夕木

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2/6/2026, 11:29:41 AM

【題:時計の針】

 この春から、私は都会の方にある大学へ通う。

 そう決まったときは子供のように喜んだ。

 都会が楽しみだということも勿論だが、なんてったって一人暮らしができるのだ!

 絶賛反抗期中である五歳下の弟やら、口うるさい両親から離れられ、自由に過ごせる――なんて魅力的だろうか。

 ワクワクした気持ちで新幹線に乗り、人生で初めて、都会へと足を踏み入れた。

 人々が早歩きで行き交う。車が一時も休まず動き続けている。

 私の実家らへんにあったしんみり静かな気配はまるでない。代わりに冷静さや焦燥感が辺りを支配していた。

 時間が、実際に私の地域よりも早く進んでいるのではと感じるほど、その差は明白だった。

 私の暮らす場所は、駅から15分の一般的なアパートだ。

 備え付けられているのは、小型冷蔵庫やらエアコン、布団などと最低限のもののみ。

 このままでは食事すらまともに作れないため、家電を買いに行こうと思い立った。

 大きなショッピングモールへ赴き、良さそうな包丁やフライパンなどを適当に購入した。

 そろそろ帰ろうかというとき、時計屋を見つけた。

 アパートには壁掛け時計がなかったからあると便利かも、と考え、入ってみた。

 大小、白黒、様々な時計が、棚いっぱいに並んでいた。

 カチリ、カチリと音を鳴らしているものと、スムーズに動き続けるものがあった。

 同じ時間を刻んでいるはずなのに、何かが違う。

 音を立てて進む針は、今どこにいるのかが分かりやすい。一秒ずつ、ちゃんとそこにある感じがした。
 一方で、音もなく流れていく針は、気づけば少し先に進んでいる。見ていたはずなのに、いつの間にか時間が過ぎているような気がした。

 なんとなく、時間を感じて過ごしたいと思って、音を立てて進む時計を購入した。

 その日から、都会に組み込まれた私の部屋に、カチリカチリと時を教えてくれる音が流れるようになった。

2/5/2026, 11:28:45 AM

【題:溢れる気持ち】

――もう、休みたい

 他の人よりなんにも努力してないのに、強くそう思ってしまいます。

 学校には週の半分ぐらい行けてません。
 いけたとしても三時間目からとか、午後の授業からです。

 課題もほとんど手につきません。やりたくないことが、何でか一つもできないんです。
 ここ一ヶ月で提出した課題は、学校に着いてから急いでやった、歴史のプリント一枚だけです。

 人ともほとんど話せません。学校で話す言葉は、一日で10言にも満たないです。
 班活動では、一人だけなんにも話せないから、邪魔なだけでしょう。

 夜は、寝たくありません。夜は楽で、日中より楽しいからです。
 朝は起きられません。夜に寝ないからです。

 みんな優しいから苛められたり不満を言われてないだけで、きっとみんなから要らないやつ、って見られてます。
 それか、存在すら認知されてないかもしれません。

 だからもう、ずっと休んでしまいたいです。

 家で毎日、ゲームとか、SNSとか、自分がやりたいことだけしてたいんです。




 でも、やっぱり、怖いんです。完全に止まってしまうってことが。

 完全に止まってしまえば、それからずっと、もう歩き出せなくなってしまいそうだからです。
 なんにもできない、ゴミみたいな人間になってしまいそうだからです。

 だから、学校にいかなきゃって、いっつも言い聞かせてます。

 でも、すぐに楽したいって気持ちにまけて、結局行けません。


 今日は、お母さんに『どうしてほしいの?』って聞かれました。


 休んでいいよ、って言ってほしい気持ち。
 ダメな人間になりたくないから、無理やりでも学校に行かせてほしい気持ち。
 もうほうっておいてほしい気持ち。

 いろんな気持ちが一気に溢れてきて、ぐちゃぐちゃに混ざりました。

 だから素直に、『分かんない』って答えました。

 お母さんは寂しそうで、ちょっと怒ったような表情になりました。

 喉がきゅっとしまりました。痛かったです。

 もう部屋にいっていいよ、って言われたから、逃げるように自室へ入り、扉を閉じました。

 その瞬間、『自分は弱いな』って気持ちがどばっと溢れてきて、体内を埋めていきました。

 それは今、涙とうめき声という形で、外に出ていっています。

 でも出ていったそばからまた気持ちが貯まっていきます。

 いつになったら、溢れなくなるんでしょうか。

2/4/2026, 11:21:36 AM

【題:Kiss】

『キス』って、文字の雰囲気からその実態までの全てがセンチメンタルで、キラキラしている。


一つ恋人に落とすだけで、言葉にできない深すぎる愛情を、相手に捧げられる。
そんな、大人だけがつかえる魔法みたいなものなんだろう。


中学生の私

不安定な私

初恋すら来ていない私

女性なのに、乙女心が全く分からない私

大人になりきれない私

私が嫌っている私

なんにも愛せない私

どんな私にも、決して交わることのない言葉だ。


そう思ってたから今日、挨拶代わりにキスをする国がある、って知って驚いた。

それは、恋とか欲とかじゃなくて、ただ「あなたがここにいること」を確かめたり、「大丈夫だよ」って伝えるためのものらしい。

触れるだけでいい。深い意味なんてなくていい、だってさ。

それなら、こんな私でも『キス』を使って良いのかな。


誰かにするなんてまだ出来ないから、一度、自分で確かめてみようかな。


好きになれない、私の黒いココロに『キス』をする。

胸がふわっと浮いたような感覚。少しだけ、満たされたようだ。



私の、不確定で不安定な明日に『キス』をする。

未来に流れ星が落ちる感覚。ああ、明日も生きていられそう。



嫌いな私にも、気に入っている私にも『キス』をする。

愛情にふれあう感覚。ちょっとだけ、私という存在を許せた。




私に勇気と安心をくれた。

やっぱり、『キス』は魔法だ。

2/3/2026, 11:23:20 AM

【題:1000年先も】

『今日は、
"今から1000年前は、どんな時代だったの?"
と息子に問われた。

学校で習っていくうちに、興味をもったらしい。

まあ、たしかにあの頃は激動って感じで、歴史好きの間では結構有名だ。

それに、記録も結構少ない。大抵は、900年前のあのときに消えてしまった、星と共に。残っているのは、ちょっとの書籍や論文だけ、そんなロマン溢れる時代だったはずだ。

私は、学校で習った記憶をたどって、

"とにかく、戦争とかが少ない、いい時代だったらしい。技術が一気に成長したり、国が協力して支え合って、もっと世界をよくするにはどうするか、みたいなことを話し合いながら、進んでいったらしい。それと、普通の人もごはんに困らないようになっていたはず"

みたいなことを話した。

初めて知ったことも多くて、息子は驚いていた。

懐かしい。私も習った当時は、素晴らしい時代じゃん、って感嘆してたな。

息子は、もっと1000年前に興味をもったらしく、

明日、おじいちゃんの家にいって調べてくる!

と息巻いていた。

1000年、数字で見ると少ないが、その間にこんなにも状況が変わってしまうなんて、人間がもつ力は恐ろしい。

ふと思ったが、今から1000年後はどうなっているのだろう?

また人類はあやまちをおかして、また別のばしょで暮らしていたりするのかな。

それとも、全滅してたりして。

もしかしたら、この日記が残っているのかも。

ワクワクするし、怖くもある。

あああと、今思い出したけれど、1000年前は世界のいろんなところから、また別のところまで、1分とかからずに手紙が送れていたらしい。データ?みたいな形で。

全部900年前のアレで跡形もなく消えちゃったらしいけれど。

だいたいがデータ管理だったから、史料が少ないんだよね。

そのことは息子にいうのを忘れていたから、明日話してあげよう。

今からでも、息子の驚いている顔を見るのが楽しみだ。』





今日の日記を書き終わり、本を閉じる。

そろそろ寝よう。明日もやらなければいけないことがたくさんある。

明日はちょうど、人間のせいで地球が壊れて、人類がこの星へ移住してきた日から900年。

毎年の明日には、その900年前にあった人類の不の歴史を、ずっと忘れられないように式典を開くのだ。

わたしはその式の準備を少し任されている。

正直面倒だが、まあこれも仕事だから仕方ない。

あ、そういえば、日記に今日の日付を書くのを忘れていた。

ページを開き、日付を記す。



『3026年2月3日』

よし、完璧だ。

2/2/2026, 12:20:59 PM

【題:勿忘草(わすれなぐさ)】

 これは、私が高校生だったころに出会った、少し変わったクラスメイトの話だ。


私はその子と、高校生活でほとんどの昼休みを共にした。


 出会いはいたって単純だった。始業式の次の日、クラスで孤立していた私に、

――お昼、いっしょに食べない?

 なんて眩しい笑顔で話しかけてきた。


 その子はお花が大好きだった。

 昼休みには毎日のように学校の裏庭を探検した。一ヶ月に一度ほど、共に植物園にいったりもした。

 花を前にすれば、その子は花言葉や名前の由来などをおもしろおかしく話すのだ。それの顔や声があまりにキラキラしていて、ヒマワリを擬人化したらこうなるんだろうな、なんてくだらないことを考えていた。

 そんなある日、その子にひとつの質問をした。

"一番好きな植物ってなんなの?"

 彼女は一拍考えてから言った。

――ワスレナグサ……かな?

"へえ、どんな植物なの?"

――青とか白の、小さくてかわいいお花を咲かせるの。花言葉は、有名なのは"わたしをわすれないで"かな。

"あ~、聞いたことある!恋人とか友達に贈るんだよね"

――そうそう!でも、その花の一番好きなところは、その漢字なんだよね。

彼女がくしゃくしゃなメモ用紙を取り出して、ボールペンで字を書いた。


『勿忘草』


"……これでワスレナグサって読むの?順番逆じゃない?"

――へへ、これでそう読むんだよね~。『勿』って漢字が"~しない"、って意味だから、漢文の書き下し文みたいな感じで、ワスレナグサってつけられたんじゃないかな。

"なにそれ、面白いね!でもなんでこれが一番好きなの?"

――えっと、ちょっとぶっとんだこと言うんだけどさ、私、勿忘草の『勿』みたいな存在になりたいんだよね。

"……どういうこと?"

――『勿』って字、話すときには読まれないというか、そこにあるって思われないけど。なかったら忘草になって、"忘れてしまう草"みたいに、意味が逆になっちゃいそうじゃない?
 だから、ワスレナグサの根本を支えてる文字って『勿』だと思うんだよね。

"えっとつまり?分かるような……分からないような"

――簡単にいうと、決して目立たないけど、誰かを支えられたり、誰かのこころにいい影響を与えられるような人になりたい、ってこと!



 その会話は、不思議とずっと、こころに残っている。社会人になった今でも、だ。

 そして今では、私もそんな人になりたい。そう思うのだ。

 あの時、あの子はそんな人になりたいって言ってたけれど、もうなれてたんじゃないの、って最近考え出した。

 だって、時間を越えて、今の私のなりたい人の像にまで、いい影響を与えてくれているのだから。



 次の週末、彼女と高校卒業ぶりに会うことになっている。何を話そうか、わくわくしてくる。

 それと、彼女になにか贈り物をしたいな。高校のときはそういうの、できなかったから。



 ああ、そうだ。彼女に桃色の勿忘草をイメージしたアクセサリーを贈ろう。




 ピンクの勿忘草の花言葉は『真実の友情』




 あの子への贈り物にはピッタリだ。

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