夕木

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2/8/2026, 11:57:36 AM

【題:スマイル】

 ニコリと穏やかに話す先方の方々。
 いつもとは違う笑みをはりつける同僚たち。

 俺にはその笑顔が、この空間が、とても恐ろしく映る。

 笑顔は俺にとって、どす黒い社会の象徴だ。だから怖くて、嫌いなんだ。

 昔からだ。中学のときからずっと、両親や塾講師からの笑顔が、なんだかおかしく見えた。

 全教科ほぼ満点のテスト。すべての欄に5と記された成績表。名門高校への入試の合格印。

 全てが、大人たちにいびつな笑顔を与えた。

 大人が使う笑顔なんて、ただの道具だ。そこに喜楽はひとつもない。

 それは、俺も例外じゃない。皆と同じように笑顔を装備して、武器にしている。

 金を稼ぐため
 名誉を得るため
 弱さを隠すため
 そして生きていくために、笑顔を使う。

 あのとき嫌っていた大人たちのようになるなんて、自分が嫌になる。

~~~

 ある日、会社で『笑わない人』に会った。

この春から、ともに仕事をする同い年の女性だ。

 仕事はできるものの、常に無表情で必要以上の会話をしない彼女は、一般的に見ると社会人として異端だった。

 俺は気になって、休憩時間に少し、彼女と話すようになった。

 彼女との会話は楽だった。笑顔という呪いに気を使わなくてすむからだ。

 二ヶ月ほどそんな日々を送ったある日、週末に二人で出掛けようという話になった。

 提案は彼女から。駅前で小さく芸術品の展示をするらしいから、よければ一緒に行かないか、ということだった。

 駅前の小さな展示と、休憩がてらよった小さな喫茶店。
 少し、出掛けるにしては地味かもしれない。

 お出掛けの間、彼女は相変わらず無表情だった。

 けれど、展示の前では足を止める時間が長く、気に入ったものの前では、ほんの少しだけ姿勢が前のめりになる。

 喫茶店の扉をあけるスピードが、いつもよりわずかに速い。

 会話のトーンも心なしか上がっているような気がする。

 表情には出ていないが、楽しんでくれているんだと理解した。
 胸の奥が、少しだけ温かい。その温度が心地よかった。



 そのうち夕方になり、駅で別れることとなった。
 去り際、彼女は一瞬だけこちらを見て、言葉を紡ぐ。

「……やっと、心から笑ってくれましたね」

 思わず立ち止まる。自分の頬に触れて、ようやく気づいた。

 
 ――ああ、今、笑えてるんだ


 その時、笑顔が呪いから喜びへと変わった。

2/7/2026, 12:00:07 PM

【題:どこにも書けないこと】

 白紙の日記を前にして、右手にペンを握る。
 SNSアプリを起動して、フォロワー数0の私のアカウントに投稿しようとする。

 だめだ、書けない。

 わたしだけの日記になら、なんでも書けると思っていた。
 誰にも見られないXの鍵垢でなら、なんでも呟けると思っていた。

 嬉しかったことも、腹が立ったことも、恥ずかしかったことも。
 私しか見ないのだから、正直でいられるはずだった。

 でも、これだけは書けない。

 なんだか、書いた瞬間に形がひとつに決まってしまいそうだから。

 その正体は、私は今苦しいんだとか、幸せなんだとかの、妄想か本当か分からなくって、揺れ動き続けている感情。

 本当は楽しいこともあるのに苦しいって決めつけたり、嫌なこともあるのに幸せだって自分に催眠をかけてしまうのが、きっととっても怖いんだと思う。

 だから、これはどこにも書けない。
 書くべきじゃない。

 人なんて皆あやふやだ。
 迷い続けないといけないんだ。


 ……ああ、この文章も、本当は書いてはいけないのかもね。

2/6/2026, 11:29:41 AM

【題:時計の針】

 この春から、私は都会の方にある大学へ通う。

 そう決まったときは子供のように喜んだ。

 都会が楽しみだということも勿論だが、なんてったって一人暮らしができるのだ!

 絶賛反抗期中である五歳下の弟やら、口うるさい両親から離れられ、自由に過ごせる――なんて魅力的だろうか。

 ワクワクした気持ちで新幹線に乗り、人生で初めて、都会へと足を踏み入れた。

 人々が早歩きで行き交う。車が一時も休まず動き続けている。

 私の実家らへんにあったしんみり静かな気配はまるでない。代わりに冷静さや焦燥感が辺りを支配していた。

 時間が、実際に私の地域よりも早く進んでいるのではと感じるほど、その差は明白だった。

 私の暮らす場所は、駅から15分の一般的なアパートだ。

 備え付けられているのは、小型冷蔵庫やらエアコン、布団などと最低限のもののみ。

 このままでは食事すらまともに作れないため、家電を買いに行こうと思い立った。

 大きなショッピングモールへ赴き、良さそうな包丁やフライパンなどを適当に購入した。

 そろそろ帰ろうかというとき、時計屋を見つけた。

 アパートには壁掛け時計がなかったからあると便利かも、と考え、入ってみた。

 大小、白黒、様々な時計が、棚いっぱいに並んでいた。

 カチリ、カチリと音を鳴らしているものと、スムーズに動き続けるものがあった。

 同じ時間を刻んでいるはずなのに、何かが違う。

 音を立てて進む針は、今どこにいるのかが分かりやすい。一秒ずつ、ちゃんとそこにある感じがした。
 一方で、音もなく流れていく針は、気づけば少し先に進んでいる。見ていたはずなのに、いつの間にか時間が過ぎているような気がした。

 なんとなく、時間を感じて過ごしたいと思って、音を立てて進む時計を購入した。

 その日から、都会に組み込まれた私の部屋に、カチリカチリと時を教えてくれる音が流れるようになった。

2/5/2026, 11:28:45 AM

【題:溢れる気持ち】

――もう、休みたい

 他の人よりなんにも努力してないのに、強くそう思ってしまいます。

 学校には週の半分ぐらい行けてません。
 いけたとしても三時間目からとか、午後の授業からです。

 課題もほとんど手につきません。やりたくないことが、何でか一つもできないんです。
 ここ一ヶ月で提出した課題は、学校に着いてから急いでやった、歴史のプリント一枚だけです。

 人ともほとんど話せません。学校で話す言葉は、一日で10言にも満たないです。
 班活動では、一人だけなんにも話せないから、邪魔なだけでしょう。

 夜は、寝たくありません。夜は楽で、日中より楽しいからです。
 朝は起きられません。夜に寝ないからです。

 みんな優しいから苛められたり不満を言われてないだけで、きっとみんなから要らないやつ、って見られてます。
 それか、存在すら認知されてないかもしれません。

 だからもう、ずっと休んでしまいたいです。

 家で毎日、ゲームとか、SNSとか、自分がやりたいことだけしてたいんです。




 でも、やっぱり、怖いんです。完全に止まってしまうってことが。

 完全に止まってしまえば、それからずっと、もう歩き出せなくなってしまいそうだからです。
 なんにもできない、ゴミみたいな人間になってしまいそうだからです。

 だから、学校にいかなきゃって、いっつも言い聞かせてます。

 でも、すぐに楽したいって気持ちにまけて、結局行けません。


 今日は、お母さんに『どうしてほしいの?』って聞かれました。


 休んでいいよ、って言ってほしい気持ち。
 ダメな人間になりたくないから、無理やりでも学校に行かせてほしい気持ち。
 もうほうっておいてほしい気持ち。

 いろんな気持ちが一気に溢れてきて、ぐちゃぐちゃに混ざりました。

 だから素直に、『分かんない』って答えました。

 お母さんは寂しそうで、ちょっと怒ったような表情になりました。

 喉がきゅっとしまりました。痛かったです。

 もう部屋にいっていいよ、って言われたから、逃げるように自室へ入り、扉を閉じました。

 その瞬間、『自分は弱いな』って気持ちがどばっと溢れてきて、体内を埋めていきました。

 それは今、涙とうめき声という形で、外に出ていっています。

 でも出ていったそばからまた気持ちが貯まっていきます。

 いつになったら、溢れなくなるんでしょうか。

2/4/2026, 11:21:36 AM

【題:Kiss】

『キス』って、文字の雰囲気からその実態までの全てがセンチメンタルで、キラキラしている。


一つ恋人に落とすだけで、言葉にできない深すぎる愛情を、相手に捧げられる。
そんな、大人だけがつかえる魔法みたいなものなんだろう。


中学生の私

不安定な私

初恋すら来ていない私

女性なのに、乙女心が全く分からない私

大人になりきれない私

私が嫌っている私

なんにも愛せない私

どんな私にも、決して交わることのない言葉だ。


そう思ってたから今日、挨拶代わりにキスをする国がある、って知って驚いた。

それは、恋とか欲とかじゃなくて、ただ「あなたがここにいること」を確かめたり、「大丈夫だよ」って伝えるためのものらしい。

触れるだけでいい。深い意味なんてなくていい、だってさ。

それなら、こんな私でも『キス』を使って良いのかな。


誰かにするなんてまだ出来ないから、一度、自分で確かめてみようかな。


好きになれない、私の黒いココロに『キス』をする。

胸がふわっと浮いたような感覚。少しだけ、満たされたようだ。



私の、不確定で不安定な明日に『キス』をする。

未来に流れ星が落ちる感覚。ああ、明日も生きていられそう。



嫌いな私にも、気に入っている私にも『キス』をする。

愛情にふれあう感覚。ちょっとだけ、私という存在を許せた。




私に勇気と安心をくれた。

やっぱり、『キス』は魔法だ。

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