ちょっと音の外れた呼びかけに顔をあげる。
宿の階下、食事に向かう仲間たちからの誘いに一拍迷って断りの意を返した。
言語すら違う土地の自分の名前は、似た文化があると言ってもどうにも発音し辛いらしい。気をつけていないと耳を素通りさせてしまうのは、いまだ耳慣れないのが理由だ。
結局は自分の名前のように思えないのは、自分の面倒を見てくれた人物はずっと練習を重ねて、母国の発音で呼んでくれたからだ。
散々付き合わされて、自分の名前を連呼するというわずかばかり恥ずかしいことを対面ですることになってしまった。
寂しくはないが、たまに感傷的になる。
宿ではなく軽く外で食事か久々に酒でも飲もうかと、外套を羽織り少し涼しい夜風の中外に出た。
少し歩くと、見知った顔が立っていた。自分とは違い、上着は着ていなかったが、寒そうではない。
体が強くて羨ましいことだ。
待っていたのか偶然か、相手も自分に気づき、名前を呼ばれる。
ふ、と、風が通り過ぎていったように錯覚した。
驚いた顔をなっている自覚はあった。それにしてやったりといいたげな顔を返されて、手の中の録音機を見せてくる。
影で練習したのなんていつもは見せずに格好つけるくせに。子供のように得意げに手を引いてくるのに、恥ずかしいのか嬉しいのかわからなかった。
ただ、目の奥がじんわり熱くなり、夜風がそれをさらっていった。
7/21/2024, 9:23:04 AM