【題:10年後の私から届いた手紙】
1ヶ月と少し前から、先頭に「15歳の私へ」と書かれた手紙が、一週間に一度届くようになった。
記念すべき一通目の手紙の文章には、
『大変なことも多いけれど、まあまあ会社でうまくやってるよ』
などという変哲もないし驚きもない内容が、3枚に渡って長々と綴られていた。なんというか、実に私らしい。
未来からの手紙だなんて、当初はなにかのイタズラで、くだらないと無視しようと思っていた。
けれど、自分の筆跡とおおよそ等しいし、そもそもそんなイタズラをしてくる人間を私は知らない。それに特別害も無いものだから、今は週末のちょっとした楽しみという立場を得ている。
二通目の手紙は、
『15歳の私が推している人は、まだ今も私の一推しとして君臨している』
ということ。
三通目の手紙には、
『昨日は仕事内容の伝達が上手くできてなくて、上司に少し注意された。へこんで、昨日の夜はちょびっとお酒を呑んだ。
ちょっとしたことで落ち込むのは、十年前から変わってないね。私の本質の一つなのかも』
ということが書かれていた。
私の本質の一つ――確かにそうなのかも?
もちろん、全て2枚以上に渡って、うだうだと書かれている。よくもまあ飽きないなと我ながら感心してしまう。
四通目の手紙から、内容が少し変わった。
――来週の水曜日、あなたは数学のテストでひどい点を取る。
でも落ち込まなくていい。それがきっかけで、隣の席の子と話すようになるから。
これが手紙の全文だった。一枚目の4分の1も埋まっていないなんて珍しい。
本当にそうなったら面白いな、何て考えて手紙をファイルに突っ込んだ。
その水曜日、本当に私は32点とかいうひどい点を取った。はじめての赤点だ。
答案を見てため息をついたとき、隣の席の彼が小さく言った。
「俺もやばい」
それが、私たちの最初の会話だった。
手紙は本当だった。
その週末、五通目の手紙が届いた。いつもよりドキドキしながら手紙を読み始める。
――15歳の私へ
本当だったでしょ?
でも、これからはこの手紙の内容を、あまり意識しすぎないでほしい。
あなたの進みたい道を進めばいいよ。
いきなり手紙をよこして、未来のことを教えて、急にそれは……ちょっと身勝手だね。
まあ私がそういう人間なのはきっと、一番理解してるでしょ?
今の私もまだ信じきれるものがないから、そう言うしかできないんだよね。
35歳になっても、45歳になっても、迷い続けてるんじゃないかな。
でも、25年生きてきて思ったのは、人生、意外とどうにかなるんじゃないかな、ってこと。
だから、素直に自分が今必要だと思ったり、やりたいことをして、その中で迷い続ければいいと思う。
ただ、結局この手紙をどう受け取るかも全部、あなた次第だよ。
選ぶのは、あなただ。
頑張って。
25歳の私より――
ああ、私の扱い方を分かりきっているな。
そう言われたら、頑張るしかなくなるじゃないか。
意地悪なとこは、10年後も変わっていないらしい。
もしかしたら……私の本質の一つなのかも。
【題:バレンタイン】
今日は2月14日、バレンタインデー。
といっても、気になる人もチョコを贈りあうような友人もいない社会人にとっては、ただむなしいだけだ。
平日であれば仕事で気が紛れるというのに、休日で用事もないとなると、家で一人だ。
チョコを贈り合う男女や友達の集団を想像して、なんだか居たたまれなくなるだけである。
ため息を一つつき、寝返りをして、そこらにあるクッションを抱き締める。
これでも一応、10年前――高校生だった時には友達とチョコレート味の自作クッキーを贈り合ったり、本命チョコを渡そうとする友人をはやし立てたりした。
まあもう、高校時代の友人とは、ここ3年連絡も取っていないのだが……
ピンポーン。音ひとつしなかったこの部屋に、突然チャイムが鳴り響く。
誰だろう。こんな日に訪ねてくる人など、いるはずがないのに。
やや重い足取りで玄関まで行き、ドアを開けた。
「お届け物でーす。ここにサインをお願いします」
のんびりとした声色と共に、ボールペンが差し出される。
ここ一ヶ月で、なにか頼んだ記憶はないのだけれどもな。
「あの――部屋間違ってませんか?」
「え? えっと、◯◯◯号室の✕✕さんですよね?」
それはたしかに私の部屋番号と名字であった。にしてもどういうことだろうか。
ああ、実家から何か送られてきたとかだろうか。
「ええ、そうです。すみません、サインさせていただきますね」
自分の名前を紙に書き、それと段ボール箱を交換する。
「はい、ありがとうございます。それでは」
配達員はそう言い残し、エレベーターの方へ向かっていった。
部屋に戻り、リビングの机に段ボール箱を置き、封を開ける。
中には――有名なブランドの生チョコが、おしゃれに飾られて入っていた。
ああ、そういえば。
2週間前、酔った勢いで、バレンタインに到着するように生チョコをオンラインで購入したんだっけ。
2週間後の自分へのプレゼントだ、って。
完全に失念していた。
とりあえず、買ってしまったからには食べようか。
かわいらしい包装を開けて、チョコと対面する。
ああ、外ではチョコを贈りあう人々が居る中、私は一人で何をやっているのだろうか。呆れてしまう。
生チョコにフォークを浅く刺し、口元まで運んで、口にぽいっとほうりこむ。
思っていたより甘い風味が、口の中でなめらかに広がった。
――案外、悪くないかも。
【題:待ってて】創作小説
今から10年と少し前――僕がまだ5歳の時起きたあの出来事は、いまだに強く思い出せます。
燃え上がる炎、人々が必死で作り出す金切り声、フィクションかと疑うような情景が、10年間ずっと目にこびりついているんです。
今日は少し、その時の話をしてもいいですか?――ありがとうございます。では少し長いですが、話します。
僕はそれが起きる前、お父さんとお母さんと一緒に8階建てのマンションにすんでいました。少し古いけれど、いいところだった記憶があります。
そのマンションには、積み木やプラレールがおいてあって、子供が自由に遊べるスペースがありました。
僕はよくお父さんやお母さんと、そこで遊んでいました。
その日も、僕は両親と共に、休日だからと朝からフリースペースで遊んでいました。
昼前になり、お母さんは僕たちの部屋に帰って昼ごはんの準備を、僕とお父さんは、僕がまだ遊びたかったので、ごはんができるまで遊ぶことになりました――ちなみに、遊べるスペースは2階に、僕たちの部屋は5階にありました。
それが起きたのは20分経って、そろそろ帰ろうかという頃でした。
突然、床が大きくぐらりと揺れだしました。そう、地震が起こったんです。
あとから知ったのですが、それは震度6のとても大きなものでした。
僕は何が起きているのか分からないまま、お父さんに全身を包むよう抱き寄せられ、子供用の小さな机の下でひたすら揺れが収まるのを待ちました。
収まったあと、お父さんに抱っこされたまんま、すぐにマンションの外へつれられました。人々の慌ただしい様子を見て、僕はずっと泣いていました。
道は悲痛な顔をした人々で溢れていました。
無事にマンションの外に出て、近くにある大きくてだだっ広い公園まで避難しようというとき、鋭い叫び声が聞こえてきました。
――火だ!! あそこのマンションで火災が発生している!!
その言葉を聞き、マンションを見たお父さんは、瞬時に足を止めました。
僕もお父さんが向く方を見て、息を飲みました――火が発生しているのは、僕たちの部屋だったのです。
お母さんが危ない。
そう子供ながら理解して、涙が更に溢れてきました。
お父さんはそんな僕を地面におろして、頭を撫でながら伝えました。
――お父さんは、ちょっと行かないと行けないところがあるんだ。だから、ちょっとだけお別れだ。大丈夫、すぐ戻る。約束だ。
いやだ。
――それまで、このまんま皆がいっている方についていって、公園で待っててくれないか?
だめだよ。いかないで。
何回も泣き叫びました。そんな僕にお父さんは「ごめんな」といい、群衆を掻き分けてマンションのほうへ戻って行きました。
僕は呆然としながら、僕とお父さんの会話を聞いていたらしい人に連れられて、公園まで避難しました。
それから何時間、何日、何週間公園で支給されたアルファ米を食べて、寒い夜をなんとか乗り越えて、待ち続けました。
それでも、お父さんとお母さんは来ませんでした。
今もまだ、会えていません。
マンションはあの時に崩れて、もうなくなってしまいました。
思い出の物も、全部なくなりました。
最近は、お父さんとお母さんの声や見た目すら、どんなのだったか分からなくなってきました。
まだ、お父さんとお母さんはどこかにいるんでしょうか。
いや、きっといるんです。なんとなく、そんな感じがします。だから……
――僕が見つけるまで、待っててね。
【題:この場所で】
藍に染まった海のそばに、一人の青年が立っている。
彼は頭のなかで言葉を並べた。
――今この場所で、僕の物語を終わらせよう
青年は靴を脱ぎ、二足ともを海へ投げ捨てる。
あっというまに波に飲み込まれ消えてしまった。
――僕も、あんなふうに消えられるのか
裸足となった青年は、その砂浜よりも白い足を、海へ海へと引きずってゆく。
彼の歩みは、波が膝までかかっても、半身が海水に浸っても、足裏が地につかなくなっても止まることはなかった。
やがて彼は大きな波にさらわれ、沈んだ。
呼吸ができなくなり、波に身体中をもてあそばれ、皮膚が更に青白くなっていく。
それはまさに、彼が望んでいたことそのものだった。
――やっと終わらせられる。
もうあまり回らなくなった頭で、そう思い浮かべる。
それはもうすぐ意識がなくなるかというところだった。
彼の左手首をなにかが掴んだのだ。
そこから伝わる人肌の温度は、彼にどうしようもない恐怖を与えた。
青年は無意識のうちに足や手をジタバタとさせて、自身を捉える存在から逃げようとする。
その存在は、逃がすものかというように強く、今度は彼の胴体を抱き締めた。
暴れて疲れたせいか、青年の意識はそこで途絶えた。
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彼が目を覚すと、そこは岩の上であった。
いまだ波の音がうるさいほどに聞こえる。
「あ、起きた?」
声がする方には、彼と同じほどに見える少女がいた。
「なんで助けたんだ! もう、終わらせたかったのに……」
青年は苛立ちに任せて少女に話した。
少女はしばらく、黙って海を見つめる。
やがて彼女は、ぽつりと口を開いた。
「わたしもね、家、出てきたの」
青年は驚きはしたが、不思議ではなかった。彼女の横顔には、さっきまでの強さとは別の、少しだけ震える影があった。
「ここに来たのは区切りをつけるためだった。明日からは、昨日までのわたしとは違う生き方をするためだった」
風が強くなり、砂が足首をかすめる。
「……ねえ」
少女は青年のほうを向いた。
「もし終わらせようとしてるならさ、いっそ一緒に始めない? 新しい物語」
冗談のような言い方だったが、目は笑っていなかった。まっすぐだった。
青年の左手首には、少女に付けられた赤い痕が、いまだ残っていた。
彼にはそれが、彼女が青年へ向けた人情の証に見えた。
胸の奥で、何かがほどける。
「……いいよ」
波の音でかき消されそうなほどかすれた声で呟いた。
少女は小さく笑う。
「じゃあ決まりだね。これからよろしく」
「……ああ、よろしく」
寄せては返す波の音が、まるで拍手のように響いた。
この場所で、二人の物語は始まった。
【題:花束】
少しアルコールに酔った彼と共に帰路をたどる。
別れ際、私は足を止めて鞄からあるものを取り出し、彼に告げる。
「20歳の誕生日、おめでとう!」
彼に大きなバラの花束を手渡す。
黄色とオレンジの中に赤がアクセントとして輝いている。
我ながら良くできた花束だ。
「でかっ……花束? ああ、ありがとう」
すこし戸惑ったあと、優しい手付きで受け取ってくれた。
「嬉しいけど、なんで花束なんだ? いまさらそういうのを贈りあう仲じゃないだろ」
――まあ、そうなるよね。『幼なじみ』にプロポーズ用みたいな大きさの花束を贈るだなんて聞いたことがない。
「うーん……そういう気分だったから? それに、昔っからお花好きだって言ってたから、喜んでくれるかな~って」
一呼吸おいて、言葉を続ける。
「それに、友達にバラを送るっていうのも結構ある話らしいよ~。黄色いバラの花言葉は『友情』、オレンジのバラの花言葉は『信頼』とか『絆』らしいし!」
「……へえ、そうなのか。知らなかった。ありがとうな。それと――」
大人っぽい笑顔をこちらに向ける。
「これからもよろしくな」
「……うん、よろしく! 今日は楽しかったよ! じゃあね~」
「ああ、また」
手を振り、彼と別れる。
大きくため息をつく。
――ああ、緊張したな。でもやっぱり、あの反応なら……無理だよね
隠したいけど、報われてみたい恋心。
終わらせたいけど、10年以上諦めきれなかった恋心。
終わってしまう前に少しでも行動してみたい。そういう思いで作ったのがあの、99本もの赤系統のバラを束ねた花束だった。
99本のバラの花言葉は『永遠の愛』。
遠回しすぎるメッセージの伝え方に、自分でも呆れてしまう。
でも仕方ないよね。告白に失敗して、友人関係まで失いたくなかったんだ。
それに――もし本数まできちんと数えてくれたなら、私に大きく気をかけてくれているということで……
指摘されたら、彼にもちょっとは私への愛があるって思ってもいいんじゃないだろうか。
家に着き、どさりとベットに横たわる。
私はお酒は飲んでいないはずなのに、顔がとても熱い。
私からのメッセージに彼が気づくのを今か今かと待ってしまう。
くるわけもないのにメッセージアプリを開いて、彼からの返答を待ち続けてしまう。
諦めてしまえれば、想いを直接伝えられたら、こんなじれったい時間過ごすことはなかったのかな……
スマホの画面は、何時間たっても黒いままだった。