SAKU

Open App
7/2/2024, 11:32:59 PM

地面を見つめて悩んでいれば聞き覚えのある声に呼びかけられた。顔を上げようと首を動かすと隣に屈んだこれまた見覚えのある顔。
建物の影で動かない自分に不思議に思ったということだ。見れば確かにここに来てから太陽の位置が少し動いている。
傍に置いたシャベルとジョウロに目を止めてますます何をしてるのか気になったようでそのまま尋ねられた。地面を、正確にはそこから顔を出したものを指し示すとつられてそちらに向く。
苗である。
これがなに?と自分に顔を戻す相手に、自身でもこんなに悩むことかとは思うが。
日陰だとよく育たない植物であること、これを移植するか悩んでいることを伝えるとさらに首をかしいだ。
自然発生した薬草で、育ったら料理にでもと考えているがそのために勝手に移動して良いものかと。
そこまでいうと相手はなるほどと頷いた。
自分の思考は理解できずとも性格はよく知っているからだろう。どう考えたかの説明で納得したようだ。
と、唐突に傍にあったシャベルを手に取るとザクザク音を立てて苗を掘り起こし始めた。
慌てて何をしているか聞くと移動するんだろう、となんでないことのように答えたので自分が説明したのはなんだったのかと。
焦る様子が面白くなったのか笑って言う。
傲慢というならもっと大きいものを動かして見せろ、と。
大きいものとなれば、この建物のようなものかと尋ねると首を横に振られた。
中天に輝く太陽を示され、なるほどと自分も納得してしまうのは目の前の相手だからかもしれない。

7/1/2024, 3:24:33 PM

読み終わった本を閉じると、傍に置いていた紅茶が冷えている。早めに明かりを点けていたから外が暗くなっていたのに気づくのが遅くなってしまった。
カーテンを閉めるために揺りいすから腰を上げ、窓辺に近づく。
薄墨に藍を溶かしたような空に、樹木がくっきり影を作っている。空気が澄んでいるのか、星が隙間から瞬いているのが今日はよく見えた。
ふ、と尾を引いてひとつ星が流れる。
木々の間を縫って消えた光に、そういえば今夜は流星群が見られると噂を聞いた気がした。
あの人に以前、星を見ようと連れ出されたことを思い出す。
少し歩いた先にある森が開けた丘だった。夜に備えて家の中で昼寝をしていたら寝過ごしてしまって、ぽつぽつ流れる星に焦って、手を引くあの人に息を切らしてついていった。
冷たい地面に寝転がり、二人流星を目で追いかける。地面の匂いと夜空の煌めきだけは鮮明で、空が静かになった後も寝転がって少し話をした。
何を話したかなんて覚えてない。それでも願い事は二人ともきっとしなかった。

今はあの丘に、誰もいないだろう。
あの星の下にまた誰かが自分を連れ出してくれるだろうか。
それはあの人だったらいいし。あの人に全く似ていない人だといい。
いつかとは違い、ひとり窓越しに流星を眺める。窓枠に切り取られた空は、あの時よりだいぶ窮屈だ。

7/1/2024, 3:38:49 AM

小指に巻かれる糸、と聞いて真っ先に血が止まりそうだと思った。赤という色もその一助を買っている。
軽く潜めた眉に気づいたのだろう相手が口角を上げ、眉尻を下げた。続いてロマンチックじゃない、恋人ができるのはいつになるかと嘆くふりをする。
どっちが。
言うほど興味もなく、話のタネくらいに考えて、聞き齧ったことを話題に出したにすぎないだろう。
他の人間が持つ印象ほど、空想好きでもないのを知っている。むしろ現実主義でこんな話には懐疑的ですらある。
考えは口に出たらしく、いたずらが露見した子供よろしく、悪びれなく伺い見てくる。
相手の髪だとか指先だとかの小さな一部を欲しがるくらいなら全部欲しいといえばいいのに。
自分だけが相手と生まれた時から結ばれているなんて、出会うまでの人生や努力はなんだというのか。
共感も納得もできない話だ。
目に見えない繋がりを信じたいのだろう。赤というのもときめきの色だ。
そう反論を唱えられたが、相変わらず細めた目は面白がっているのは明らかで、完全に同意とはいかずとも自分と似た考えを持っているらしい。人間を興奮させる色らしいけど、と続けた。
糸なんて実際ないなら引っ張ることもできないし、繋がった相手に伝わるわけでも、引き寄せられるわけじゃないだろう。
すぐそばにいて、どこにいるか知っている。呼べば来てくれるしすぐに行ける。
この数年で近づいた距離の方が、お互いに気付いた関係が、ずっと"ときめく"ものだろう。
そういうことじゃないんだよ、と相手からの声音は呆れの響きをしていたが、染まった頬は誤魔化しきれていないので。
赤というのは良い色かもなと思った。

6/30/2024, 3:23:14 AM

左右を生い茂った草に彩られた街道を、ひたすらまっすぐに歩いていると、前方に白い雲が大きく育っているのが見えた。
雨が降るかどうかはわからないが、確率としては高くなる。
降られるのも別に悪くないだろうと一人なら気にも留めない。むしろほてった体が冷えてちょうどいいかもだ。だが、今は連れがいる。
急いでも屋根がある場所まで辿り着けるかどうか。
隣を歩く相棒は途切れがちに話していた口を左右に引き結び、怪訝そうに自分を見てきた。
懸念を悟られたことに眉尻をわずか下げて、空模様について説明した。
さらに怪しげに雨具があるのだから使えばいいと言われた。その通りではあるのだが。
持っているのはレインコートで、雨が降ったとしても通り雨になるだろうし、濡れた雨具を乾かすまでに着続けなければいけないのが、なんとも蒸して嫌なのだ。
いえば、濡れるのは良くて濡れた雨具は嫌なのか。相変わらず変なこだわりがあるなと含んだ笑いをこぼされた。
呆れた様子に、少々面白くなく感じたが、指を差された地面を見る。
濡れ始めた地面に諦めて背の荷物を下ろした。

6/28/2024, 2:13:17 PM

底冷えするクーラーの効いた部屋で、遠くに子供の声がする。
日差しは確かに硝子を通り抜けて届いているのに、まるで別世界かと錯覚するほどに影が冷えた。
耳鳴りがする静寂に時折、時間が止まったようだなんて愚かしい思考がよぎる。唸る機械音にすら助けられているのだから、結局は救われない。
一筋腕を伝う汗が、いっそう自分には違和感だ。
窓を閉め切っているから、空気が動くことなどないのに澱んだ気配が感じられないのは、木造の隙間が外界と通じているからだろうか。
身じろぎもせずに耳を澄ましていると遠くから蝉の鳴き声が響いてきた。
それはすぐに合唱となる。
床は冷えているのに日差しはあつく、その落差に眩暈を覚えた。

Next