【題:Kiss】
『キス』って、文字の雰囲気からその実態までの全てがセンチメンタルで、キラキラしている。
一つ恋人に落とすだけで、言葉にできない深すぎる愛情を、相手に捧げられる。
そんな、大人だけがつかえる魔法みたいなものなんだろう。
中学生の私
不安定な私
初恋すら来ていない私
女性なのに、乙女心が全く分からない私
大人になりきれない私
私が嫌っている私
なんにも愛せない私
どんな私にも、決して交わることのない言葉だ。
そう思ってたから今日、挨拶代わりにキスをする国がある、って知って驚いた。
それは、恋とか欲とかじゃなくて、ただ「あなたがここにいること」を確かめたり、「大丈夫だよ」って伝えるためのものらしい。
触れるだけでいい。深い意味なんてなくていい、だってさ。
それなら、こんな私でも『キス』を使って良いのかな。
誰かにするなんてまだ出来ないから、一度、自分で確かめてみようかな。
好きになれない、私の黒いココロに『キス』をする。
胸がふわっと浮いたような感覚。少しだけ、満たされたようだ。
私の、不確定で不安定な明日に『キス』をする。
未来に流れ星が落ちる感覚。ああ、明日も生きていられそう。
嫌いな私にも、気に入っている私にも『キス』をする。
愛情にふれあう感覚。ちょっとだけ、私という存在を許せた。
私に勇気と安心をくれた。
やっぱり、『キス』は魔法だ。
【題:1000年先も】
『今日は、
"今から1000年前は、どんな時代だったの?"
と息子に問われた。
学校で習っていくうちに、興味をもったらしい。
まあ、たしかにあの頃は激動って感じで、歴史好きの間では結構有名だ。
それに、記録も結構少ない。大抵は、900年前のあのときに消えてしまった、星と共に。残っているのは、ちょっとの書籍や論文だけ、そんなロマン溢れる時代だったはずだ。
私は、学校で習った記憶をたどって、
"とにかく、戦争とかが少ない、いい時代だったらしい。技術が一気に成長したり、国が協力して支え合って、もっと世界をよくするにはどうするか、みたいなことを話し合いながら、進んでいったらしい。それと、普通の人もごはんに困らないようになっていたはず"
みたいなことを話した。
初めて知ったことも多くて、息子は驚いていた。
懐かしい。私も習った当時は、素晴らしい時代じゃん、って感嘆してたな。
息子は、もっと1000年前に興味をもったらしく、
明日、おじいちゃんの家にいって調べてくる!
と息巻いていた。
1000年、数字で見ると少ないが、その間にこんなにも状況が変わってしまうなんて、人間がもつ力は恐ろしい。
ふと思ったが、今から1000年後はどうなっているのだろう?
また人類はあやまちをおかして、また別のばしょで暮らしていたりするのかな。
それとも、全滅してたりして。
もしかしたら、この日記が残っているのかも。
ワクワクするし、怖くもある。
あああと、今思い出したけれど、1000年前は世界のいろんなところから、また別のところまで、1分とかからずに手紙が送れていたらしい。データ?みたいな形で。
全部900年前のアレで跡形もなく消えちゃったらしいけれど。
だいたいがデータ管理だったから、史料が少ないんだよね。
そのことは息子にいうのを忘れていたから、明日話してあげよう。
今からでも、息子の驚いている顔を見るのが楽しみだ。』
今日の日記を書き終わり、本を閉じる。
そろそろ寝よう。明日もやらなければいけないことがたくさんある。
明日はちょうど、人間のせいで地球が壊れて、人類がこの星へ移住してきた日から900年。
毎年の明日には、その900年前にあった人類の不の歴史を、ずっと忘れられないように式典を開くのだ。
わたしはその式の準備を少し任されている。
正直面倒だが、まあこれも仕事だから仕方ない。
あ、そういえば、日記に今日の日付を書くのを忘れていた。
ページを開き、日付を記す。
『3026年2月3日』
よし、完璧だ。
【題:勿忘草(わすれなぐさ)】
これは、私が高校生だったころに出会った、少し変わったクラスメイトの話だ。
私はその子と、高校生活でほとんどの昼休みを共にした。
出会いはいたって単純だった。始業式の次の日、クラスで孤立していた私に、
――お昼、いっしょに食べない?
なんて眩しい笑顔で話しかけてきた。
その子はお花が大好きだった。
昼休みには毎日のように学校の裏庭を探検した。一ヶ月に一度ほど、共に植物園にいったりもした。
花を前にすれば、その子は花言葉や名前の由来などをおもしろおかしく話すのだ。それの顔や声があまりにキラキラしていて、ヒマワリを擬人化したらこうなるんだろうな、なんてくだらないことを考えていた。
そんなある日、その子にひとつの質問をした。
"一番好きな植物ってなんなの?"
彼女は一拍考えてから言った。
――ワスレナグサ……かな?
"へえ、どんな植物なの?"
――青とか白の、小さくてかわいいお花を咲かせるの。花言葉は、有名なのは"わたしをわすれないで"かな。
"あ~、聞いたことある!恋人とか友達に贈るんだよね"
――そうそう!でも、その花の一番好きなところは、その漢字なんだよね。
彼女がくしゃくしゃなメモ用紙を取り出して、ボールペンで字を書いた。
『勿忘草』
"……これでワスレナグサって読むの?順番逆じゃない?"
――へへ、これでそう読むんだよね~。『勿』って漢字が"~しない"、って意味だから、漢文の書き下し文みたいな感じで、ワスレナグサってつけられたんじゃないかな。
"なにそれ、面白いね!でもなんでこれが一番好きなの?"
――えっと、ちょっとぶっとんだこと言うんだけどさ、私、勿忘草の『勿』みたいな存在になりたいんだよね。
"……どういうこと?"
――『勿』って字、話すときには読まれないというか、そこにあるって思われないけど。なかったら忘草になって、"忘れてしまう草"みたいに、意味が逆になっちゃいそうじゃない?
だから、ワスレナグサの根本を支えてる文字って『勿』だと思うんだよね。
"えっとつまり?分かるような……分からないような"
――簡単にいうと、決して目立たないけど、誰かを支えられたり、誰かのこころにいい影響を与えられるような人になりたい、ってこと!
その会話は、不思議とずっと、こころに残っている。社会人になった今でも、だ。
そして今では、私もそんな人になりたい。そう思うのだ。
あの時、あの子はそんな人になりたいって言ってたけれど、もうなれてたんじゃないの、って最近考え出した。
だって、時間を越えて、今の私のなりたい人の像にまで、いい影響を与えてくれているのだから。
次の週末、彼女と高校卒業ぶりに会うことになっている。何を話そうか、わくわくしてくる。
それと、彼女になにか贈り物をしたいな。高校のときはそういうの、できなかったから。
ああ、そうだ。彼女に桃色の勿忘草をイメージしたアクセサリーを贈ろう。
ピンクの勿忘草の花言葉は『真実の友情』
あの子への贈り物にはピッタリだ。
【題:ブランコ】
25歳の春先のことだった。青空と静寂に包まれたこの公園で、旧友と三年ごしに顔を会わせた。
「やあ、ずいぶんと会っていなかったな」あいつが声をかけてくる。
「大学卒業ぶりか?いきなり明日あの公園にこいだなんて呼び出して、何があったんだ」
彼の雰囲気は、記憶にあるものより大分と落ち着いている。お前まで遠くにいってしまったのか?
『ああ、その……相談があるんだ』
一呼吸おき、内容を話し出す。
『会社にいくのが、かなり憂鬱になってきててな。どうすればいいのか分からなくなって、とりあえずお前と話したらもしかしたら変わるかもって思って呼び出したんだ』
「なるほど。まあ暇だったからいいけど。どうして会社に行くことに気が乗らないんだ?」
『自分が使えない人間なんじゃ、って怖くなるんだ。同僚はみんなオレ以上に成果を挙げ続けていて。みんなの目が冷たいように感
じてしまって……』
「周りがどう思ってるのか分からなくて怖い、って感じか。会社の人から何か言われたりしたのか?」
『いや、言われてない。逆に誉めてもらえることもある。でも、その度にお世辞なんじゃないかって勘ぐってしまって。素直に言葉を受け取れない自分もだんだん嫌になってきて。自分はどうするのが正解なのか、分からなくなってきたんだ』
「ふうん……」
すこしばかり沈黙が続く。悩ませてしまっていると思うと、だんだん申し訳なくなってくる。
やっぱり大丈夫だと言おうか、
その時、強い強い風が吹いた。
「うお、強い。春一番だろうな。天気予報でそろそろ来るっつってたし。」
目の前の一人用ブランコが激しく揺れ動く。
「なあ、いきなりなんだが、」
そいつがそのブランコに指を指す。
「そこのブランコは今、どんな気持ちだと思う?悲しいとか、楽しいとか」
『気持ち?いきなりどうした。まあそうだな、風に吹かれて悲しいとか、ひとりぼっちで寂しい、とかじゃないか』
正直に話す。
「へえ、俺は違うふうに見えたな。春の訪れを喜び、祝っているようだと思った」
ああ、たしかに――とたんにブランコは、オレの中で楽しく振る舞いだした。
はは、なんだかこっちまで楽しくなってくる。
「……きっと、物事なんて見方によってころころ変わるんだ。だから、お前の現状への捉え方にも正解なんてない」
そいつがじっと、ブランコを見ながら話す。
「まあでも、だったらさ、自分にとって楽しくて、嬉しい捉え方をしてみたらどうだ?」
『楽しくて、嬉しい……』
「そっちの方が、ずっと世界は輝いて見えるぞ。あの風に吹かれたブランコですら、貴重なお宝のように思える。なあ、どうだ?いまからお宝さがしに、町探検に行ってみないか?」
立ち上がり、オレへと手を伸ばす。
こいつの手と、舞い上がるように踊るブランコが、オレを別の世界へと誘う。
ああ、すっごくワクワクしてきた。
パチリ
その手をとる。
瞬間、静かだった公園を、暖かな春の気配が包み込んだ。
【題:旅路の果て】
旅の終わりとは、いったい何処なんだろう?
神様に聞いてみても分からないし、インターネットにだって、旅のおすすめスポットは載ってても、旅を終わらせるべき場所とか、時期だなんてかかれてない。
なんでどこにも情報がないんだろう。
きっと、旅路の果てだなんて、誰の印象にも残らないほどにありふれた場所なのだ。
たどり着いた人はみんな、『え~これが旅路の果て?これなら旅の途中に見たあのモニュメントとか、山から見た夜明けの景色の方がずっときれいで価値のあるものだったじゃん』と少しの不満を抱いたことだろう。
旅し始めたことを後悔したりもするんだろうか。
いや、そうじゃないと信じたい。
かの果ては、今までの旅路をゆったりと振り替えれる安寧の地なんだろうな。
先人たちはそこで今まで見た景色や自分のおかした失敗をもう一度味わって、くだらない旅だったな、と辛かったこと含めて全部を笑い飛ばしてしまうんだろう。
なんだかんだ、いい旅だったんじゃないかな、って。
今までがむしゃらに進み続けてきてじっくり自分のことを見直せなかったぶん、果てで積み重ねたものに浸ったことだろう。
まあでも、本当にそうなのかは勿論不明だ。果てまでたどり着いたものじゃないと真偽は分からない。
だから、わたしは進み続けるんだ。
先人たちと同じように、悩んで、苦しんで、迷って、たまに美しいものを見つけて、真実にたどり着けた気分を得て、裏切られて、それでも自分を鼓舞して、旅を終わらせることなく進むのだ。
さあ、旅人(わたし)よ、旅を続けろ!