真澄ねむ

Open App
1/10/2025, 9:56:32 PM

 それはまさに青天の霹靂だった。
(重大な事実を知ってしまったかもしれない)
 アンネは不吉な予感に身震いした。しかし、この事実を他人に広めるわけにはいかない。それこそ、親しい人にだって教えることはできない。誰にも知られないうちに、原因を対処しなければならない。
 でも、どうしたらいいのだろう。対処はせねばならないが、自分はそれについて、まだ全然知識が足りない。この街をひと月も滞在して、当たれそうなものには全て当たってみたが、それだけではどうしようもない。
 アンネは人知れず決心すると、荷物をまとめ始めた。まずは大きな都市に行って、図書館がないかどうかを探さなくては。
 コンコンと扉がノックされて、部屋の扉が開く。ナハトが中に入ってきた。
 彼は荷物をまとめている彼女を見て、小首を傾げた。
「あ、そろそろこの街、出る?」
 ナハトは自分の体質のため、あまり一ところに留まらないようにしていた。しかし、アンネの旅に同行して、もうひと月も同じ街に滞在している。
 何かこだわりがあるわけでもないので、景色がよかろうが悪かろうが、治安がよかろうが悪かろうが、住みよかろうが住みにくかろうが、ナハトにとっては関係なかった。しかし、やはりひと月も滞在していると、少しは居心地もよく感じてくるし、愛着も湧いてくるというもの。
 アンネは申し訳なさそうに眉を八の字にした。
「はい。……済みません、長居をしてしまって」
「別にいーよォ。結構気に入ってたし」
 思いがけないナハトの言葉に、アンネは目を見開き――再び目を伏せた。
「済みません……その、急に出ると言って……」
「だから別にいいって。いちいち謝ンなよ」
 彼はそう言うと呆れたように肩を竦めた。
 アンネは頭を下げると、荷造りを再開した。収集した研究資料をどう詰めるか悩んでいると、横からにゅっとナハトが顔を出した。
「何、これ?」
「……えっと“未来への鍵”ですかね」
 彼女の答えに、ナハトは興味なさそうにふうんと返した。
 決意を秘めたアンネの横顔は、逆光を受けて、まるで強い輝きを放っているかのようだ。

1/9/2025, 6:50:26 PM

 セントラル所属の『描き手』ローダは「森奥の廃墟」と呼ばれるダンジョンの探索を命じられていた。「管理人」の協力により、管理人から彼女の護衛を兼ねたダンジョンの「案内人」を貸与された。
 その案内人との顔合わせは済んでおり、今日からその案内人と共にダンジョンの探索を行うこととなる。
 ローダは指定された待ち合わせ場所で、かれこれ一時間ほど待っていた。
(……舐められたものね)
 溜息をつくと拳をぎゅっと握る。振り仰いで「森奥の廃墟」のダンジョンを見上げる。このダンジョンは珍しく、ダンジョンとしての入り口が高いところにあった。
 とはいえ、届かない距離ではない。
 このまま愚直に待ち続けて、あの案内人が本当にやってくるのか疑わしいものだ。軽薄が服を着て歩いているような青年だった。
 ローダは書き置きを残すと、ワイヤーを使って登り、ダンジョンの中に足を踏み入れた。
 廃墟と呼ばれているものの、ダンジョンの中はどちらかというと洋館といった体だった。足下もしっかりしているし、探索するにはいい環境と言えるだろう。
 ローダは画板を取り出すと、羊皮紙を画板にセットする。携帯インク壺を左手に、羽ペンを右手に持って、彼女は今いる入り口を起点に、ゆっくりと地図を描き始めた。
 仕事に没頭していた彼女は、急に肩を叩かれて、思わず小さな悲鳴を上げ、肩を大きく跳ねさせてしまった。持っていた物をぼろぼろと地面に落としてしまう。
「だっ、誰ッ!?」
 身を護ろうと小さくなりながら、ローダは振り向いた。
「俺だよ、ローダちゃん。遅れてごめんな~」
 軽薄そうな青年が、そう言いながら、彼女の落とした荷物を拾っていく。ローダはその青年を見て、ほっとしたように胸を撫で下ろした。
「なんだ……ウェルナーか……驚かせないでよ」
 ウェルナーと呼ばれた青年は、彼女の荷物を拾い終えると立ち上がった。
「一応、何度か声はかけたんだよ? うんともすんとも言ってくれないからさ」そう言いながら、彼女の荷物を渡す。「これで全部? 足りない物ある?」
 ううん、とローダは首を振った。礼を言うと、再び画板に羊皮紙をセットし直し、地図を描く準備を整え直す。
 あのさ、とウェルナーが口を開いたので、ローダは彼の方を見やった。
「何?」
「遅れて本当にごめん」彼はそう言うと頭を下げた。「……こんなざまじゃ格好もつかないけど、これ貰ってくれる?」
 彼はローダに碧玉のペンダントを渡した。ローダは不思議そうに小首を傾げた。
「何、これ?」彼女は口元を緩ませた。「綺麗ね。星の欠片みたい」
「えっとね、まあ……魔除け、みたいな? あと、俺にとっての目印みたいな……」
 しどろもどろになって言う彼を見て、
「そう。ありがとう、ウェルナー」
 ローダは微笑んだ。

1/8/2025, 2:45:47 PM

 友達と飲み会でオールして、家に戻ってきたのは今朝の五時。すっかり酔いが回っていたので、部屋に着くや否やベッドに倒れ込んでしまった。
 そんな郡司を叩き起こしたのは、ケータイの着メロだった。
(……この音は……)
 寝惚け眼でケータイを探す。頭の回りを探して、ケータイらしき四角を掴む。画面を点けると彼女の名前が表示されている。
(どうしたんだろう……)
 受話器のボタンを押した。もしもしと言いながらスピーカーに耳を当てる。
『あ、もしかして起こしちゃった? ごめんね、郡司くん』
 彼女の涼やかな声が聞こえてくる。彼女は郡司の声の調子で、自分の電話が彼を起こしたことを悟ったらしい。
「いや、いつもなら……起きてる時間だし……」欠伸をこぼしながら、郡司は続けた。「でも……どうしたの? 秋穂サンから連絡くれるなんて、珍しいね」
 電話口の向こうで彼女が口籠もったのがわかった。
『あ、ええとね……何か用事があったわけじゃないの』申し訳なさそうに彼女は言う。『その……なんだか郡司くんの声が聞きたくなっちゃって』
 そう言うと、彼女は照れたように小さく笑った。
 郡司は自分の彼女の可愛さに絶句して、しばらく何も返せなかった。

1/7/2025, 2:45:46 PM

 ウェルス王国北西部に位置する有翼族の里フェアンヴェー。リヴァルシュタインの故郷である。
 フェアンヴェー一の勇士であり、次期族長である彼は、その能力を請われて、ウェルス王城にてフェアンヴェーの名代として勤めていた。
 王城での仕事はとてもつまらない。部族間の融和政策の一環とはいえ、こんな温い環境では鍛錬の意味を成さない。これならば、故郷で暮らし、故郷を護っている方が随分とマシというもの。
 とりあえず、彼は今、一週間の休みを貰い帰郷していた。
 戻ってきたリヴァルシュタインを里長が出迎える。
「おお、リヴァルシュタイン。息災であったか」
「見ての通りですよ、長」
 彼はそう返しながら肩を竦めた。
「王城ではどうじゃ? 不本意な扱いはされておらぬか?」
「不本意な扱いはされてませんが……王城の兵はレベルが低すぎて話になりませんね。鍛錬相手にもならないので困っています」
 リヴァルシュタインはそう言うと溜息をついた。
「強い者もいるにはいますが、ほんの一握りです。こんなことなら里で修行している方がよっぽど有意義ですよ」
「まあ、そう言うな。お前には不向きな役割を与えていることは重々承知している。融和のためじゃ。どうか堪えてくれ」
 リヴァルシュタインは再度溜息をつくと、里長に向き直った。
「ええ、承知しています。……長の考える“融和”が私にできるかどうかは保証しかねますが」 そう言うと、彼は里長の前を辞した。帰る足でフェアンヴェーの中心に建つ物見塔を登っていく。
 塔のてっぺんに来ると、ウェルス北西部が端から端までよく見える。彼は腕を翼に変化させると、欄干を蹴って宙に飛び上がった。
 北部の雪山の方へ向かうつもりではあるが、特に目的地はなかった。
 追い風が吹いている。この調子へどんどんと前へ、遙か遠くへと進んでいきたい。
 どんどんとフェアンヴェーが小さくなっていく。

1/6/2025, 2:53:48 PM

 推薦やらで進路が既に決定しており、のほほんとしているクラスメイトたちを尻目に、直子は毎日死に物狂いで勉強し、とうとう受験日がやってきた。勉強の成果を発揮できたかと問われると、首を傾げざるを得ない。でも、それなりに手応えがあったから、大丈夫なんじゃないかなという期待があった。
 二週間後の合格発表の日、どきどきしながら自分の受験番号を探す。無事に見つけ出して、ほっと息をついた。彼を含めて、のほほんとしたクラスメイトたちは、探すときの不安と恐怖を知らないのだ。羨ましいなと思う。
 まあ、何はともあれ、合格は合格だ。
 直子は立ち上げていたパソコンの電源を切ると、学校に報告するために、部屋着から制服に着替え始めた。なぜかはわからないが、直子の高校は、電話の合格報告だけでは満足しないのだ。
 面倒だなと思いつつ、学校に行く準備を進めていると、インターホンが鳴った。両親は仕事に出ており、家にいるのは自分一人。
 渋々と直子は階下におりると、モニターの電源をつけた。カメラには見慣れた人物――直子の幼馴染みで推薦で早々に進路が決まったのほほん組の一人――が写っていた。
(匠くんだ。……何の用だろ?)
 首を傾げながらも、直子は玄関に向かうと、扉を開けた。
「直子!」直子が扉を開けるや否や、彼が門を開けて中に入ってくる。彼は直子の前に立つと、満面の笑みを浮かべた。「合格おめでとう!」
 虚を衝かれ、目をぱちぱちとさせていた直子だったが、控えめな笑みを浮かべると口を開いた。
「あ……ありがとう」礼を言いつつ、首を傾げた。「何で匠くん、知ってるの?」
 彼は得意げに笑った。
「そりゃ、俺もチェックしたからに決まってるじゃん」
「わたし……受験番号教えたっけ……?」
 ますます困惑する直子をよそに、彼は直子の腕を掴んだ。
「合格したら、学校に報告に行くんだろ? 行こうよ」
 あのね、と直子は彼を睨めつけた。
「そのつもりで、準備してる最中だったの。鞄取ってくるから、ちょっと待ってて」
 そう言って、家の中に戻っていく直子を、彼は愛おしげな眼差しで見送った。
 ああ、四月からも君と一緒で嬉しいよ。

Next