SAKU

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7/8/2024, 9:52:08 AM

笹の葉が揺れた。さらさら、しゃらしゃらと擬音の表現一つにも夏の夜に求める涼やかさが現れている。
ふ、と夏の夜というものに六月にあった夏至を思い出した。夏至の日の前夜、ミッドサマーイヴ。恋人たちのから騒ぎ。
ハロウィンと並び、隣の世界との境界が曖昧になる日だ。
四葉のクローバー、銀のコイン、まぶたに乗せて隣人を目にする、というのは今も神秘が眠る竜の国の話だったか。
目の前で、足を組んで行儀悪く、それでも指先の所作は優雅に紅茶をすする人物を見やる。不機嫌そうな割に唇を吊り上げて見返されたので、考えてもいなかった日本の七夕伝説の話を振った。
運命の人がいるというのはどういう感覚なんだろうと。
ぱちり、と長いうわまつ毛を上下させてカップをソーサーに置いてみせる目の前の人物に、地雷だろうとなんだろうとずけずけ聞ける間柄というのは心に負担がなくていいなぁと、今度は自分がカップの中身をすする。
親しき仲にも礼儀ありなんていうのは、互いの中には何もない。傷つけあっての今がある。
自分にそれを聞くのは、生まれた時から親がいる子供に、親がいるってどんな気持ちと聞くようなものだと答えられた。
なるほど、それはどちらにしろ理解できない。

現代人は織姫と彦星はただの恋に熱をあげ、責任を放棄したなどというが、それだけ運命が遠ざかっているのかもしれない。
未来のことも目に入らず、お互いのことしか考えられないのは運命なのだろうか。何千年経っても一夜の逢瀬のため一年待つ夫婦星なんて物語にしか夢みれないのか。
恋でお互いに身を滅ぼすってどんな気持ちだろうな。

さらさらと、コーラスというには静かすぎる葉擦れの音にのせて有名なオペラの歌詞を、知っている部分だけ口ずさむ。
このポットを空にしたら、嫉妬や独占欲なんていう激しい感情を起こさせる恋がどんなものか、目の前の捻くれ者に聞いてみよう。


7/7/2024, 11:32:17 PM

大人たちの目を逃れて二人で物陰に隠れた。こんなに監視が厳しいと、息が詰まる。
きっと叱責されるだろうが、それがなんだというのだ。お互いになんとも思っていない。
少しカサついた凍える手先を合わせて、温め合う。
気休めだけれど、それでも気持ちも身体も少しだけマシになった。
真っ白な相手の手先を見つめて、雪と区別がつかなくなりそうだといつも思う。
溶けそうだと考えたことはない。輪郭が曖昧になるような薄い印象の人物ではないもので。
雪景色の中でも鮮烈な存在感があり、きっと自分はどこにいても彼を見つけられる。
世界でお互いだけが味方だった。
いつか相対することがあるんだろうかなんて。

世界はずっと広がったけど、見上げると隣にいる人物に妙な縁だったなと息をついた。
相手に言うと自身の努力だと静かに、しつこく主張されるので口には出さないけれど。
それに関して否やは全くない。自分自身は本当に何もしておらず、その通りでしかないからだ。
一度道を分たれはしたけれど、再び縁をつなげるのは容易ではなかったろうことは、話以上に感じるものがある。
感心や、尊敬、憧憬だなんて称される感情がないわけではないが、少しずつ、聞いていきたい。
あの頃と違って、自分たちには充分に時間があるのだから。

7/6/2024, 9:23:07 AM

別に文句を言うつもりもないが、地面の感触が気になって眠れなかった。慣れたはずだがこんな日もある。諦めてテントから出ると、気づいた連れが顔を上げた。
少し距離を空けて座る。
自分が夜起きるのは珍しくないが、何をしてるか尋ねると頭上を示された。
いつもの夜空が広がってるだけなので首を傾ぐと、肩をすくめられた。なんだというのか。
ロマンがないだとかなんとか言われたが、夜空をロマンとは。星か月か、そのあたりだろうか。そちらこそずいぶん感傷的なものだ。
口には出さず、ふと昔、相棒に教えられたことがあったなと思い出した。
星は、道標になるという。
呟きを聞き咎められて、話題もないので聞いた話をそのまま伝える。
海では陸地も何も見えない夜には星を道標にするらしい。それに凪いだ夜に限るが、海が鏡面になりそれこそ見渡す限り星の海、だったか。
簡単に話すと、瞳が空を写したように輝いている。いつか海に出ようと言い出す。
では覚えないといけないなと返すと、自分が覚えておけばいいと、星座についての話をせがまれた。
自分が知っている有名な星座をひとつ、ふたつ、説明する。物語はうろ覚えだが、もう心は海に夢中らしい。
共にいることを、信じて疑わない様子に小さく息をついた。

7/4/2024, 11:42:58 PM

手慰みにいじっているコインを目に留めて尋ねると、先ほど採掘で手に入れたのだという。
なるほど、普段見る通貨ではなさそうだ。採掘されたというが綺麗に磨かれたそれは、太陽光を反射した。
自分が気にしたからパフォーマンスだろう、指で弾いて空中で掴んで見せる。
相変わらず小器用だとコインの煌めきより、流れる動作に感心した。
裏か表か尋ねられたので表だと応える。遊びに付き合っているのが嬉しくなったようで目尻を細める相手に、そんなに喜ぶからこちらも付き合うのだと胸中でつぶやいた。わかっていそうではあるけれど。
せっかくだから何か決めるか、といった相手に特に思い付かず……昼食くらいだろうか。
じゃあどちらの支払いの負担になるか賭けようというので頷く。
別に昼食程度どうということもない。そもそも財布自体がほとんど共有のような扱いだったりするもので。
するっと手の甲からもう片方の手が外される。

そんなこともあったかもしれない。聳え立つビルの前に隣で並び立つ相手を横目に、ふと思い出した。
怯えているのかと揶揄ってくる相手へ肩をすくめる。気を害した風でもなく、いつかのあの日、手のひらで踊っていたコインを取り出す。
こんな手のひらで決められることもあるんだよな、と。
かざしたコイン越しに神の名を冠した摩天楼を見上げた。

7/4/2024, 3:44:52 AM

細い路地に入っていく連れに、相棒を伴い慌ててついていく。
いいものがありそうな気がする、らしいがこんなところに?と疑問しかない。
連れが期待しているのは世間的に価値のある、キラキラした、ものだろうに、こんななんの変哲もない入り組んだ路地道に隠されてるとは到底思えない。
それでも自身の勘に絶対的な確信を持ってか、いくばくかの冒険心か知らないがずんずんと進んでいく。
猫の尾が消えた建物の影、壁の低い位置に描かれた落書き、蓋の外れた側溝、入り組んでいることと、ひとつひとつ辿っていたことでそれほど距離はないはずだが時間をかけてたどり着いた。
連れが期待していたような特別な何か、は見当たらないただの袋小路だった。
まぁそんなものかと肩をすくめた背後で、目を奪われた。
濃色、藍紫、若紫、色合いはさまざまに咲き誇るのは朝顔だ。どこかから種が落ちたのか野生化しているらしく、添木も何もないが塀をつたい、伸びやかに花をつけている。
晴れた空気の中で天を見上げる朝顔の様相は心躍るものがあった。
少し花柄を失敬して布地を染めるのも良いかもしれない。ハンカチでも作れば、この鮮やかな路地のことを思い出せる。
自分の様子に喜んでいることを感じたのか、連れも悪くないか、と路地を眺めている。
連れにではなく、自分にいいものはあったねと相棒を軽く撫でた。

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