!
もしかしたら大切な物かもしれないわ!
そうよ、甘露寺蜜璃!大きな勇気じゃなくてもいいの!小さな勇気を出すのよ!
そう心に思い、ハンカチを拾い上げ声を上げる。
「あ、あの!お兄さん!」
声に気づいたらしい男性がこちらを振り向く。
マスク姿の男性は驚いたように目を見開いていた。
「これ、落としましたよ!」
これが私、甘露寺蜜璃と彼、伊黒小芭内さんとの出会いだった。
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おばみつ
甘露寺を喜ばせたい。茶を啜りながらふと思う。
首元の鏑丸と戯れながら、どうしたものかとウンウン唸る。
生まれてこの方二十一年。女子を喜ばせたいと思ったことが無いせいで何も思いつかない。
置物より普段使える物のほうが良いだろう。いや、それとも食べ物のほうが良いだろうか。
羽織はどうか。いいや駄目だ。あれは杏寿郎の贈物だったはず。
簪はどうか。いいや駄目だ。恋仲でもないのに贈れない。
着物はどうか。…さすがに重すぎるか。
…やはり食べ物のほうが良さそうだ。
そうと決まればあとは下調べのみ。
「…!もうこんな時間だ。さて、行こうか鏑丸」
友の名を呼び、俺は鬼を狩りに夜の町へと向かった。
「わぁ!」
数日後の定食屋にて。
俺と甘露寺の目の前には丼物、握り飯、漬物、甘味等等沢山の食べ物が並んでいた。
隣を見ると、甘露寺が目をキラキラ輝かせながら食卓を眺めている。
「これ全部食べていいの?」
鈴を転がすような声で尋ねられ、俺は満足気に頷く。
「全部君のだ。足りなかったら言ってくれ。俺が頼む」
弾けんばかりの笑顔を返され、食べ物で正解だったなと自らの判断に賞賛を送ったのだった。
(一日前のお題だけどせっかく書いたから!)
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迅嵐
「…っ!」
嫌な未来を視てしまった。確率としてはかなり低く、手順を踏めば確実に回避出来る小さな未来。
大丈夫。おれが間違えなければ実現しない。大丈夫、大丈夫だ。
そう何度も言い聞かせても、おれの心臓が静まることはなかった。
時刻は夜11時。明日は予定があるから早く寝よう。電気を消し、布団を頭まですっぽりと被り闇に染まった天井を見つめる。瞳はとじれなかった。
瞳をとじてしまったら、また視えてしまう気がして。
おれそのまま眠ることなく朝を迎えた。
「迅、どうかしたか」
「えっ…いや、なんでも」
ぼんやりとしていたせいで、何も聞いていなかった。顔を上げると、心配そうな顔をした嵐山がこちらを見つめてくる。エメラルドに全てが見透かされているようで、おれはすぐに視線を外した。
「うーん…これは悪い未来を視たときの反応だな。そうだろう?」
「…なんで分かるんだよ」
床を見つめ、ヘラりと笑って軽く言ったが、内心ドキドキしている。やはり見透かされていた。こいつには敵わない。
「はは。でも、お前なら回避できるんだろう?」
視線を戻すと、いつの間にか一歩踏み出していた嵐山の瞳がおれを捉える。その瞳の中で、おれは静かに揺らめいていた。
「………できる」
「よし」
堂々とした顔で嵐山が言い切るもので、おれは毒気を抜かれたようにその場にしゃがみこむ。盲信しすぎだと思った。こいつはおれの事をあまりにも疑わなすぎる。信じられているおれが時折心配になるほどに。
けれど、その思いに応えねばとも思った。
「ど、どうした!?何処か具合が悪いのか!?あっ、お前まさか…!換装解け!顔色見せろ!!!」
「あっはっは!」
完全に座り込んだおれは、必死な嵐山をそっちのけで笑った。
回避してみせる。おれなら出来る。
お前が信じてくれるなら、おれはまた立ち上がって歩いてみせるよ。
「さんきゅ、嵐山」
立ち上がったおれの言葉に?を浮かべた嵐山を見て、おれはもう一度大きく笑うのだった。