小説
迅嵐
「きゃっ」
声のした方を振り向くと、女の子のスカートが風のいたずらで舞い上がっていた。ぱっと顔は背けたものの、脳裏にはしっかりと焼き付いてしまっていた。
「…迅、見ただろ」
「………見てないです」
少しだけ不機嫌そうに嵐山が問い詰めてくる。
「顔真っ赤だぞ」
嘘、と頬を両手で覆うと、嘘だ、と返ってくる。
こいつ…!
「お前も男だもんな、しょうがないもんな」
不貞腐れモードに入ってる嵐山はちょっと面倒くさい。そこも含めて好きなんだけど。
その後、嵐山の機嫌が直る頃には女の子の事などすっかり忘れてしまうのだった。
透明な涙
色ついてたらそれはそれで怖いよ
あなたのもとへ行きたいのだけれど、どうすれば飛べるのかしら?
小説
迅嵐
「嵐山ー…って、あれ?」
資料を片手に眠りこけている嵐山を見て、おれは声のボリュームを落とす。真面目な嵐山からすると、とても珍しい光景だ。
顔を覗き込むと、すぅすぅと小さな寝息が聞こえてくる。長いまつ毛が目元に影を作っていた。形のいい唇が目に飛び込んできて、おれは心の中で呟く。
たまには良いよね。
そして顔を近づけると、そっと嵐山の唇を奪う。
柔らかなそれは少し甘くて、離れ際には寂しくなって舌でペロリと舐めた。
「……何やってんだろ、おれ」
段々と恥ずかしくなってきたおれは、また来ようと決意し身を翻す。
後ろで嵐山が顔を赤く染め、資料をくしゃりと握りしめていた事をおれは知る由もなかった。
小説
迅嵐
夢を見た。
おれとお前は戦場の中にいて。
夢の中のおれはお前に背中を預けていて。
お前は自分の部隊を持ってるから、おれの背中だけを守ってくれるはずないのに。
おれと同じような広さの背中を、こちらに向けて。
お前は一言、
「死ぬなよ、迅」
おれは一言
「お前もな、嵐山」
戦うことが、ただ楽しい。
おれたちは舞った。只々楽しさだけを追い求めて。
あの夢のつづきを、おれは知らない。