一ノ瀬

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1/25/2026, 3:05:06 PM

 先輩が誰かと一緒にいる! 僕以外の誰かと! 僕はきゅうりにびっくりした猫みたいに飛び上がって、シャーッ! と威嚇するようにふたりの間に割り込む。どうやら知り合いでも何でもなく、ただ迷子のその人に道を尋ねられただけらしい。先輩の代わりに僕がテキパキと教えてやって、さっさと追い払う。危なかった。これが現実じゃなければ相手を殺していた。
 去っていった方角を警戒するようにじっと睨みつけていると、先輩が笑う。「君は過保護だねぇ」と言い、僕の頭をぽふぽふとなでる。嬉しいけど嬉しくない。先輩は何もわかってない。
「大丈夫、君だけだよ」
 そう微笑む先輩がひどく優しい顔をしているから、僕はそれを信じて安心してしまいたくなる。でも先輩はきっと、地獄の真っ只中にいる人を見つけたら簡単に手を差し伸べてしまうだろう。相手が動物でも人間でも。完膚なきまでの救いを。僕にやったみたいに、簡単に。
 君だけ、が、君も、になる日がいつか来る。僕はそれをずっと恐れている。それだけが不安なのに、先輩は気づく素振りもなく僕の頭をなで続ける。さすがの僕にも矜持ってものがあるのでそろそろやめていただきたいのに、その手があまりにも気持ちいいものだからなかなか言い出せないままでいる。

1/25/2026, 5:44:08 AM

 夕日が差し込む、放課後の教室が好きだ。そこにいる先輩はもっと好きだ。立っているだけで他の何よりも絵になる。この光景をそっくりそのまま水彩画にでもしたら何十億の価値になることだろう。僕に絵心がないのが残念でならない。
 机に軽く腰掛ける先輩が「夕焼けって寂しいのにあったかいよね。不思議」と笑う。僕はそれに生返事をしながら、先輩のことをじっと眺める。
 柔らかな光を背負う先輩の顔は、逆光になっていて、薄暗い影が落ちている。それがなんだか後光みたいで出来すぎていると思った。彫刻にしても映える人だ。神様を象ったような。きっと値段がつけられないくらいの価値になる。
「今日の君はぼんやりしているね。何を見てるの?」
 先輩が首を傾げてそう言った。「美術品の先輩を見ているんです」と僕が言うと、「蝋人形になる予定はないよ」と先輩は笑う。なるほど、その手もあったか。

1/24/2026, 3:52:04 AM

 こんな夢を見た。
 先輩が笑っている。いつもどおり、明るく、にんまりと、いたずらっ子のような目で、時折神々しく、恐ろしいまでに美しく、笑っている。僕が隣で見てきた笑顔。僕だけが知っているその表情。
 それなのに、先輩の隣に、僕がいない。僕がいるのは、先輩の隣じゃない。先輩の隣にいるのは、僕じゃない。
 それを目にした瞬間、僕は隣のそいつを地面に引き倒す。馬乗りになり、顔を殴りつける。何度も何度も。目が潰れ、鼻がひしゃげ、僕の手が血だらけになり、それでも、何度も。
 そいつが誰なのかは結局わからなかった。僕ではないというその事実だけが重要だった。
 その体がピクリとも動かなくなった頃、僕はようやく隣を見る。先輩はまだそこにいる。何事もなかったかのように、変わらず悠々と微笑んでいる。
 先輩に手を伸ばす。指の先が真白い肌に触れそうになる。真っ赤な指が目に入って、思わず動きを止めた。先輩はそれを見ながら、不思議そうな顔をした。
 先輩の手が、僕の手を誘導する。細い首だ。絞め殺すのは簡単だろうと思った。自分が何をしたいのかはわからなかった。
「いいよ。君なら、いいよ」
 先輩がそう言って、笑った。神様からの赦しだった。僕の手が先輩の首にかかる。先輩には似合わない、鮮やかな赤が先輩を染める。笑っている、笑っている、先輩が笑っている。
 だから、先輩は僕だけのものになったのだ。
 そんな、夢を見た。

1/22/2026, 11:49:28 PM

 そうだ、と世間話を始めるくらい軽やかに、先輩が言う。
「タイムマシーンが完成したら、君を一番乗りにさせてあげよう。いつに行きたい?」
 なるほど、先輩はタイムマシーンを作っている最中らしい。相も変わらず先輩の話は突拍子もない。それでも、その人はどんな願いも叶える神様のように笑っている。
「たとえば、入学前とか。君がひどい思いをする前とか」
 ああ、試されていると思った。
 だから僕は微笑んで、先輩の目を見つめ返す。
「過去に戻るのであれば、先輩に初めて会ったときにします」
「……その心は?」
「あのときの先輩の姿をもう一度見たいので」
 先輩が僕を救ったとき。夢が現実になったような衝撃ばかり頭に残っていて、僕の記憶は少しだけ曖昧だ。喜びも、感動も、眩しさも覚えているのに、それ以外はかえって抜け落ちてしまったらしい。そのことがもったいないといつも思っていた。
 先輩は「ふーん」と低い声で呟く。その瞳が少しばかり暗くなる。
「じゃあ君には使わせてあげられないな」
「あれ、どうしてですか」
「私が隣にいるのに、昔の私のためにタイムマシーンに乗るなんて許せないから」
 その言葉で僕はすっかり嬉しくなってしまって、「なら、遠い未来を見に行きましょう、一緒に」と先輩に笑いかける。「それならいいよ」とけろっとした顔で先輩は言った。もうその瞳は凪いでいて、でも僕は、一瞬だけそこに現れた怒りの色をきっと忘れられないだろう。

1/22/2026, 8:51:03 AM

 夜が好きだ。もっと言えば、夜の静かな空気が好きだ。街のみんなが寝静まって、いつもとは違う世界のようになったそこを、ひとりきりで歩く。異世界を旅している気分になる。勇者にでもなったような心持ちがする。
 月を従え、星を辿り、知っているのに知らない道を進む。暗闇の中で一際光るコンビニだって未知の場所だ。通い慣れた場所なのに、どうしてこんなに胸が踊るのか。僕は肉まんを買って、辺りの空気を白くさせながらかぶりつく。
 やがて冒険の旅は終わり、僕は公園に足を踏み入れる。ゆらゆらと揺れるブランコには先輩が座っていて、まるで戦利品かのようにカフェオレを飲んでいる。目が合い、何も言わずに隣のブランコに腰掛けて、さっきそこの自販機で買ってきたあったか〜いお茶のキャップを開ける。無言で乾杯し、僕達は無事の帰還を讃え合う。「コンビニのホットスナックに新商品入ってました」「向こうの道に猫ちゃんがいたよ」と、重要な情報交換も忘れない。
 勇者は忙しいので、すぐに次の旅に出なければならない。先輩に「また明日」と言うと、「もう今日だよ」と笑い声がする。「では、また今日に」と手を振って、僕は家への旅を始める。次に先輩に会うときは、その旅路の話をしてあげようと思う。

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