SAKU

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7/31/2024, 10:16:29 AM

昔、海は青いものだと思っていた。
実際に見たことがないから話と映像でしか知らず、うみ、は、あおい、と知識で知っていただけだ。
相棒の瞳の色だと言われてからは、たまに見つめて想像をしたりして。至近距離で見なければ瞳の色なんてわからないものだから照れて顔を押し退けられた。
人間の瞳や毛髪は色とりどりですごいなと思う。色ひとつで何かに似ているだとか連想するのだって面白い考え、感じ方だ。
こんな小さな球体に、広いと言われる海を結びつけるなんて自分には難しい。
確かに虹彩と水晶体のコントラストは吸い込まれそう、というのだったか。ずっと見ていると目眩を覚える。
なかなかどうして美しい。

今あの青は、相棒の顔に見つけられないけれど。
歳を重ねると幼い頃の色が変わることもあると聞くが、それでもあの頃そんな年でもなかったのに。
理由なんてわかっているくせに胸中であっても空惚けた。
名前を呼ぶと答えもせずにこちらに向けられる視線。
あの時より温度の変わらぬガラス玉のような瞳は浅瀬のシーグリーン。

7/30/2024, 10:06:59 AM

窓越しに見える景色は、昼間だというのに暗い。雨粒が激しくガラスを打ち付ける様子は、穏やかで明るい室内のせいで嘘のようだ。
音自体もくぐもって響いてくる。通気性を犠牲にしているおかげでかなり静かだ。換気はしないとなぁと縁側へと目を向ける。雨粒が入ってこないひさしを長く伸ばしたそこは、風に煽られた木の葉や枝などが柱に引っかかっている。
これ以上激しくなるようなら雨戸も閉めないといけない。二階を先に閉めるかと腰を上げると視界の端に映ったものに動作を止める。
浴室へと向かい、大判の手拭いをありったけ抱える。客間へ戻る前に扉が開く音が耳に届いた。
普段は音が立つのを怖がるように極力優しく開かれる扉は、風の抵抗のせいで大きく鼓膜をうつ。
雨ざらしになった外套は、水を多分に含んで重そうだ。部屋を水浸しにすることを気にしてだろう、玄関から動かない様子に上掛けを受け取って洗濯物の山へと放る。どうせ着て帰れやしないのだから。
抱えた手拭いを渡すと握りしめて腕から拭い始めたので、頭からこぼれた水分が全てを無意味にしている。
自身の手に持った手拭いを頭から被せて乱暴に水を拭う。来客らされるがままになり、持っていた手拭いさえ手放してしまった。
何でこんな天気の日に、と思わず口をついて出る。来訪を喜ぶ気持ちはもちろんあるけれど、危ないじゃないかと心配する気持ちが曲がって怒った口調になってしまった。
こんな天気だから会いたくなったと答える相手。
そんなの自分もだと答える代わりに、手拭いを押し付ける力を強くする。

7/29/2024, 9:55:10 AM

熱気がすごい。
非日常、それも喜びの催しである。浮き足立つ住人たちを横目に影になる場所を探した。
ひとつのことを協力して作り上げる、成し遂げるということは熱量が違うんだなぁと息を吐く。
ただそんな活気が溢れる街ではあるが、常とは違う状態というのは何かしら問題が起こる。
事故につながることであれば一大事だ。伝言なんて小さなことからそんな大きいことまで、危険の目を潰すのに友人たちと自分は引っ張りだこだ。
ありがたいといえば、仕事として受けているためそうなのだが、人が集まるところは未だ苦手に感じてしまう自分にはガス抜きが必要である。
人の目につかない物陰で静かに自主休憩をとる。昔と比較すれば、言葉も理解できるようになったためその分の負担は少ないが、人見知りは生来のものであるので。
壁に背を預け、先ほどもらった試作品の大きなクッキーを二つに割る。右手に持った方に影が差して大きな手がさらっていった。
代わりに液体がなみなみと注がれたコップを握らされる。
隣に立つ人物に目線だけ一度向けて手渡された飲み物を一口飲む。苦味が強いコーヒーだった。クッキーによく合う。
声をかけたわけでもないけれど、こうも読まれてしまうのは、馬が合うというかなんというか。
付き合いの長さはそれなりだが、共にいる時間は短いはずなので、何かしら通じるところがあるのだ。
こちらが渡したクッキーを美味しそうに口にする人物は甘いものが好きだよな、と今の状況に相応しい甘味を思い浮かべる。
りんご飴、わたあめ、カルメ焼き、チョコバナナにかき氷。
きっとここでは屋台が出ることはないけど、たまに似た食文化が顔を覗かせてくるので、馴染まないことはないだろう。
何かの折に振る舞ってやっても良いかもしれない。

7/26/2024, 9:34:22 AM

部屋の装飾に鳥籠を探していた。今回の催し物は熱帯のジャングルとお耽美の掛け合わせといった風情で、以前より比較的暇な自分は主人の部屋を彩るべくやる気のない相棒と共に動き回っている。
鳥籠を正面から見た左端に配置すべきなのだが見当たらない。
眉根を寄せていると相棒が近寄ってくる。
飛び立つ鳥もいないのに、何を捉えているというのか。
自由の範囲が違うだけで、捕らえているというのは違うだろう。
暇なのか変に混ぜ返して言葉遊びを始める相手に、こちらも暇だし乗ってやることにする。
決められた使命があってやり遂げなきゃならないとして、それに付き合う義理もない。初めから籠なんてないだろう、というと、肩をすくめられた。
逃げないのは自由を知らないからかもしれない。
にんまりとチェシャ猫じみた笑みを貼り付けられた。
それこそ勝手だろうにと黙り込むと更に続けてくる。
知る自由も、選択する自由も、与えられないのに?
現状で足掻くか、それを楽しむ努力もしないのなら、嘆く権利もないと思うのだ。そのまま言うと、更に目を細められる。本当にちょっと面白がっているのが気持ち悪いなぁ、と呆れた。
そもそも、鳥籠を不自由の象徴にするのは如何なものか。養豚場の豚の方が不自由な一生を送る気がする。やはり空を飛べると言うのが自由に見えるのか。飛ぶ方が止まり木がないと寄り道もできないし不自由そうだけどなとつらつらと考えていることも読まれているんだろう。
鳥籠を探して彷徨っていた手にかつりとあたった透明な箱。これで代わりにならないだろうか。
虫籠を両手に持って示すと、いつもは饒舌な相棒が綺麗な笑顔で暴力にて却下してきた。
確かにお耽美とは程遠いかもしれない。

7/25/2024, 9:36:52 AM

なんで教えてくれなかったのかと口を尖らせる同僚に苦笑を返す。秘密主義だなんだと文句を言われたが、性分によるものなので自分には直しようもないのに。
主従という関係にかつて——もしくは未来——あった、今は相棒にお似合いだと言われる始末である。
詐欺や思わせぶりな態度が得意なひとでなしに比べられるのは抗議をしたいところだが、人間の心を持っている分自分の方が非道だと一蹴されてしまった。
そこまでいわれることかと眉根を寄せると相手はベッドの上で天井を仰いだ。
人の事情に踏み込むことをあまり好まない相手が自分に甘えているというのはなんとなくわかっていたけれど、やはり性分は変えられない。
なんの反応も示さない様子にさらに拗ねたのか友達でしょうと膨らませる頬にぼんやりと、地球人と宇宙人が指先を合わせる映画を思い出した。
友達——そんな不確かで信頼で成り立つ関係なんて、自分には贅沢にすぎる。
曖昧に笑った自分に、耐えきれないと声をさらに荒げる相手の、拠り所にはなりたいけれども。

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