「今日のご飯、なにがいい?」
ある日の夕暮れ頃、眼の前を歩いていた若いカップルらしき男性が隣の女性に声をかけていた。
「んー冷蔵庫に残ってるのってなんだっけ?」
同棲しているのだろう。当たり前のように会話を続ける。
「あー、鶏肉とじゃがいもと人参と玉葱とかじゃない?早めに鶏肉は食べないと賞味期限近い気がするよ」
「じゃあシチュー!!」
夫婦のような仲睦まじい会話に何故かぼくの胸まで暖かくなった。
その二人は手をつなぎ目の前のスーパーに入っていった。
なんかいいな…と感傷に浸りながら歩いていると後ろから声が聞こえた。
「おーい、今日の晩ごはん何にするー?」
ちょうど仕事が終わった彼女だった。
「んー何が残ってるっけ?」
さっきのカップルの彼女を真似ていってみると彼女は目を細めながら答えた。
「んーとね、お肉は鶏肉があるからそれにテキトーに野菜をあわせて…シチューとか?」
何気ない偶然にぼくは笑ってしまう。
「うん。じゃあシチュー作ろっか」
「あ、でも君シチュー苦手だっけ?」
彼女と出逢ってすぐに話したことを覚えていてくれたようだ。
「ううん、あんま食べたことないってだけだよ。今日なら美味しく食べられる気がする」
彼女は笑いながらツッコミを入れる。
「なんで謎の自信に満ちてるの」
「なんとなく?」
笑い合いながらぼくは彼女と出会ってから好きな食べ物が増えたなと考える。
自分を変えようと思える人に出会えたぼくって幸せものだな…なんて思いながら彼女と手をつなぎスーパーに入っていった。
#君と出逢って
「約束」
ポツリと呟く彼女を僕は見る。
星空を見つめたまま彼女は僕に続けた。
「明日も明後日も一緒に帰りたい」
僕は首を傾げながらも頷く。
「いつも一緒じゃん?」
「そうだけど…これから先もずっとがいいの」
「なるほど」
僕は頷きに徹する。
「他には?」
「んー…二人で、ワクワクキャンパスライフ送れるようにする!」
僕は笑いながら返す。
「わくわく…ふふっあと一ヶ月だもんねぇ」
「三ヶ月ぶりのデートなんだから、現実思い出させないでよっ!」
鋭いツッコミに、ごめんごめん、と笑う。
「二人で合格しよう。あと一ヶ月頑張ろうね」
こくんと頷く彼女の頭を撫でる。
「他にも願い事ある?今なら流れ星が叶えてくれるんじゃない?」
そう問うと、思ってもなかったような返答が来た。
「んーあとは……って私ばっかりじゃん。流希はないの?」
「僕はなぁ…ずっと星蘭の隣で君の笑顔を見れるなら正直それだけで十分」
星空しか見ていなかった彼女の視線がぼくを見た。
顔を赤くして照れる彼女に愛しさを覚えながらも続ける。
「ずっと。って、口でいうほど簡単じゃないことはわかってるんだ。でも、星蘭とは分かれる未来が想像できないんだ」
「それは私もだけどっ」
「だから、僕の願いは星蘭に託させて。そのかわり、星蘭の叶えてほしいことは僕ができるだけ頑張る」
そう言うと彼女は驚きに満ちた表情を喜びに変えた。
「そこで、僕が絶対叶えるよって言わないところ、私大好き」
突然のクリティカルヒットに心臓を刺される。いい笑顔で言われてしまえば何も言えない。
ただ早くなる己の鼓動を落ち着かせようと呼吸をする。
「私がおばあちゃんになっても最後まで愛してくれる?」
「うーん……当たり前!とは言えないけど……歳を重ねるごとにきっと僕は星蘭に恋をすると思うよ」
「なんでそういうことを真顔でいえるのぉ…」
何故か彼女の顔が一段と赤くなった気がするが、僕は知らない。だってそうだとしか思えないのだ。
コロコロ表情が変わって、少し勉強が苦手で、でも努力家で負けず嫌い。家族思いで、笑顔が可愛くてしっかりしているようでドジが多い星蘭が僕は愛しくてたまらないのだ。
きっとこの思いは何年立っても何十年立っても変わらないだろう。
そうなぜか思う。
「じゃあ、流れ星に何を願うの?」
そう聞いた彼女に答える。
「一緒に暮らせるようになれますように。とか?」
それを聞き、ぽかぽか顔を赤くさせた彼女に殴られた僕は何も悪くないと思う。
#流れ星に願いを
「ほんとうに、私でいいのですか?」
自信なさげに僕に上目遣いで聞いてくる君。
「当たり前でしょう?僕が貴方がいいのです」
そう返すと嬉しそうに頬を緩める。あぁ、本当に愛おしいな。そう心から思った。
「でも、私貴方に何ひとつも返せるものがないのです。いつも助けてもらってばかり」
自信がなくて、いつも下を向いている君は知らないんだろう。どれだけ世間から君が評価されているか。僕が苦労して君を手に入れたことを。
美しさも地位も名誉も器量もすべてを兼ね揃えている淑女と騒がれている彼女に僕は言う。
「いつも言っているでしょう?僕は君がそばにいなきゃ生きていけないのです。君が僕にやらなきゃいけないことは一つ、僕より先に死なないこと」
「でも……私は貴方に助けられてばかりは、嫌なのです」
潤んだ瞳に睨みつけられ気付いた。彼女は僕の助けになりたいと、自分が彼女から愛されていることを理解していなかった。
「…でも君は」
僕にもう、愛というものをくれたじゃないか。
そんな言葉を遮り彼女は口を開く。
「私は弱いです。でも、貴方のことが私だって大切なのです。貴方を好きになったあの日から、何よりも貴方はわたしのかけがえのない存在です」
まっすぐ僕の目を見て伝えてくれる彼女にやっぱり僕はときめいてしまう。彼女を弱いなんて思ったことはない。むしろ誰よりも強いだろう。
君は何があっても大切なものを守り抜くのだから。
「僕は君にもう、本当にたくさんの感情を教えてもらったんだよ。人の心がなかった僕に、愛という感情も嫉妬と言う感情も君がいなきゃ一生しれないままだったんだ」
「貴方が人の心を持っていないわけ無いでしょう」
「……っ」
あぁ…本当に心が歓喜で震えた。たった一言、そうやって君はまた僕の心を揺さぶる。そんな人が僕を愛してくれていること。
「ですから、言いたいことはそういうのではなくて、私と貴方二人で!守り支え合いたいのです。たとえ家族が増えても幸せにし合いたいのです」
たとえ彼女を選んだことを誰かに間違えだったと言われても、自身を持って僕は答えられる。僕が選んだこの道は、光り輝いているばかりではないけれど、それでも大切な人が大切にしてくれる道だったよ。
数十年後、僕らは笑い合っていった。今も昔も幸せに溢れていると。
#たとえ間違えだったとしても
屋上の扉を開けると花曇りの空が広がっている。
そこにぽつんと一人の生徒が立っていた。
彼女は目をつむり雨の中傘もささず上を見上げていた。それが何故か妙に美しくて哀しかった。
「……ねぇ、風邪引いちゃうよ?」
まるでいつの間にか消えてしまいそうな彼女にぼくは思わず声をかけた。
すると彼女ははっと目を見ひらいた。
「……大丈夫、です。」
明らかに拒絶された。でもなぜかほうっておいてはだめだと僕の脳内が警告する。
「ぼくもそこにいってもいい?」
思わず繋ぎ止めたくて、意味がわからない言葉が出た。彼女もキョトンとしている。
「なんで?」
「……雨…雨がやまないから?」
疑問形になってしまった。あまり話したことがないのにこんなことを言われてきっと戸惑うだろう。ぼくも戸惑っている。どうしたらいいんだろう、この空気。
「……っふっ…ふふ」
絶妙な空気を破ったのは彼女からだった。
思わずと言った笑い声にぼくは目を見開いた。
「なんで、急に…っふふ。あーおかしいな」
笑っている彼女の目から一つの雫が落ちた。
「誰も来なくて、独りぼっちみたいだなっておもったんだねど、君がきてくれるとは思わなかった。ふふ、ありがとう」
涙を流しながら晴れやかに笑う彼女の上には、淡い虹が架かっていて、綺麗で、ぼくは見惚れてしまった。
「君の名前をぼくに教えてくれませんか?」
一目惚れをした青年の物語が今、始まった。
#雫
「……あの、さ」
口にしたかった言葉は音にならずに時間だけが通り過ぎていく。
彼に告白すると決めてからたくさんたくさん考えたのに。
「っわたし……ね」
心臓がうるさい。コンクールのときでもこんなにドキドキしなかった。
「…ゆっくりで、ゆっくりで大丈夫だよ」
落ち着いた優しいテノールが耳に入ってくる。
それと同時にあぁ…やっぱ好きだなって思う。
「わたし、君の歌がすごく好きなの」
目の前の彼は目を見張る。
そんな意外なことを言っただろうか。それでもさっきと打って変わって、私の口はよく動く。
「初めて聞いたときから、落ち着いた優しい声だなって思ってたんだけどね、放課後歌を口ずさんでいるときに君の声が聞こえたの。」
「…よく、ぼくだってわかったね」
私は首を縦に振りながら続ける。
「だって、すごく優しい歌だったんだもの。だからわたしきみの歌がすごく好きだよって伝えたくって」
今日呼んだの。そう言うと彼は少し照れ恥ずかしそうに、そしてなぜかちょっとすねたように口を開く。
「そう直球で言うくせやめなって言ってるでしょ…でもありがとう。嬉しい」
じゃあ帰ろっかと声をかけようとすると彼がわたしの手をそっと掴んだ。
「まって。ぼくもきみのピアノの音がすごくすき…だよ。君みたいにふわふわしてあったかくてずっと聞いてたくなる」
今度はわたしが赤くなる番だった。
「あ、ありがとう。嬉しい…です」
ありきたりの言葉しか頭に浮かばなかったけど、本当に嬉しいと思った。
「でも、それだけ…?今日ぼくを呼んだのはそれだけを伝えたかったの…?」
私は思わず目を見開く。彼は少し頬を赤く染め私の目を見ていた。
「…それ、だけ…デスヨ」
「絶対ウソ。きみ、ウソ下手くそなのになんでウソつくの」
ジト目で睨まれるが、今日のわたしのHPはもう残り5くらいだ。これ以上反撃を食らうと死んでしまう。
「逆に何があると思ったの…?」
次は彼が言葉に詰まる番だった。
視線を彷徨わせたあと、決意を決めたようにわたしの目を見ていった。
「告白…してもらえるのかなっておもった!!」
清々しいほどの回答に私はあっけにとられた。
「え、あ、うん、え、なんかごめん」
「ちょっと!!ぼくが振られたみたいじゃん!まだ何も言ってないのに」
「振ってないふってない振ってない!!」
テンパって勢いよく否定しすぎた。気まずそうに顔を上げると目の据わった彼が言った。
「好きなタイプは僕みたいな声の人って言ったよね?」
「はい、いいました」
「結婚するなら甘やかして叱ってくれる人がいいって言ったよね?ぼくこの2年間君を甘やかしてでも叱ってたよね?」
「はい、甘やかしてもらいマシタ」
「音楽好きな人がいいんだよね?ぼく歌うの好きだから一緒に演奏できるよ」
「うん、しってます」
「あと他には何が必要?ぼくは君からしたらとんでもなく優良物件だと思うんだけど」
割と自信満々に言い切る彼に小さく拍手を送ると怒られた。解せぬ。
「今、君に告白したら君はオーケーしてくれる?」
彼が放った言葉に私は一瞬で赤くなった。それはほぼ告白だ
「………う、ん」
彼は一つ呼吸をすると言った。
「ぼくは、ずっと君といたいと思ってます。君を見れば可愛いって思うし、ピアノを弾いてる姿は綺麗で独り占めしたいけど全世界に見てほしいとも思うし、家族のはなししてるときはぼくもその中に入りたいって思うし、他の男子と楽しそうに喋ってるとちょっと嫉妬します」
一呼吸で告げられた愛の言葉に顔を赤くさせることしかできない。
「でも、誰より大切にするし、君のこと最優先で生きるし、甘やかすし叱るし今は言葉にしか出せないけど一生一緒にいる覚悟でそばにいるから、ぼくと付き合ってほしい……です」
最後だけ自信がなさそうに子犬みたいな一面を向けられたわたしの心臓はまた、ドクドク致死量並に活動している。どうしてくれるんだ、ときめき死してしまったら。
「わたしも君の全部が大好きなので、最優先にできるよう最善を尽くしますし、大切にするし、幸せにします。えっと、プロポーズ?待ってます。だから、これから末永くおねがいします。」
照れてはにかみながら言うと彼は赤くした顔を手で覆ってしゃがんだ。
「反則でしょ……」
「こっちのセリフです」
目があって笑いあったこの瞬間のことをわたしも彼も一生忘れないだろうと、そう思った。
#言葉にできない