死にたい少年と、その相棒

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4/11/2023, 11:41:18 AM

  /言葉にできない

「痛い! 痛い!」
掴まれ、引っ張られる髪が抜ける嫌な音が頭皮から聞こえる。どれだけ叫んでもその手は離されず、部屋の端にまで来ると乱暴に壁際へと投げ出された。
あまり見ない彼の怒りように、今回はやり過ぎたかと思った。どちらかと言えば今まで溜めていたものが爆発したと言った方が正しそうだった。
「ンなに死にてぇなら今すぐ殺してやるよ」
ゆらり、と彼の目が光った——そう見えたのは実際は彼が愛用するナイフで、躊躇いもなく勢い良く振り下ろされた。

ナイフが、寸分の狂いもなく僕を貫いた。
正しく言えば僕の右手を貫いた。

良く手入れされたそれは、僕の手を床に縫い止めている。
血が溢れているのに痛すぎて感覚が無い。

見上げれば冷たい青い目が僕を見下ろしていた。
何に対してか分からないけど、じんわりと目元が潤んだ。

「……いたいよ」
そう、小さく呟いたら視界を揺らしていたものが溢れた。
それを見た彼が、やっといつもの暖かさを持った目に戻した。
「溜め込む前に言えって、いつも言ってんだろ」
「……それにしたって、もっと別のやり方があるでしょ……」
「真っ当な道歩いたことなんかねぇだろ。これに懲りたら次からちゃんと吐き出せ」
そう言って、ナイフも抜かずにどこかへ行ってしまった。数分で戻ってきた彼の手には救急箱があって、さっき刺したその手で、僕の体の包帯の数を増やしていく。

未だ吐き出せないでいる感情を言葉にできないまま、僕はその手をじっと眺め続けた。

4/10/2023, 10:57:27 AM

  /春爛漫

暖かい日差しを受けてくしゃみをした。
穏やかな時間は久しぶりだった。

君に言われて、引っ張り出されるようにして遠出させられたが、うん。これは案外悪くない。

「ねぇ、どうして急に遠出なの」
「手前が部屋に籠って自殺ばっかしてるからだろ」
「いつもの事じゃないか」
そう言って遠くを眺める。色とりどりの花が咲き、川は陽の光を浴びて輝いている。
春爛漫とはこのことを言うのだろうと思った。

「死にたいなぁ」
ぼんやりと呟いた。
「殺してやろうか?」
君が言ったから、遠くを眺めながら返事をした。
「君に殺されるのは嫌」
「わがままなやつ」
君が呆れた声でそう言った。

またくしゃみが出た。
この綺麗な景色が人生最後の景色なら、きっと素敵な"死"なんだろうなぁ。

4/9/2023, 11:32:06 AM

  /誰よりも、ずっと

「バカと天才は紙一重とは、手前の為の言葉だな」

ベッドに寝込んだアイツへ、そう吐き捨てた。
何時もは不健康な程に青白い顔が、今は茹でダコのようになっている。
「バカに、バカなんて言われたくないんだけど」
「この時期に川に入水して失敗した挙句風邪ひくバカが手前なんだから仕方ねぇな?」
笑えばアイツが睨んできたが、なんの凄みもない。

しばらく黙った後、アイツは俺から視線を外して掠れた声で話し出した。

「桜がね、綺麗だったんだ」
「桜?」
「そう。桜。河川敷の桜のほとんどが散って、川に浮いてた。それ見たら飛び込みたくなった」
「やっぱバカだろ手前」

一瞬口を噤んだあいつは、深く息を吐き出した。
「別に、今回は死のうとしたわけじゃない。本当に、ただ、気付いたら……」
「ンなこと、分かってる」

誰よりも分かっている。嘘だとは思わねぇ。
あの時、手前を助けた俺がいちばん分かる。
あの驚いたような顔は作り物なんかじゃねぇ。
何時も仮面じみた作った顔ばかり浮かべるアイツの、貴重な素の顔だった。
誰よりもずっと、傍で見てた俺だから分かるし、言い切れる。

4/8/2023, 1:26:22 PM

  /これからもずっと

「ねぇ」
声をかけても君は無反応だった。目を閉じて、横たわって。まるで死んだみたいに眠っている。
「僕より先に死ぬなんて許さないからね」
聞こえているはずもないのに声をかける。こんなにも非生産的な事をするのは嫌いだ。なのに、辞められない。
「君が僕よりも先に死ぬ時は、僕が殺した時だよ」

ベッドに置かれた手を握る。

はやく、目を覚まして欲しい。

こんな雰囲気だけれど、別に彼がどうこうなっているわけじゃない。
単純に、彼は眠りが深いのだ。一度寝たら絶対に起きないくらい。だから、こうするのももう何十回目。彼には絶対秘密だけど。

「ねぇ、起きてよ。眠れないんだ。君が静かだと、つまらないよ」
肩を揺すっても、耳元で少し大きい声を出しても、鼻をつまんでやっても、彼は起きない。
だからたまに、本当に死んだんじゃないかって不安になる。

「ねぇ、起きてよ」

いつまで呼び続ければ、彼は起きるだろうか。
一度呼んだら起きてくれる日は来るのだろうか。

それとも、これからもずっと、このままなのかな。

4/7/2023, 10:54:49 AM

  /沈む夕日

俺の、髪色は少し変わっている。
そのせいかよく、夕日のようだと例えられる。

沈んでいく西日と鏡で見る髪色は確かに似ているし、あれが似合うと言われる事に悪い気はしない。
だが、実際は俺よりもアイツのほうが、夕日は良く似合う。
もっと言えば、夕日が沈んで夜の間合いと溶け込む、絶妙な時間。

ビルの屋上のその縁に腰掛け、飛び降りるでもなく街を眺める目は真っ黒だ。
夕日のオレンジと夜の藍色が混ざり、紫のようなピンクのような不思議な色を空が描く。
その色があの黒に映り込むとまるで、この世のものではないかのような儚さを生む。

明日にでも存在そのものがなかったかのように消えていても、不思議には思わない。寧ろそれが本来の姿だとでも言うかのような、そんな雰囲気。
——そんなわけねぇだろ。
そう、自分に言い聞かせるために俺はアイツへ手を伸ばす。

「こんなとこで何やってんだ。さっさと帰るぞ」

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