時折、ずっとずっと昔の夢を見ることがある。
何年も前。遠い日の思い出なのに、やけにはっきりとした夢。
兄と喧嘩をして、泣きながらいつも遊んでいる公園に走ったのだ。喧嘩の原因も、その後の事もぼんやりとしか記憶に無いのに。その数分はいつになってもくっきり残っていて。
泣きじゃくりながらブランコに乗っていれば、同い年くらいの子が声をかけてきたのだ。
「だいじょうぶ?」
「だいじょう、ぶじゃ、ないっ」
心配するように聞かれ、強がる事もせずただ涙を落とす。ひっくひっくと言いながらブランコを揺らしていれば、その子が私の手を掴んで。
「こっちきて!」
そう言って少し奥の草むらに歩かされた。ぽかんとしていれば、その子はしゃがんで、何かを探し始める。
「何してるの?」
「よつばのクローバー探してるの!見つけたら幸せになるんだよ。一緒に探そう!」
幼い声なのに、やけに頼もしく聞こえた。
私もその子も手が汚れる事なんて気にせず、一生懸命草をかき分けて。少しして私の視界に映る、四枚の葉っぱ。
「あったぁ!」
と、小さな手で四つ葉を掴んで。そこで目が覚める。
なぜこの夢を何度も見るのかは分からない。けれど、この夢を見るとなんだか良いことがありそうで。
ずっと前の遠い日の思い出。その後の事も、クローバーをどうしたのかもあまり覚えていない。それでも、私の中では今でも生き続けている出来事だ。
(遠い日の思い出)
「ねぇ、あの雲魚みたいじゃない?」
窓際に居た君が指指した方向を見れば、ゆっくりと空を泳ぐ雲があった。確かに、魚のような形をしている。
「ほんとだ。魚っぽいね」
「だよね!!……あ!あっちの雲はねー、くま!」
「え?あそこの雲はうさぎじゃない??」
「いや。あれは絶対にくまだよ」
「そうかなぁ」
そんな会話をしながら、青空を流れる雲を見る。
晴れ晴れとした空をぼんやり眺めては、青いなぁなんて当たり前の事を思って。からりと照った太陽が眩しい。
「……海、行きたいなぁ」
「どしたの、いきなり」
「なんか、青空見てたら海行きたくなって。行かない?今から」
君の唐突な提案にはもう慣れっこだ。承諾すれば嬉しそうに準備を始める君。
君の鼻歌が、澄み切った青空と同じくらい綺麗で明るく聴こえた。
(空を見上げて心に浮かんだこと)
「それ、欲しいの?」
「うーん、欲しいんだ、けど……」
唸るような声を出す君が目にしているのは、うさぎの置物。ぴんと耳を立ててちょこんと座っている。この前君が買っていたぬいぐるみもこんな感じだったような。
「あー……結構高いね」
「だよねぇ。でも、すごい可愛いし……」
「……僕が粘土買ってこれと同じくらい可愛いの作ろうか?」
「えぇっ!?すごい不器用なくせによく言うよー」
冗談だよ、と言ってくすくす笑い合う。少し悩んでから君は、踵を返しその場を離れて。
「やっぱりいいや」
そう言っているが、表情は欲しい、と言っている。分かりやすいなぁ。
君の事をついつい甘やかしてしまうのは僕の悪い癖。惚れた弱みというやつである。でも、君の笑顔が大好きだから。
僕はその置物をレジへと持っていった。
(目にしているのは)
あいつはすごい。いつだって、僕の上を歩いている。
それが羨ましくて悔しい。勉強だって、スポーツだって。何でも出来てしまう。
でも、そんなあいつが僕にだけ見せる弱み。時折、恥ずかしそうに抱き着いてくるのだ。僕以外には甘えられないのが、可愛らしくて。誇らしい。
あいつはずるい。僕に劣等感も優越感も独占欲も。全部全部抱かせてくるのだ。
(劣等感、優越感)
目が覚めると君が泣いていた。
フラレた〜、なんて言いつつ笑って酒の入ったビニール袋を下げて僕の家に押しかけてきた、君が。
泣いている顔なんて、見たくない。でも、朝の光をきらきらと跳ね返す雫が、美しいと思ってしまって。
声を抑えるように泣く君に、手を伸ばしかけた。でも出来なかった。僕が寝ている時に泣いていたんだから、そういう事なんだろう。
僕も君も臆病者だ。君はもっと僕を頼っても良いのに。僕は一言、僕にしなよ、と言えたら。
君の小さな小さな息を隠すように数回、鳥が朝を知らせた。
やがて君は寝転んだ僕を揺すって、起きてよと明るい声で話しかけてくる。いつも通りのような、ほんの少し、震えているような。
それでもやっぱり臆病な僕は、何も無かったかのようにおはよう、と言うことしかできなかった。
(朝、目が覚めたら泣いていた)