SAKU

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7/24/2024, 10:04:29 AM

いつもの如くなんの前触れもなくドアベルを鳴らした友人が、いつもの如く俯きがちに首を傾いで近寄ってきた。
椅子を引いて着席を促す。そこでようやく挨拶がなされた。
猫背気味で、やや隈の目立つ青白い顔は、外気で温められても温度が感じられない。
ふむ、と。ちょうどお茶でもするかと出していた白磁の茶器を一旦戸棚へと戻す。
茶葉も戻して、代わりを取り出した。
友人はそんな自分の様子を静かに見つめている。
湯気が立つやかんから、ガラスのティーポットへとお湯を注ぐ。中がすっかり見えるティーポットの中にはすでにころんとした茶葉が鎮座していた。
自身の動きの一挙手一投足を漏らさぬ様にとしている相手によく見えるよう押し出してやる。
固く閉じた花を模した茶葉が徐々にほころんでいくのがよくわかるだろう。
手からティーポットの中身に視線を移した相手は茶葉に比例して目を見開いていく。あらゆる角度から見ようと頭をくるくるティーポットの周りを回していた。
静かにティーカップに注いでやると、両手で大切そうに受け取る。
尋ねてきた時には青白かった頬は少し紅が差し、隈が目立つ重い瞼に隠されていた瞳がキラキラ輝いていた。

7/23/2024, 9:34:30 AM

未来や過去に行き来できる乗り物があったらどうするか。
宇宙へと飛び立つ乗り物があるのだから、時空間移動する機械があってもいいのかもしれない。
問われた戯言の質問に、思考するが歴史家に高値で売り渡す。という返答しか出てこない己に夢がなさすぎやしないかと、心中で息を吐く。
いや、歴史家だけではなくとも、見逃したものを見るというのはいいかもしれない。
自分を見ることができるのなら、あの時どんな顔をしていたか、見てみたい。
少し曖昧ではっきりと用途が思いつかずに、質問者へと水を向けると意外な回答があった。
必要とする人間に譲る、と。
自身と似た回答に、なぜかと問う。
時間を遡れたって、目の前の相手と過ぎた時間を共に過ごすことはできないのだから。
そんな返答に、高値で売らない時点で自分とはだいぶ違ったな、と眩しさに目を細めた。

7/22/2024, 10:00:43 AM

何か欲しいものあるか、と連絡が入った。
片付け途中の部屋の中で、ふむ、と口に手を当てて考えるポーズをとってみる。
暑くて外に出る気にはならないので、来る途中に買い出しを申し出てくれたのだろう。客用にソフトドリンクも酒類も購入してあるし、食器類は相手と自分だけの自宅での飲み会となると使い捨てのものは使わなくても良い。肴もそれなりに作ったし、足りなければ材料もある。
飲みたい酒があればそれと、と画面に打ち込んで、もう少し考える。
氷もあるし、ウェットティッシュの在庫もあったはず。何か欲しいものあっただろうか。
ウェットティッシュ……と口にして、そういえば別のものが足りなくなかったか。トイレに向かう。
やはり在庫が少なくなってた。
買ってきて欲しい旨を送ると、少し経ってからシュールな猫がデフォルメされたイラストで返された。
その後、カレンダー、とひとことメッセージ。
カレンダー?と壁にかけてある猫の写真が大きくプリントされたカレンダーに目をやる。



タイミングが悪い。誕生日プレゼントの希望くらいきてから聞け。
来客が買ってきた酒類とトイレットペーパーを受け取り口を尖らせる。
メモがわりだと面倒くさがりの答えに、相手の頭を軽く叩いた。



7/21/2024, 9:23:04 AM

ちょっと音の外れた呼びかけに顔をあげる。
宿の階下、食事に向かう仲間たちからの誘いに一拍迷って断りの意を返した。
言語すら違う土地の自分の名前は、似た文化があると言ってもどうにも発音し辛いらしい。気をつけていないと耳を素通りさせてしまうのは、いまだ耳慣れないのが理由だ。
結局は自分の名前のように思えないのは、自分の面倒を見てくれた人物はずっと練習を重ねて、母国の発音で呼んでくれたからだ。
散々付き合わされて、自分の名前を連呼するというわずかばかり恥ずかしいことを対面ですることになってしまった。
寂しくはないが、たまに感傷的になる。
宿ではなく軽く外で食事か久々に酒でも飲もうかと、外套を羽織り少し涼しい夜風の中外に出た。

少し歩くと、見知った顔が立っていた。自分とは違い、上着は着ていなかったが、寒そうではない。
体が強くて羨ましいことだ。
待っていたのか偶然か、相手も自分に気づき、名前を呼ばれる。
ふ、と、風が通り過ぎていったように錯覚した。
驚いた顔をなっている自覚はあった。それにしてやったりといいたげな顔を返されて、手の中の録音機を見せてくる。
影で練習したのなんていつもは見せずに格好つけるくせに。子供のように得意げに手を引いてくるのに、恥ずかしいのか嬉しいのかわからなかった。
ただ、目の奥がじんわり熱くなり、夜風がそれをさらっていった。

7/20/2024, 9:49:56 AM

炎だ。
穏やかに、柔らかく。目尻を下げた柔らかな笑みは、人によっては少しだけ情けなく思うかもしれない。
今日も他の人たちと共に慌ただしくしている様子を横目に、邪魔にならぬよう部屋の隅で話し相手とふたり、手慰みに仕事の手伝いをしていた。
話し相手は一切働いていないけど。
時間があるのなら休みなさいと困ったように言った人こそ、重圧でぐらぐら、ぐらぐら。そのうち支えきれない支柱を必死に押さえて立っているくせに。
たまにサボっているアピールを口にするのは周りに気を遣わせないためだろう。そんな言葉に誤魔化される人間なんて誰一人いないけれど、それでも必要なポーズだ。あの人がいるから、回っている。無理をするのも強いるのも、仕方のないことなのに自分を責めているのだろう。
安眠のために何かしら差し入れでもしようか。
その程度しか自分にはできないもので。
作業をしつつも引き寄せられる意識に、話し相手が頬を突いてきた。暇なら部屋に戻ればいいのに。
三日月を思わせる曲線に目を細めて、楽しくもないだろうに唇も引き上げた、隣にいる人物に眉を寄せる。
貴重な休暇に献身的だとの揶揄いだろう。言わずともわかる意地の悪さは、散々身をもって知っていた。拗ねた幼子のような動作すらわざとでしかない。
自分が不幸になることは望んでいないのはわかっている。それでもどうしようもない。理性でわかっていたとて、どうにかなるようなら自分は今ここで仕事の手伝いなんてしてないのだから。
突くのに飽きたのか、それで身を滅ぼすのか聞いてきた話し相手に目線を彼の人へと移す。
自分にとっては、まさに炎の化身である。
それが恋ってものだろう。

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